日本国内では、ここ数年「抹茶は世界で人気」「抹茶はインバウンド需要の目玉」といった言葉をよく耳にする。確かに、スターバックスの抹茶ラテや、海外で売られている抹茶キットカットなどの存在が、「抹茶は世界中でウケている」という印象を与える。しかしながら、この「抹茶人気」は本当に広く深いものなのだろうか?特に欧州、たとえばイギリス市場において、抹茶は本当に”一般層”にまで浸透しているのだろうか? 結論から言えば、抹茶は確かに一部の健康志向層や日本文化に関心のある人々に知られてはいるが、イギリス社会全体で熱狂的に受け入れられているわけではない。むしろ、それを騒ぎすぎているのは日本側である。そして、インバウンド需要における抹茶商品の人気も、「外国人がみな抹茶を求めている」というよりは、「訪日観光客だから抹茶くらい買う」という自然な流れに過ぎない。 本記事では、抹茶の本当の国際的立ち位置と、日本がそれにどう向き合うべきかを、特にイギリス市場の現状を軸に考察していく。 イギリスでの「抹茶人気」とは何か ロンドンのヘルスコンシャスなエリアや、セレブリティに注目されるカフェで「MATCHA LATTE」と書かれた看板を見ることはある。確かに、Whole FoodsやPlanet Organicなどの高級オーガニックスーパーには、抹茶パウダーや抹茶入りスナックも陳列されている。しかし、それが「国民的なブーム」かと言えば、それはまったく別の話だ。 ロンドンに住む多くのイギリス人に「抹茶って知ってる?」と聞くと、「ああ、グリーンティーの一種でしょ?」と曖昧な返答が返ってくるか、「飲んだことはないけど、なんか健康に良いらしいよね」という程度の認識である。中には「抹茶って、味がちょっと泥っぽくて苦手」というネガティブな印象を持つ人も少なくない。 実際、ロンドンのカフェで「抹茶ラテ」をメニューに入れている店もあるが、オーダー数で言えば、圧倒的に多いのはカプチーノやラテ、フラットホワイトなどの定番コーヒーメニューである。抹茶ラテを頼むのは、主にヴィーガン、オーガニック志向、あるいは「ちょっと変わったものを飲んでみたい」層。ごく一部に限られているのが現実だ。 抹茶を飲む理由:「日本だから」ではなく「健康そうだから」 もう一つ重要なのは、イギリスで抹茶を飲む人々の多くは、それが日本の伝統文化だからという理由ではなく、「健康に良さそうだから」選んでいるという点だ。抗酸化作用があるとか、カフェインが控えめで持続的にエネルギーを得られるとか、そういった健康面のメリットが、マーケティングの中心になっている。 つまり、日本文化へのリスペクトではなく、「グリーンスーパーフードの一種」として受け入れられているにすぎない。これはアサイーやキヌア、チアシードと同じ文脈で、「珍しい=健康に良さそう」という図式に基づいた消費であり、必ずしも日本固有の価値として受け止められているわけではない。 このような状況で、「抹茶=日本文化が認められている証」と捉えるのは早計だと言える。 訪日外国人の「抹茶消費」は必然であって驚きではない 訪日観光客が抹茶アイスや抹茶キットカットを購入することを、あたかも「抹茶の人気の証明」のように語る論調もある。しかし、それはある意味で当然の行動だ。日本に来たからには「日本らしいものを試してみたい」と思うのは自然な心理だし、抹茶はその筆頭である。 しかしそれは、「抹茶が彼らの日常に深く根ざしているから」という理由ではない。日本に来た外国人観光客が抹茶商品を買うのは、抹茶が特別だからではなく、目立っていて、旅行の記念になりやすいからである。観光消費の延長にある一過性の行動を、恒常的な需要と混同するのは避けるべきである。 「日本茶をもっと輸出すれば売れる」は本当か? 抹茶や日本茶の輸出促進を訴える声は多い。しかし、それが成り立つのはごく一部のニッチ市場に対してであり、世界全体に通用するビジネスモデルではない。そもそもイギリスには紅茶文化が根強く残っており、お茶といえばミルクティーという固定観念がある。日本の煎茶や抹茶が、そうした習慣を覆すほどの魅力として受け止められるには、相当な時間と教育が必要だ。 また、抹茶を点てて飲むという習慣は、あまりに儀式的すぎて、日常に組み込まれることは難しい。結局のところ、「簡便さ」「飲みやすさ」「価格」などの面で、日本茶は現地の紅茶やハーブティーに勝てないことが多い。日本で日常的に急須でお茶を淹れる人が減っている現実を鑑みれば、海外にそれを求めるのも酷な話だろう。 本当に売れるのは「文化の背景」ではなく「利便性と味」 重要なのは、抹茶や日本茶を海外に広めたいのであれば、「文化」や「歴史」に頼りすぎず、現地の消費者にとってどんなメリットがあるのかを具体的に提示することである。 たとえば、抹茶がエネルギードリンクの代替になる、あるいは集中力を高める飲料として再定義されることで、オフィスワーカー層に浸透する可能性はある。逆に「茶道」や「侘び寂び」を前面に押し出したマーケティングは、観光客には刺さっても、日常の習慣としての定着には結びつかない。 また、抹茶味の商品が受け入れられるには、「苦味」や「土臭さ」の克服が必要だ。イギリス人の味覚にマッチするように、スイートな味わいやバニラとのブレンドなど、ローカライズ戦略が不可欠である。 「インバウンドに売れるのは当然」という現実と向き合う 抹茶商品がインバウンドで売れるのは、ある意味当然である。日本に来て、日本らしい体験をしたいと思う人にとって、抹茶は手軽に体験できる「日本らしさ」だからだ。だがそれを、「抹茶の国際的成功」と混同してはいけない。訪日観光客が買っているのは、「抹茶」そのものではなく、「抹茶風味の日本体験」である。 したがって、インバウンド消費に頼り切る戦略は脆弱だ。観光客数が減れば売上も一気に落ちる。そうした一過性の需要を、あたかも安定的な成長基盤のように扱うのは危険である。 まとめ:騒ぐ前に、冷静に見つめ直すべきこと 「抹茶は世界で大人気」と騒ぎたくなる気持ちは分かる。しかし、海外、とくにイギリスのような成熟市場においては、その人気はごく限られた層に限定されており、主流にはなっていない。インバウンド需要についても、訪日観光客の一時的な行動に過ぎず、そこに過度な期待を寄せるべきではない。 日本が本当に抹茶や日本茶文化を世界に広げたいと願うなら、「日本ではこうです」ではなく、「あなたの生活にどう役立つか」という視点からのマーケティングが必要である。文化の押し付けではなく、相手の生活に自然に溶け込む方法を考えなければ、いつまでたっても「一部の物好き」向けのままで終わってしまう。 「抹茶が騒がれている」という幻想を脱し、現実を見据えた戦略を立てるときが来ているのではないか。
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味変なしの食文化:イギリスを北上しても変わらぬ味の背景
イギリスという国には、気候的にも文化的にも「南北格差」という言葉がついてまわる。実際に南部と北部では、経済力、アクセント、雇用の状況、政治的傾向など、さまざまな点で違いが見られる。しかし一方で、ある奇妙な一貫性もある。それは、「料理の味付け」に大きな地域差が見られないという点である。 ヨーロッパ大陸の他国、たとえばフランスやイタリアでは、地域によって食材も調理法も味付けも大きく異なる。北イタリアと南イタリアの料理がまったく別物であるように。しかしイギリスでは、ロンドンからスコットランドのインヴァネスまで旅しても、提供されるミートパイやフィッシュ・アンド・チップスの味に大きな違いは感じられない。なぜイギリスでは「味変なし」の食文化が定着しているのか。その歴史的背景と地域性、文化の特異性に焦点を当てながら考察していく。 イギリスの「味の一貫性」が際立つ理由 地理的な背景と農業の制約 イギリスの食文化を語る上でまず押さえておきたいのは、その「地理的制約」である。イギリスは冷涼な海洋性気候に属し、南部であっても地中海のような豊富な野菜や香辛料が育ちにくい。特に北部は寒冷で、育つ作物は限られ、小麦、大麦、ジャガイモ、キャベツ、ニンジンなどが中心となる。南北で農作物にそれほど大きな違いがないため、自然と「味の差異」が生まれにくい。 また、イギリス全体で香辛料の使用は比較的控えめであり、塩・胡椒・ビネガー・マスタードなど、基本的でシンプルな調味料が中心となっている。この傾向は、地域ごとの大きな味の違いを生みにくくする。 産業革命による標準化と工業化 イギリスの食文化が画一化したもう一つの大きな要因は、18世紀後半から始まった産業革命である。産業革命は都市への人口集中を生み、労働者階級を大量に生み出した。この時代、食事は「栄養を効率的に摂る」ことが主目的となり、調理よりも大量生産・保存性が重視された。 工場労働者向けの簡素な食事(パイ、ポリッジ、ベイクドビーンズなど)が一般化し、その味付けは非常にシンプルだった。特定の地域で特別な料理が発展する余地は少なく、ロンドンでもリヴァプールでも同じような「労働者食」が食卓を支配することになる。 缶詰食品やレトルト食品の普及も「味の標準化」に拍車をかけた。全国のスーパーで同じものが手に入るようになることで、家庭料理のバリエーションはむしろ減少していく。こうしてイギリスは「どこでも同じような味」の国へと進んでいった。 階級社会と料理:味の「意識的な均質化」 中流階級の拡大と「無難な味」 イギリスの食文化におけるもう一つの鍵は、「階級意識」である。イギリスは伝統的に強い階級社会であり、食べ物の嗜好にもその影響が色濃く反映されてきた。たとえば19世紀ヴィクトリア朝時代、上流階級ではフランス料理のような洗練された料理が好まれた一方、下層階級は粥やパイといったシンプルな食事に甘んじていた。 20世紀に入り中流階級が拡大してくると、彼らは「冒険的でない、保守的な味」を好むようになった。これは、上流のような過剰な贅沢でもなく、下層のような質素さでもない、「中庸で安心感のある味」である。このような味覚の志向が国民全体に広がり、味の個性よりも「無難で失敗のない味」が支持されていくこととなった。 スパイスへの距離感:植民地と本国のギャップ インドやカリブ諸島など、多くの植民地を抱えたイギリスは、実は豊富なスパイスやエスニックな料理に触れる機会があったはずである。実際、現代のイギリスでは「チキン・ティッカ・マサラ」が国民食とも呼ばれる。しかし、これは比較的近年の話である。 本国のイギリス人にとって、「スパイスのきいた料理」は長らく「外のもの」であり、自国文化に根付くことはなかった。味付けにおいても、家庭では変わらず塩と胡椒がメインであり、地域ごとのスパイスの使い分けなどは発展しなかった。つまり、イギリス本土ではスパイス文化が「外付け」として扱われ、地域内で消化されることが少なかったのである。 地域料理の存在とその限定性 イギリスにも地域料理は存在する もちろんイギリスにも地域料理は存在する。スコットランドのハギス、ウェールズのラムとリーキのスープ、コーンウォールのパスティなどがその代表例だ。しかし、これらは「地域のアイデンティティ」を象徴するものであり、日常の味付けや食卓に大きく影響する存在ではない。観光客向けに提供されることが多く、「特別な料理」として扱われることが多い。 食材の違いより、「名称」や「形式」の違い たとえば、北イングランドで提供されるブラックプディング(豚の血のソーセージ)はマンチェスター名物とも言われるが、味そのものはスコットランドのブラックプディングと大差はない。ヨークシャープディングといっても、味付けは小麦粉と卵、牛乳であり、そこにスパイスの違いが出るわけでもない。 つまり、イギリスでは「料理の名前」や「食べられる形式」に地域性が現れても、「味覚の違い」にまでは発展しないことが多い。 グローバル化と再びの「均質化」 現代のイギリスでは、ロンドンやマンチェスターなどの都市を中心に、移民の影響で多様なエスニック料理が普及している。とはいえ、それらは「外食」文化の一部であり、「家庭の味」としての地位を確立しているわけではない。 加えて、冷凍食品、全国チェーンのスーパー、デリバリーサービスなどが普及したことで、ローカルな味の違いはますます希薄化している。リヴァプールの冷凍パスタと、リーズのそれとで大きな味の差を感じることはない。 イギリス人の味覚そのものが変わらない? ここまでの議論をふまえて言えることは、イギリス人の味覚自体が「地域差を好まない」ように社会的に形成されてきた、ということである。控えめな味付け、素材の味を重視する姿勢、過剰なスパイスへの警戒感、階級意識からくる保守的な食習慣などが複雑に絡み合い、「味変を求めない国民性」が育まれてきたとも言える。 結論:味の変化は望まれなかった イギリスでは、南から北へ移動しても料理の味付けが変わらない。この背景には、農業的制約、産業革命による食の画一化、階級社会による味覚の統一、そして現代のグローバル経済による均質化がある。言い換えれば、イギリスにおいて「味の一貫性」は、偶然ではなく必然なのだ。 寒さが厳しくなる北へ向かっても、フィッシュ・アンド・チップスの塩気やビネガーの酸味は変わらない。それは、変わらないことこそが「イギリスらしさ」であり、イギリスの食文化の最もユニークな側面のひとつである。
イギリスは旬がない国?――季節感のない食文化とその背景
はじめに 四季のある日本で育った私たちにとって、「旬(しゅん)」という概念はごく自然なものです。春には筍、夏にはスイカやトマト、秋には栗やサンマ、冬には大根や白菜など、季節が巡るたびにスーパーの棚にも変化が現れ、家庭の食卓もそれに合わせて彩られます。 ところが、イギリスに住んでみると「え、これってずっと同じものばかりじゃない?」と感じる瞬間が多々あります。スーパーで売っている野菜や果物、肉、惣菜のラインナップが、冬でも夏でもほとんど変わらない。そして、気温が30度を超えていても、カレーやローストディナーがメニューに並ぶ。 「イギリスには旬がない」と言うと、やや言い過ぎかもしれませんが、あながち間違ってもいないように思えます。この記事では、イギリスの「季節感のない」食文化の背景や、なぜ彼らは暑くても寒くても同じものを食べ続けられるのかについて、実際の生活経験をもとに掘り下げてみたいと思います。 1. イギリスのスーパーに行ってみた まずは、イギリスの一般的なスーパー(Tesco、Sainsbury’s、Waitroseなど)での実態から。 スーパーの青果コーナーでは、1月でも7月でも同じ顔ぶれが並びます。ミニトマト、アボカド、パプリカ、ズッキーニ、マッシュルーム、袋詰めのサラダリーフ、ジャガイモ、人参、玉ねぎ。果物もほぼ同じで、バナナ、りんご、オレンジ、ブルーベリー、キウイ、イチゴなどが常時販売されています。 季節によって「プロモーション」が変わることはあります。例えば、春にはアスパラガスが特売になったり、秋にはパンプキンがハロウィン向けに並んだりしますが、それは「限定商品」的な存在で、メインストリームにはなりません。 冷凍食品のコーナーも同様です。フィッシュ&チップス用の白身魚、冷凍ピザ、ミートパイ、冷凍ベジタブルミックスなど、季節に関係なくいつでも買える状態になっています。 この「いつでも買える」ことが、逆に季節感を消してしまっているのです。 2. なぜイギリス人は同じものを食べ続けられるのか? ■ 食への関心の低さ? 「イギリス人は食に興味がない」とよく言われます。もちろん、全員がそうではありませんが、「食=生きるための手段」と割り切っている人が少なくありません。 多くのイギリス家庭では、レシピのバリエーションが極端に少なく、平日は「スパゲッティ・ボロネーゼ」「フィッシュ&チップス」「ローストチキン」「ピザ」「レディミール(出来合いの電子レンジ食品)」を繰り返す生活。気候に合わせてメニューを変えるという発想がそもそも薄いのです。 暑い日でも、グラヴィーたっぷりのローストビーフや、クリーム系のパイが食卓に登場します。「暑いから冷たいものを…」という感覚は希薄で、冷やし中華やそうめんのような発想は存在しません。 ■ 効率重視の生活スタイル イギリスでは、「週に一度まとめて買い物をして、一週間分の献立をあらかじめ決めておく」というライフスタイルが一般的です。冷蔵庫や冷凍庫も大きく、一回の買い物で大量に買い溜めします。 そのため、「今日は暑いからあっさりしたものが食べたいな」というような気分に応じた買い物や調理はあまりされません。むしろ、事前に決めたプランに沿って淡々と消費していくことが合理的とされています。 3. グローバル化による季節感の喪失 イギリスのスーパーには、世界中の食材が一年中入ってきます。トマトはスペイン、アボカドはメキシコ、ブルーベリーはチリ、さくらんぼはトルコなど、季節に関係なく世界中から輸入されています。 これはイギリスが島国でありながらも、かつての大英帝国時代から続く貿易大国の名残とも言えます。国内の農業だけで食料をまかなうのは非現実的であり、スーパーの棚は「世界の味」で埋め尽くされているのです。 当然、「その土地でその時期にしか採れない」という感覚は薄れ、結果として「旬=特別なもの」という意識も消えていきます。 4. 日本との比較:なぜ日本人は旬を重視するのか? ここで、日本の食文化との違いを考えてみましょう。 日本は農業国であり、四季がはっきりしていることもあり、「今しか食べられない味」に対して非常に敏感です。和食の世界では「走り(初物)」「旬」「名残(季節の終わり)」といった考え方があり、それに合わせた献立が組まれます。 また、テレビ番組や雑誌でも「春の味覚特集」「秋の味覚祭り」といった季節商戦が展開され、消費者側にもその季節に応じた味を楽しもうという意識が根付いています。 このような文化背景の中では、「旬を楽しむ」ことが自然な行動となるのです。 5. 季節感の欠如は悪いことなのか? ここまで読んで、「イギリスって文化的に劣っているのでは?」と思う人もいるかもしれません。しかし、見方を変えれば、「いつでも好きなものが食べられる自由」「計画的で無駄のない食生活」とも言えます。 また、近年ではイギリス国内でも「地産地消」や「サステナブルな食材選び」といった動きがあり、ローカルのマーケットやオーガニックショップでは、季節の食材を意識する取り組みも始まっています。ロンドンなどの都市部では、旬の素材を使ったモダンブリティッシュ料理のレストランも増えてきました。 つまり、「旬の感覚がゼロ」ではなく、「一般大衆の食生活にそれが反映されにくい」というだけの話かもしれません。 6. イギリス流の「旬」を見つける楽しみ方 とはいえ、イギリスでも探せば「小さな旬」は存在します。 例えば: これらはスーパーでも見かけますが、より鮮明に感じられるのは地元のファーマーズマーケットや、直売所(Farm Shop)などです。そういった場所では、天候や気候の変化に即した「今が食べ時!」な野菜や果物に出会えることも。 まとめ:イギリスに「旬」はないのか? 結論としては、「イギリスには日本のような『旬』文化は根付いていないが、まったく存在しないわけではない」というのが実情です。 むしろ、気候や文化、経済システムの違いから、「いつでも同じものを食べられること」を選んできた社会とも言えます。 その一方で、イギリスでも少しずつ「季節感」や「食の多様性」を見直す動きがあり、特に若い世代や移民の多い地域では食への関心も高まりつつあります。 日本の「旬を味わう」文化を大切にしつつ、イギリス的な「安定した供給」と「合理的な食生活」のバランスを見つけることも、海外生活を豊かにするコツかもしれません。 筆者より一言「旬がない国」と聞くと少し味気ない感じがするかもしれませんが、それもまた文化の一部。イギリスで暮らしていると、”same old”(いつも通り)な日常の中に、小さな季節の変化を見つけるのも一つの楽しみ方です。
肉オンリーでもスリム?イギリスの“肉食者”を徹底解析
最近、SNSや海外メディアなどで「肉だけ食べてるのに、なんで痩せてる人が多いの?」という声をよく目にします。特にイギリスでは「Carnivore Diet(カーニボア・ダイエット)」と呼ばれる、“ゼロ・カーボ”、“肉オンリー”の食生活を送る人たちが少なくありません。 実際、日本人には少し信じがたいですが、イギリスにはその信奉者が一定数おり、彼らの肉体は決して「ぽっちゃり体型」には見えないケースが多い…。日本の常識からすると驚きですよね。 そこでこの記事では、彼らの食生活と体型がどう結びついているのか?その真相を徹底解析していきます。 1. カーニボア・ダイエットとは? カーニボア・ダイエット(Carnivore Diet)は、動物性食品のみを摂取し、植物性食品・炭水化物・食物繊維などを一切除外する食生活です。肉、魚、卵、チーズなどが主です。一部では牛肉のみ「ライオン食」と呼ばれる極端なバリエーションも存在します 。 このダイエットは「ゼロ・カーボ」かつ「高脂質・高タンパク」なケトジェニックの極端な形であり、標準的な“5 A Day(1日に少なくとも5種の果物・野菜)”的なガイドラインには対極をなします 。 2. イギリスで流行する背景 2-1. 減量・健康改善のニーズ 多くのフォロワーが、減量や血糖コントロールを目的にこの食事法を始めています。例えば、糖尿病治療薬やインスリンを中止できた人もおり、実際にBMIが下がったという報告が多数あります 。 2-2. 食のミニマリズム × ミレニアル思考 「食はシンプルに」「原初の食は肉だった」といった思想も根強く、過剰な食品添加物や農薬、炭水化物への疑問から始まるケースも散見されます 。 またSNS発信する“肉インフルエンサー”も登場し、「肌がキレイになった」「脳が冴えた」「体臭が変わった」など、さまざまな好転報告が目立っています 。 3. 食べるだけでスリム?その理由とは 3-1. 食事量が自然に減る 肉&脂肪は高い満腹感(サチュエーション)をもたらし、食事の回数や量が減る傾向があります 。結果、総カロリー摂取が減り、体重が落ちるのです。 3-2. ケトーシスによる脂肪燃焼 炭水化物をほぼゼロにすることでケトーシス状態になり、脂肪がエネルギー源として使われやすくなります。これも短期的には体重減少効果が高い理由のひとつです 。 3-3. 血糖コントロールの改善 炭水化物を摂らないことで血糖の急激な上下動が減り、インスリン抵抗性の改善につながることが報告されています 。これにより、肥満や2型糖尿病のリスクが軽減される面もあります。 4. なぜ“太りにくい”のか? 4-1. カロリー制限と自然減食 満腹感のおかげで無意識にカロリーを減らしやすく、結果的に体重が落ちやすい。 4-2. 栄養バランスの偏りでも痩せる 炭水化物を摂らないため、血中グルコース・インスリンの乱高下がなく、脂肪蓄積のシグナルも減少。 4-3. 糖質依存からの断食 糖質依存状態からの脱却により、脳のカロリー要求が安定し、過剰な食欲が抑制されやすい。 5. ただし…長期的リスクも無視できない 5-1. …
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「イギリスの食材でご飯が進む!現地で買えるおすすめおかず・アレンジレシピ特集」
🌾 はじめに 日本人にとって、白いご飯は毎日の主役。おかずがその主役を引き立て、時にはその美味しさを高めてくれます。一般には和食やアジア系の味付けとの相性が語られがちですが、イギリスにも、ご飯と意外と相性の良い食材や調味料があるんです。 この記事では、イギリスでポピュラーな食材を使って、 そんなアイデアをたっぷりご紹介します。 1. イギリスの定番、レッドペッパー・ジャム × ご飯 1.1 レッドペッパー・ジャムとは? スイートペッパー(赤・黄パプリカ)を使った甘口のジャムです。イギリスの朝食ビュッフェやマーケットでよく見かけます。 1.2 ご飯との意外なマリアージュ 甘みとほのかな酸味は、白ご飯との相性◎。まずはシンプルに、熱々のご飯にジャムをのせるだけでも、止まらない味に。 ポイント 1.3 アレンジ提案 2. スモークサーモン × ご飯 2.1 イギリス名物のスモークサーモン スコットランド産のサーモンは脂がのっていて、香り豊か。スコーンやベーグルにもよく使われます。 2.2 そのままでも、ご飯と合う ご飯にのせて、刻み海苔や小葱、少しのわさび醤油を垂らせば即席「スモークサーモン丼」に! 2.3 レシピアイデア 3. マーマイト & チーズ × ご飯 3.1 発酵食品マーマイトとは? 酵母エキスのペーストで、独特の塩気と旨味が特徴。イギリス家庭では朝食トースト用定番。 3.2 ご飯に塗って「和風ライス・トースト」風 バターご飯にちょい足しすれば、香り豊かなマーマイトご飯に変身。チーズを乗せてトースターで焼けば、和洋折衷の美味しさ。 3.3 レシピアイデア 4. ハイランド・ミルクバター × ご飯 4.1 スコットランド産の濃厚バター イギリス各地のバターは塩味・発酵風味こそやや控えめですが、ミルクの甘さとコク共存が魅力。 4.2 バターご飯の美味しさ 塩と醤油少々で、簡単バターライス。コーンやきのこのソテーと合わせれば、洋風炊き込みご飯的に。 4.3 …
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「チョコが高すぎる!」ヨーロッパ人も驚くイギリスの物価高
ロンドンのスーパーマーケットで、板チョコ1枚が2ポンド超――そんな光景を目にしたフランス人の友人が、「こっちは高級ブランドなの?」と驚いた。筆者も思わず「いや、普通のチョコだよ」と苦笑い。今のイギリスでは、“普通のもの”が信じられないほど高くなっている。 2025年4月、イギリスの消費者物価指数(CPI)は前年同月比で 3.5% に跳ね上がった。これはユーロ圏平均(2.6%)を上回るどころか、G7諸国でも高水準だ。 とはいえ、3%台なら「そこまで高くないのでは?」と思うかもしれない。だが、この数字に含まれている「中身」が問題なのだ。 「春の生活費爆弾」――4月に集中した値上げの嵐 この春、多くのイギリス家庭を襲ったのは、まるで四方八方からの値上げラッシュだった。光熱費、水道代、家賃、そして交通費…。何もかもがいっせいに“春の改定”を迎え、家計に重くのしかかった。 たとえば電気とガス。4月からの料金見直しで、これまで上限価格によって抑えられていた負担が一気に跳ね上がった。加えて、水道代はなんと 26.1% 増。水道会社が「インフラ投資とインフレ圧力によるコスト増」を理由に、全国的に引き上げを実施したからだ。 さらに、住宅所有者が支払うコスト(OOH)も 6.9% 増。家を持っていても、持っていなくても、今のイギリスでは「住むだけでお金がかかる」と言っても過言ではない。 移動も、遊びも、お金がかかる 交通費も例外ではなかった。車両税(Vehicle Excise Duty)は4月から値上げ。ガソリン代は下がったとはいえ、全体の負担は決して軽くない。 また、驚くべきは航空券の価格だ。4月のイースター連休にかけて、航空会社がチケット価格を大幅に引き上げた結果、CPI上では +27.5% の上昇となった。これは一時的とはいえ、観光やレジャーも「手の届かない贅沢」になりつつある。 「パンとチョコ」はもうごちそう? 4月のCPIでとりわけ目立ったのが 食料品 の値上がり。年ベースで 3.4% の上昇だったが、5月には 4.4% にまで上昇幅が拡大した。 では、何がそんなに値上がりしているのか? 答えはこうだ: 背景には、カカオの世界的な不作がある。特にコートジボワールやガーナなどの主要生産国では、異常気象と病害による収穫量減少が深刻で、原材料価格が世界的に高騰している。 EU圏では自国生産や共同仕入れである程度吸収できているが、イギリスはポスト・ブレグジット以降、食料の多くをEUからの輸入に依存している。為替(ポンド安)と輸送コストも重なり、スーパーに並ぶ品々はどれもこれも“ちょっとした贅沢品”になりつつある。 「イギリスは高すぎる」――ヨーロッパ人が感じる異常性 ドイツからの出張者はこう言っていた。「ホテル代はまあ仕方ない。でも、ランチでサンドイッチと水を買ったら10ポンド?信じられない」と。 確かに、感覚的には「ちょっとした外食=20ポンド超」は珍しくない。チップ文化も相まって、外国人にとっては出費の重さが倍増する。 それもそのはず。レストランやカフェの価格も、サービスコストや光熱費の高騰によって引き上げられている。これはまさに「値上げの連鎖」だ。 背景にある“見えにくい要因” ここまでの話を聞いて、「じゃあ政府は何をしているのか?」と思う人もいるだろう。実際、財務省も中央銀行も、インフレ対策には慎重だ。 Bank of England(イングランド銀行)は政策金利を 4.25% に据え置いており、「利上げでインフレを抑える」という伝統的アプローチには慎重な姿勢を崩していない。 しかし、問題は供給側のコスト――つまり、企業が支払うエネルギー代・人件費・税金など――が根強く高い点にある。これが価格に転嫁され、結局は消費者の負担となって跳ね返ってきているのだ。 街の声:生活者の実感 最近、筆者が通っている小さな八百屋でも、「野菜の値段を毎週書き換えるのが日課になったよ」と主人がこぼしていた。春キャベツが1個1.80ポンド。「野菜は身体にいい」とわかっていても、手が伸びにくくなる価格だ。 また、子育て中の家庭では、「毎週の買い物予算が膨らんで、レジャー費が削られている」との声も多い。学校給食もじわじわ値上げされており、昼食代に困る世帯も増えているという。 これからどうなる?専門家の見解 経済アナリストたちは、「2025年後半にはインフレ率が再び鈍化する可能性がある」と見ている。だが、前提条件は「エネルギー価格の安定」「ポンドの為替回復」「食品供給の正常化」など、いずれも不確実な要素ばかりだ。 また、政府が掲げる「低所得層支援」や「補助金政策」も、財政赤字とのバランスで踏み込んだ対応が難しくなっている。 「イギリスは物価が高い国」になったのか かつて、ロンドンは「世界一物価が高い都市」としても知られていた。しかし今は、その高さが「一部の都市の話」ではなく、**イギリス全体の“日常”**になりつつある。 この国では、チョコレート1枚が贅沢品になり、パンや水が“節約対象”になる。それでも人々は、なんとかやりくりして生活している。 “普通の生活”を守るために、普通のものがどれだけ「高く」なったか。それが、今のイギリスのリアルだ。
魚屋の逆襲――イギリスで見かける「少し不思議な」フィッシュモンガーたち
イギリスの街角でよく見かけるもののひとつに、「魚屋(フィッシュモンガー)」がある。観光地から住宅街の一角まで、その規模や装いはさまざまだが、どこか「昭和の市場」を彷彿とさせるような、懐かしくも少し雑多な佇まいをしている。筆者自身も、最初はそれを目にして驚いた。「え? イギリスってそんなに魚食べる国だったっけ?」というのが、正直な第一印象だった。 さらに言えば、見た目の衛生感にもやや疑問が残る。氷に載せられていない魚がゴロリと並び、魚屋の兄ちゃんが素手でそれをガシッとつかんで見せてくる。その手つきは職人芸というより「雑技団」に近い。手袋はしているのか? いや、していないことも多い。しかも値段がなぜか高い。超高級スーパー「Waitrose」よりも高い場合がある。筆者のように「そこまで魚に執着がない」人間にとっては、なかなか足を踏み入れづらい世界である。 本当にイギリス人は魚を食べるのか? イギリス料理といえば「フィッシュ・アンド・チップス」がまず思い浮かぶが、あれはタラかハドック(鱈の一種)を揚げたものに過ぎない。寿司や刺身文化のような「生の魚」への親和性は高くないし、煮魚や焼き魚といった調理法もあまり一般的とは言いがたい。スーパーに行っても、肉売り場に比べて魚売り場はずっと小さい。缶詰(ツナ、サーディン、マッカレル)や冷凍品が主流だ。 それでも魚屋は存在している。しかも結構な頻度で見かける。なぜだろうか? その理由を紐解くためには、「イギリスの魚文化」ではなく、「魚屋の商売文化」に注目する必要がある。 フィッシュモンガーの正体 イギリスにおけるフィッシュモンガー(fishmonger)は、単なる魚の小売業者ではない。伝統的には、魚市場から直接仕入れた鮮魚を地域の人々に提供する、ある種の「流通のプロフェッショナル」でもある。中には家族経営で何世代にもわたって営業している店も多く、地方のコミュニティにとっては重要な存在だ。 また、彼らは単に魚を売るだけでなく、調理用に下処理をしたり、調理法をアドバイスしたりと、ある種のコンサルタント的役割も果たしている。まるで八百屋のおばちゃんが「この白菜は漬物に向いてるよ」と教えてくれるような感覚だ。つまり、魚屋は「魚に特化した知識とスキルを持つ専門家」としての価値を今も維持している。 衛生面、本当に大丈夫なのか? 一方で、多くの日本人にとって気になるのが衛生面である。 日本では魚は「繊細でデリケートな食材」とされ、生食文化の影響もあり、保存状態や取り扱いには非常に厳格な基準がある。手袋の着用、冷蔵・冷凍チェーンの徹底、清潔な調理器具など、徹底した衛生管理が求められる。それに比べると、イギリスの魚屋はやや「野性的」に映る。 しかし実際には、イギリスでも食品基準庁(FSA)による衛生基準が定められており、定期的な抜き打ち検査が行われている。店舗には「Food Hygiene Rating(食品衛生評価)」が貼り出されている場合が多く、1~5のスコアで示される。信頼できる魚屋は大体4~5を獲得している。逆に、それが貼っていない店には警戒が必要かもしれない。 また、素手での取り扱いが多いことについても、「頻繁な手洗い」が前提となっている。つまり、文化として「手袋=清潔」とは必ずしもみなされていないのだ。むしろ手袋をしていると手洗いがおろそかになるという批判さえある。日本とは異なる「衛生観」だが、必ずしも劣っているとは限らない。 魚がそんなに好きじゃないのに、どうして魚屋がやっていけるのか? イギリス人が日本人ほど魚好きでないことは事実だ。ではなぜ魚屋が成立するのか? その答えのひとつは、多様な民族と嗜好の融合である。イギリスにはインド系、アフリカ系、中東系、カリブ系など多くの移民コミュニティが存在し、彼らの中には魚を積極的に食べる文化を持つ人々が多い。例えばバングラデシュ系の家庭では、川魚や海水魚をスパイスで煮込む料理が日常的に作られている。 こうしたコミュニティは大型スーパーよりも地元の魚屋を重宝し、しっかりとした購買力を持っている。言い換えれば、魚屋は「移民需要」によって支えられている側面が大きいのだ。 さらに、サステナビリティの観点からも「地元で獲れた魚を地元で買う」ことが見直されてきており、地産地消を重んじる人々の支持もある。英国南西部やスコットランドなどの沿岸地域では、漁業は今も主要産業のひとつであり、その魚が地元の魚屋を通じて都市部に届けられる仕組みが存在する。 値段が高いのはなぜ? それでもやはり、「値段が高い」という印象は拭えない。 実はこれにも理由がある。まず、小規模な魚屋は大量仕入れができないため、仕入れ単価が高い。また、市場から店舗までの輸送や保管コストもかかる。加えて、下処理や説明といった「人的サービス」が価格に上乗せされている。 一方、大型スーパーは効率化と量的スケールを武器に安価な魚を提供できる。しかしその多くは冷凍された輸入魚であり、品質のばらつきや加工の透明性に不安が残ることもある。 つまり、「魚屋の魚は高いが、質とサービスで勝負している」のだ。 それでも筆者は魚屋で買わない理由 ここまで擁護的な視点で語ってきたが、筆者個人としては、それでも魚屋で魚を買うことは稀である。 その理由は単純で、「そもそもそこまで魚が好きじゃない」からだ。特に脂の乗った刺身や煮付けを欲する日本的な魚欲求に対して、イギリスの魚屋が提供する魚はちょっと方向性が違う。鮭やタラ、マッカレル(サバ)など、日本人にもなじみ深い魚はあるが、あくまで調理の主軸が「焼く・揚げる」に偏っており、刺身用途の魚は限られている。 さらに、自炊で魚を扱うには下処理や臭いの処理など、手間が多すぎる。時間も技術も求められる。忙しい日常の中で、肉や豆類、冷凍食品に手が伸びるのは当然の帰結ともいえる。 最後に――魚屋は「文化的存在」 イギリスの魚屋は、もはや「食材を売る場」以上の存在になりつつある。街の文化、多様な住民層、そしてサステナビリティの象徴として、いぶし銀のように存在し続けている。 あなたが魚をあまり好きでなくても、魚屋に抵抗を感じても、それはまったく問題ない。しかし、もし勇気を出して扉を開けてみたら、案外親切なおじさんが「今日はいいホタテが入ってるよ」と声をかけてくれるかもしれない。 買うかどうかは、そのとき決めればいい。
イギリスの肉屋 vs スーパー:本当にブッチャーの肉は“価値”があるのか?
ロンドンの街角、レンガ造りの店構えに「Butcher(肉屋)」の文字。ショーウィンドウには吊るされたラムレッグ、分厚いステーキカット、手作りのソーセージ。中に入ると、白衣を着た職人がカウンター越しに「今日は何が欲しい?」と笑顔で迎えてくれる。そんなシーンに一度は憧れるものの、筆者が思うのはこうだ。 「でも、スーパーの肉とそんなに違うの?」 日本からイギリスに移住して以来、筆者は何度となくブッチャー(肉屋)で肉を買ってみた。しかし、正直に言ってしまえば、味も値段も「これだけ違うのか!」と驚くほどではなかった。むしろ、近所のウェイトローズ(Waitrose)の肉の方が手頃で美味しいという印象すらある。 本記事では、そんな筆者の実体験をベースに、イギリスにおける「肉屋 vs スーパー」という永遠のテーマについて、味、価格、価値、そして日本人としての視点から掘り下げてみたい。 イギリスのブッチャー、価格は「高級品」? まず何より気になるのは価格である。イギリスの街中にある個人経営のブッチャーで肉を買うと、一般的に以下のような価格帯となっている。 部位 ブッチャー(£) スーパー(£) ランプステーキ(500g) £10〜12 £6〜8 鶏もも肉(500g) £4〜5 £2.5〜3.5 ラムチョップ(4本) £10〜13 £6〜9 ブッチャーの肉は、明らかにスーパーよりも1.3〜1.8倍ほど高い。特にステーキやラムといった赤身の部位は高騰傾向にある。 なぜそんなに高いのか? 理由は主に以下の3点。 しかし、価格が高いからといって必ずしも味が劇的に違うわけではない。これは実際に買って食べてみないとわからないことである。 「味」の違いは明確か?──正直、ドングリの背比べ 筆者はステーキ好きで、これまでに十数店舗のブッチャーから肉を買い、同じ部位をスーパーのものと比較調理してきた。その結論はというと、 「違いは感じるが、驚くほどではない。むしろ保存状態で劣ることもある」 たとえば、ウェイトローズの「Dry Aged Ribeye」はしっかり熟成香がして肉の旨みも深い。一方で、とあるブッチャーのリブアイは確かに柔らかいものの、冷蔵管理が甘く少しドリップが多いこともあった。 鶏肉に至っては、スーパーの方が明らかに処理がきれいで清潔感があるケースも。特に日本人にとって、鶏の皮に毛が残っていたり、内臓の痕が雑に処理されていると気になる。 要するに、味の違いはあれど「劇的な差」ではなく、むしろ個体差や管理状態の方が味に影響を与えるというのが筆者の正直な所感である。 ブッチャーの「価値」とは何か? では、なぜいまだにブッチャーが支持されているのか。その答えは、「肉の質」だけではない。以下のような非物質的価値が支持される理由だと考えられる。 つまり、ブッチャーの肉は「商品」というより「サービスの一部」として売られているのだ。料理好きな人、自分でミンス(ひき肉)を作る人、特別な日のために熟成肉を買いたい人にとっては、確かにその価値はある。 日本人から見ると「スーパーで十分」な理由 一方、日本での生活に慣れていた筆者にとって、イギリスのブッチャーはどこか「過剰」に思える。 つまり、日本人の感覚で言えば、イギリスのスーパーの肉(特にウェイトローズ)は「肉屋クラス」に近いレベルなのだ。 筆者自身、数あるスーパーの中でもWaitrose(ウェイトローズ)の精肉コーナーを信頼している。他のスーパー(テスコ、セインズベリー、モリソンズなど)と比べても、 という理由から、「ブッチャーで買うより安心できる」とすら感じるのである。 結論:価値観によって「どちらが良いか」は変わる 総じて言えることは、イギリスの肉屋(ブッチャー)は高価格でこだわりのある層に向いているということ。料理にこだわりがあり、肉の背景やストーリーまで味わいたい人にはおすすめできる。 一方で、筆者のように というスタイルであれば、ウェイトローズをはじめとしたスーパーで十分満足できる肉が手に入る。 特に日本人の舌や清潔感の感覚を持つ人にとっては、「スーパーの肉 vs ブッチャーの肉」はドングリの背比べに映ることもあるだろう。 おわりに──“贅沢”をどう楽しむか 料理とは日々の糧であると同時に、時に「ちょっとした贅沢」でもある。そう考えると、たまにはブッチャーで高級なラムを買ってみるのも楽しいし、逆にウェイトローズのセール品で上質なステーキを焼いてみるのも、ちょっとした幸福である。 選択肢が広がる現代において、「どこで買うか」ではなく「どう楽しむか」が重要なのかもしれない。 ※本記事は筆者の個人的な体験と主観に基づいて書かれたものであり、すべてのブッチャーやスーパーの品質を代表するものではありません。
焼きすぎる国イギリスでも食中毒は起こるのか?——夏に気をつけたい「英国的食中毒事情」
イギリスの料理と聞いて、多くの人が思い浮かべるのは「ロースト」や「グリル」など、長時間高温で火を通す調理法ではないだろうか。実際、ローストビーフやシェパーズパイ、サンデーローストなど、イギリスの伝統的な家庭料理の多くは、肉や魚にしっかり火を通すことを前提としている。加えて、衛生観念の強い現代イギリス人の多くは、「焼きすぎなくらい焼く」のが安心、という意識すら持っている。 では、そんな“焼き文化”のイギリスでも、食中毒は起きるのだろうか?答えはYes。意外にも、イギリスでも毎年数十万件の食中毒が発生しており、なかでも夏場にはその数が顕著に増加する傾向がある。本稿では、イギリスにおける食中毒の実態と原因、特に夏に増える背景について詳しく見ていきたい。 イギリスでの食中毒、年間の発生件数は? イギリス政府機関「食品基準庁(Food Standards Agency, FSA)」によると、イギリスでは年間約270,000件以上の食中毒が報告されている。ただし、これは報告された件数に限った話であり、実際にはこの数倍以上の人々が何らかの食中毒を経験していると見られている。 特に多くの人々に影響を与えるのが、カンピロバクター(Campylobacter)、サルモネラ(Salmonella)、リステリア(Listeria)、大腸菌O157(E. coli O157)、そして**ノロウイルス(Norovirus)**といった原因菌だ。日本でもおなじみのこれらの細菌・ウイルスだが、イギリスにおいても主要な病原体であることに変わりはない。 高温調理でも防げない?意外な感染ルート 「肉をしっかり焼いていれば安全なのでは?」と思われるかもしれないが、実は問題は“火の通し方”だけではない。たとえば、以下のような場面でも食中毒の原因となる。 1. 交差汚染 生肉を調理した際に使ったまな板やナイフを、加熱済みの食材やサラダに使ってしまうことで、菌が移る「交差汚染」。特にキャンピロバクターは、鶏肉の表面に高確率で付着しており、少量の菌でも感染が成立するため非常に危険だ。 2. 低温保存の失敗 イギリスの家庭用冷蔵庫は、一昔前まで温度管理がやや不安定なものも多く、食材の保管が不十分になるケースがある。また、夏場は食品が常温にさらされる時間が長くなりがちで、バクテリアの増殖リスクが高まる。 3. 外食・テイクアウェイ(持ち帰り) イギリスではパブやテイクアウェイ(テイクアウト)文化が浸透しており、特に夏場には外での食事が増える。バーベキューやピクニックでは、屋外での調理と保存が不十分になりがちで、食中毒の温床になりうる。 夏に食中毒が増える理由 イギリスでも、他の国と同様に食中毒は夏場に増加する。その理由は以下のような点にある。 ● 気温上昇による菌の増殖促進 細菌の多くは20〜40度の環境で最も活発に繁殖する。イギリスの夏は日本ほど湿度が高くないとはいえ、20度を超える日が続くと、食材に付着した菌が急激に増殖する可能性がある。 ● 野外イベント・バーベキューの増加 天候の良い夏は、イギリス人にとってアウトドアシーズンの到来。バーベキューは国民的な夏のレジャーであり、半生のハンバーガーやソーセージ、適当な保存状態のポテトサラダなど、リスクの高い食品が目白押しになる。 ● 冷蔵保存・衛生環境の不備 外での活動が増えることで、食材が常温にさらされる時間が長くなり、またキャンプ場などでは手洗い設備が整っていないことも多い。これが二次感染や交差汚染につながる。 実際に多い食中毒の原因菌 FSAの調査に基づく、イギリスにおける代表的な食中毒の病原体は以下の通り: ◆ カンピロバクター(Campylobacter) ◆ サルモネラ(Salmonella) ◆ リステリア(Listeria) ◆ ノロウイルス(Norovirus) イギリス政府・市民の対応と対策 食品基準庁(FSA)では、「4つのC(clean, cook, chill, cross-contamination)」を掲げ、食中毒予防を呼びかけている。 また、多くのスーパーでは鶏肉パックに「洗うな」と明記されている。これは洗うことでシンクや調理台に菌を飛散させてしまうリスクがあるためだ。 イギリスにおける今後の課題 食中毒対策の啓発は進んできたが、以下のような課題が残されている。 おわりに:イギリスでも「油断禁物」な食中毒 「何でも焼きすぎる」国、イギリスでも、食中毒のリスクは決して低くはない。火を通す調理法が多くても、食材の保存、調理器具の扱い、衛生習慣といった“見えない要素”がリスクの根本にある。特に夏場は、開放的な気分とともに衛生意識が緩みやすい時期だ。 旅行者であっても現地の食に触れる機会は多く、テイクアウェイやパブ飯を楽しむのは醍醐味の一つ。ただしその裏には、見えないリスクが潜んでいることを知っておくことで、「食の安全」と「旅の楽しさ」を両立できるだろう。 安全な食生活は、国境を越えて重要なテーマである。
イギリスのスーパーマーケットに潜む「割引表示の罠」― 消費者心理を突いた巧妙な価格戦略の実態 ―
イギリスで日常的にスーパーマーケットを利用していると、「なんとなく違和感を覚える買い物体験」が少しずつ蓄積されていく。その違和感の正体を突き詰めていくと、ある一つの構造的な問題に行き着く——表示された割引が実際には適用されていないことが異様に多いという現象だ。 「2つで£4」「今だけ£1引き」「会員限定価格」などの目を引くプロモーションが店内の至る所に貼られている。これらの表示は、確かに購買意欲をかき立てる。実際、そうした表示を見て「お得だ」と思い、商品をカゴに入れた経験のある人は多いはずだ。 しかし、いざレジで支払いを済ませてみると、表示された割引が反映されていないことに後から気づく。問題は、これが“たまにある”程度ではなく、あまりに頻繁に起こるという点である。 「割引されていない」ことに気づきにくいシステム設計 たくさんの品物を買ったとき、いちいちすべてのレシートを確認するのは正直言って面倒だ。特に数十ポンド分の買い物をした後に、数ポンドの誤差があるかどうかを見極めるには時間も手間もかかる。 ここに一つのカラクリがある。スーパーマーケット側は、客がそれに気づく労力を“見積もっている”ように見えるのだ。 割引の適用漏れが起きるのは、単なる人的ミスではない。なぜなら、これはどのチェーンでも、どの店舗でも、何度も繰り返し起こるからだ。POSシステム(販売時点管理システム)が商品情報を正確に読み取っていない、あるいはシステムへの割引登録が漏れている。こうしたミスがあまりに多く、そして修正もされないままになっている現状を考えると、これは「仕組みとしてわざとそうなっている」のではないかという疑念が拭えない。 「返金の手間」が消費者心理を巧みに突いてくる もし割引されていなかったことに気づいたとしても、それを訂正してもらうためには「カスタマーサービス」カウンターに行く必要がある。しかし、このカウンターがまた一筋縄ではいかない。 多くの店舗では、この窓口はタバコやギフトカード、返品処理なども同時に取り扱っており、常に行列ができている。返金処理をしてもらうために10分、15分と並ぶ必要があることもざらだ。しかも、そのやり取りもとてもスムーズとは言い難く、証拠となるレシートと商品、さらに時には表示の写真まで必要になることもある。 その面倒さゆえに、多くの消費者は「もういいや」と諦めてしまう。スーパーマーケット側はその“諦め”に依存しているのではないかとすら思えるのだ。 小さな額だからと軽視できない、積み重なる“無意識の損失” 「たかが£1〜2」と思うかもしれない。しかし、もしそれが毎週、何千人という客に対して起きているとしたら、どうだろうか? 一つの店舗だけでなく、全国のチェーン店すべてで同様の“割引未適用”が常態化しているとすれば、それは数百万ポンド規模の“余分な売上”になっている可能性がある。 そしてそれは、顧客からの“正規料金という名の誤請求”によって成り立っているという構図になる。 誰が責任を取るべきなのか? この問題の責任は、レジで働いているスタッフにあるわけではない。彼らはPOSシステムのデータを読み取り、スキャンされたままの金額を処理しているにすぎない。責任の所在はむしろ、店舗運営の根幹を担うマネジメント部門、そして割引情報を管理する本部のシステム設計にある。 つまり、これは現場の労働者の怠慢ではなく、構造的な問題なのである。 今後、私たちができること このような状況の中で、私たち消費者ができるのは、まず「疑ってかかる視点」を持つことだ。レジを通した後のレシートをなるべく確認し、疑問があればすぐに問い合わせる。また、買い物中に「これ本当に割引されているのか?」という意識を持っておくことも重要だ。 加えて、SNSなどを通じてこうした実例を共有することも有効だ。透明性が高まり、店舗側にもプレッシャーがかかる。企業としても、こうした小さな“不信感の積み重ね”がブランドイメージの毀損につながることをもっと真剣に考えるべきである。 「表示された価格で買える」——それは消費者が当然のように期待する権利だ。その基本すら確保されないまま、「面倒だから」「よくあることだから」と諦めてしまえば、いつの間にかそれが“普通”として定着してしまうだろう。 だからこそ、声を上げ、仕組みを問い、正当な価格で買い物をする意識を私たち一人ひとりが持つことが、今求められている。