差別主義的な抗議デモが示すイギリスの危機

「移民排斥」がもたらす経済への負の連鎖

ロンドン中心部で開催された反移民を掲げる大規模デモは、イギリスが抱える深刻な矛盾を改めて浮き彫りにした。参加者たちは「移民が我々の生活を脅かしている」「国を取り戻せ」と声を上げたが、その主張は事実に基づいたものではない。むしろ、こうした排外的な運動こそが、イギリス経済の基盤を揺るがし、社会全体を衰退へと導く要因となりつつある。

ここで注目すべきは、デモの規模そのものよりも、その主張の危うさだ。デモ参加者たちは自らを「国を守る愛国者」と位置づけているが、実際には国を支える人材を排除しようとする行為は、自国の経済力を弱め、財政を逼迫させ、国際的な評価を大きく損なう行為にほかならない。


不正規移民を「過大評価」する世論

イギリス国内では、「ボートで押し寄せる不法移民が国を食い潰している」という言説が繰り返し流布されている。確かに、2025年6月までの1年間で小型ボートを用いた不正規入国は約43,000人に達し、前年よりも増加した。政府もこの数字を繰り返し強調し、あたかも不法移民こそが経済悪化の主因であるかのように語ってきた。

しかし、冷静に統計を精査すれば、その実態は大きく異なる。
不正規移民による財政負担は確かに存在する。宿泊費や審査・収容・送還の費用など、2023/24年度で総額約54億ポンドに達した。ホテル利用だけで年間30億ポンド近い支出が発生しており、1人あたりに換算すると年間4万〜5万ポンド規模のコストが生じている計算になる。これだけを見れば「莫大な負担」と言えるだろう。

だが重要なのは、これはあくまで局所的・制度的な非効率による出費であるという点だ。政府がホテル宿泊に依存し続け、審査を迅速に処理できないことこそがコストを膨張させている。つまり、移民そのものではなく、対応体制の不備が財政負担を増やしているのである。


正規移民がもたらす莫大な経済効果

一方で、正規のビザを所持してイギリスに滞在する移民たちの経済貢献は、しばしば過小評価されている。実際のデータは明確だ。

  • 入国時の直接収入
    移民はビザ申請料や移民健康サーチャージ(IHS)、雇用主によるスキル課徴金などで、入国時点で一人あたり約5,300ポンドを国庫に納めている。
  • 就労移民の純貢献
    特に技能労働者ルートで来る移民は、年間平均で一人あたり約16,300ポンドの「純プラス効果」をもたらす。これは税収や社会保険料から受け取る公共サービスのコストを差し引いた後の数字であり、純粋な財政的寄与を示している。
  • 専門職の高額貢献
    IT分野やエンジニア分野では、一人あたりの純貢献が2万〜3万ポンドを超えるケースもある。こうした高技能移民は、英国経済の競争力を高め、産業を支える中核的存在となっている。
  • 若年層中心という構造的利点
    移民の多くは労働年齢であり、社会保障や年金の大きな支出を必要とする高齢者ではない。そのため、公共財政のバランスを改善し、政府借入の削減に寄与している。英国の財政責任局(OBR)は、移民数が増えるシナリオほど財政持続性が高まると繰り返し指摘している。

これを合算すれば、例えば年間30万人の技能移民が流入した場合、純貢献は約48億ポンドに達する計算となる。これは不正規移民対応に要するコストとほぼ同規模であり、さらに長期的には何倍もの利益として積み重なる。


排外デモがもたらす負の連鎖

こうした事実を前にすれば、本来ならイギリスは移民を「経済的パートナー」として迎えるべきである。ところが、街頭に繰り出したデモ参加者たちは、移民を「生活を奪う存在」と断じ、社会から排除しようとしている。

問題は、こうした排外的メッセージが海外からの人材流入を萎縮させる効果を持つことだ。日本を含む多くの国の優秀な人材は、すでにイギリスの将来に不安を抱き始めている。
「自分たちが差別的に扱われる可能性がある国には行きたくない」と考える若手研究者やITエンジニアは増え、他国、特にカナダやオーストラリアへと流出している。

その結果、イギリスは税収を生むはずの人材を失い、産業の国際競争力を低下させる。教育分野でも、留学生の流入減少は大学財政を直撃し、研究の国際的地位を揺るがす。
こうした「目に見えない損失」は、デモ参加者たちが恐れる「移民による負担」をはるかに上回るものとなる。


国際的評価への打撃

経済だけではない。反移民デモの映像や報道は瞬く間に世界へ広がり、イギリスの国際的イメージを大きく損なっている。多文化共生を掲げる西欧諸国の中で、「移民排斥を叫ぶ国」というレッテルは、外交や国際ビジネスにも悪影響を及ぼす。
観光や投資、研究交流において「人種差別主義国家」と見なされるリスクは計り知れない。グローバル経済の時代において、この reputational damage(評判の損失)は、数値化が難しいながらも甚大なコストである。


結論:差別が招くのは繁栄ではなく衰退

今回のデモは、一部の人々が「移民こそがすべての不幸の元凶だ」と信じ込んでいることを示した。だが、データが明らかにしているのは逆の現実である。
不正規移民対応のコストは確かに数十億ポンドに上るが、それは制度運営の不備に起因する部分が大きい。一方で、正規移民は同等以上の規模で財政にプラスをもたらし、長期的にはイギリスの経済力を支える不可欠な存在だ。

差別主義的な抗議デモは、こうした事実を覆い隠し、社会に誤った敵意を植え付ける。そしてその結果、イギリスは国際的に孤立し、優秀な人材を失い、経済的な停滞へと向かうだろう。

「移民を排除すれば生活が良くなる」という幻想にしがみつく限り、イギリスは地獄への特急列車に乗ったまま進み続ける。必要なのは排除ではなく共生であり、恐怖ではなくデータに基づく冷静な判断である。


最後に

経済的な数字は冷酷であり、同時に明瞭だ。
不正規移民を口実とする排外主義は、イギリスの財政を救わない。むしろ正規移民を遠ざけることで、税収も、技術も、未来も失われていく。
ロンドンでのデモはその危険な兆候であり、これ以上の拡大を許せば、イギリスは自らの手で国を衰退させることになるだろう。

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