
報道されにくい理由と、見えにくい現実
はじめに
日本では「痴漢」という言葉は日常的に耳にするもので、特に通勤・通学時間帯の電車内で多発する性犯罪として社会問題になっています。一方で、イギリスでの痴漢について語られることは少なく、「イギリスには痴漢が存在しないのか?」という疑問を持つ人もいるかもしれません。この記事では、イギリスにおける痴漢(sexual harassment in public spaces)の実態、法的対応、そしてなぜ日本のようにSNSやメディアで可視化されにくいのかを徹底的に分析します。
1. イギリスにも痴漢はあるのか?
結論から言えば、「イギリスにも痴漢は存在する」。ただし、文化的背景・法制度・メディアやSNSでの扱い方が日本と大きく異なるため、その存在が見えにくくなっているのが実情です。
イギリスにおける痴漢は主に以下の形で報告されています:
- 公共交通機関での身体的な接触やすれ違いざまのタッチ
- 路上での不適切な声かけや追跡行為(Catcalling、Street Harassment)
- クラブ・パブなどでの性的な接触
これらは、イギリスでは「Sexual Harassment(性的嫌がらせ)」「Sexual Assault(性的暴行)」などの言葉で分類され、必ずしも「痴漢」という単語が用いられるわけではありません。
たとえば、ロンドン交通局(TfL)は地下鉄内の性犯罪を「Unwanted sexual behavior」として報告しており、年間で数千件の苦情が上がっているのが実情です。
2. イギリスで痴漢をしたらどうなるのか?
法的にはどう定義されている?
イギリスでは、「Sexual Offences Act 2003(2003年 性犯罪法)」に基づき、以下のような行為が犯罪として処罰されます:
- Sexual Assault(性的暴行):同意なしに他人に性的な接触をすること(例:体を触る、服の上から胸や尻を触るなど)
- Voyeurism(覗き)やUpskirting(盗撮行為)
- Exposure(露出)
- Harassment(つきまとい、ストーカー行為)
これらに該当する行為は、有罪となれば最大で10年の懲役が科される可能性があります。
実際に逮捕されるのか?
はい。イギリスでも地下鉄やバスでの痴漢行為で逮捕者が出ています。ロンドン警視庁(Metropolitan Police)は、性犯罪に対して非常に積極的な姿勢を見せており、通報があれば即座にCCTV(防犯カメラ)の映像を解析し、被疑者を特定しようとします。
TfLと警察は協力して、「Report it to stop it(報告すれば止められる)」というキャンペーンを展開しており、スマホからの通報や目撃情報があれば積極的に捜査を行っています。
とはいえ、被害者が通報しない限り、加害者が捕まる確率は低いのが現実です。この点は日本と似ています。
3. なぜSNSやニュースで「痴漢逮捕」が話題にならないのか?
(1)言語と表現の違い
日本では「痴漢」という単語が社会的に定着しており、それ自体がひとつの犯罪名のように扱われています。一方で、イギリスには「Chikan」という概念はありません。英語では、性的な接触や嫌がらせはすべて「Sexual Harassment」「Sexual Assault」などに分類されます。つまり、「電車で女性のお尻を触った男が逮捕された」というニュースが出ても、それは「Sexual Assault on the Tube」と表現され、日本人が思う「痴漢」として認識されづらいのです。
(2)プライバシー保護の強さ
イギリスでは、容疑者や被害者のプライバシーが厳しく保護されており、名前や顔写真が報道されることは稀です。また、SNSで個人の顔を晒して「この人が痴漢です」と投稿すれば、逆に名誉毀損やプライバシー侵害で訴えられる可能性が高いため、一般人がSNSで晒すことを非常に慎重に避けています。
(3)被害者側の沈黙と警戒感
イギリスでも被害者の多くは、恐怖や恥ずかしさから通報をためらう傾向にあります。さらに、「大ごとにしたくない」「自分にも落ち度があったかもしれない」という心理は、文化的背景が違えど共通しています。したがって、ネット上で「痴漢された」という告発がバズること自体が非常に少ないのです。
4. 日本とイギリスの文化的違い
(1)電車文化の違い
イギリスの公共交通機関、特にロンドンの地下鉄は、日本と比べて混雑の度合いが低く、ラッシュ時でも体が密着するほどの混雑にはなりにくいです。したがって、「密着型の痴漢」がそもそも発生しにくい環境にあります。
(2)男女の社会的距離感
イギリスでは、性的な話題や個人の距離感に敏感であり、パーソナルスペースの尊重が社会的に重視されています。街中で見知らぬ人に話しかけることすらタブー視されがちで、日本のように「触れたけどバレなかったらラッキー」という感覚は通用しにくい文化です。
(3)性教育と権利意識の差
イギリスでは、学校での性教育が比較的進んでおり、若年層から「同意(consent)」の重要性が教育されます。また、性的自己決定権が強く意識されており、「No means No(嫌は嫌)」が徹底しています。このため、「軽く触っただけ」という言い訳は通用しません。
5. 被害に遭ったときの対処法(イギリス滞在者向け)
イギリスで痴漢被害に遭った際の対処方法を簡単にまとめます。
ステップ1:その場で拒否し、距離を取る
「Don’t touch me!(触らないで!)」とはっきり言うことが重要。相手が逃げようとした場合でも、服装や外見の特徴を覚えておきます。
ステップ2:通報
- 警察(Police):緊急の場合は「999」、緊急でない場合は「101」
- TfLの通報窓口:SMSで61016に送信(英国鉄道警察のホットライン)
- 駅員やバスの運転手に報告
ステップ3:証拠の確保
可能ならスマホで録音・録画、防犯カメラの設置場所も確認し、目撃者の連絡先を取っておくことが重要です。
まとめ
イギリスにおいても、痴漢は確実に存在します。しかし、その文化的背景、法的定義、SNSの使われ方の違いから、日本のように「見える化」されにくくなっています。犯罪としての取り締まりは確実に行われており、通報をためらわないことが非常に大切です。日本と比較することで、私たちは「痴漢」という言葉がどれだけ社会的な文脈で支えられているか、そしてそれが国によってどう異なるかを理解することができます。
コメント