それでも多くの店が泣き寝入りする理由とは
2025年、イギリスの小売業界では万引き被害が過去最高に達し、深刻な社会問題として注目を集めている。イングランドとウェールズでは年間の万引き件数が50万件を超え、記録が残る20年以上の中で最悪の水準となった。損失額は推計で20億ポンドを大きく超え、小売各社にとっては“経営を揺るがすレベル”に拡大している。
しかし現場の実態は、被害が増えているのに多くの店が泣き寝入りを選んでいるという、矛盾した構図だ。なぜ告発や起訴に踏み切れないのか——その背景を探る。
■ 被害額は過去最大、しかし届出は伸びない
2025年の万引き被害は、単純な「軽犯罪」とは言い切れない規模にまで膨れ上がっている。食品・酒類・医薬品・生活必需品が狙われるケースが多く、ときには組織的な“職業的万引き団”による犯行も見られる。
また、小売業界全体では、防犯対策費用(見回りスタッフや監視カメラの強化など)も急増しており、万引きによる損失+防犯コストの総額はこれまでにない水準だ。
それでもなお、「警察に届け出ない」という店が少なくない。
■ なぜ泣き寝入りが増えるのか
1. 警察や司法のリソース不足
万引き件数が爆発的に増えている一方で、警察は暴力犯罪や重大事件の対応を優先せざるをえず、万引きのような少額犯罪は捜査が後回しになりやすい。
店が訴えても、警察官が来るまでに時間がかかり、証拠の確保や捜査が進まないケースも多い。
結果として、
「届けてもどうにもならない」
と店側が判断し、届け出を避ける傾向が強まっている。
2. 被害届にかかる手間とコストの大きさ
万引き犯を捕まえるには、店側が証拠映像を整理し、被害額を算出し、警察と度重なるやり取りを行う必要がある。
これにかかる人手・時間は決して小さくない。
特に人員削減が進む小売業では、数百円の商品のために半日かけて警察対応を行う余裕がない。
結果として、
「盗まれたほうがまだマシ」
と判断する店も少なくない。
3. “低額窃盗”が軽く扱われがちな制度
英国では一定額未満の窃盗は比較的軽い刑罰に分類されるため、起訴されても処罰が軽い傾向がある。
繰り返し犯罪を行う者に対しても、十分な抑止力が働かないケースが多い。
店としては、
「苦労して起訴しても大した罰にはならない」
という諦めが広がり、泣き寝入りが常態化してしまう。
4. 店のイメージ悪化を避けたいという心理
「万引きが多い店」という印象がつくと、
- 治安が悪い
- 店の管理が行き届いていない
などと見なされ、客離れにつながるリスクがある。
そのため、あえて問題を公にしないことで、地域での信頼を守ろうとする店もある。
5. 経済状況の悪化と社会的事情
生活費の高騰や失業など、経済的な困窮を背景とした“生活のための万引き”も増えていると言われる。
社会全体の構造的な問題が万引き増加を後押ししており、単なる警察対応だけでは解決できない複雑な局面を迎えている。
■ 小売業界と社会への影響
万引きの増加は、単に「商品が盗まれる」という損失にとどまらない。
- 店員への暴力・脅しが増えている
- 防犯強化のコストが商品価格に転嫁される
- 小規模店が経営難に陥り、街の商店街が衰退する
- 地域の治安不安を増幅させる
など、長期的には社会全体に悪影響が広がる可能性がある。
■ おわりに
2025年のイギリスは、万引き被害が過去最大となる一方で、店側は本来頼るべき警察や制度に十分助けられず、泣き寝入りが常態化するという二重の問題を抱えている。
万引きを取り締まるだけでなく、
- 警察・司法の体制強化
- 小売業への支援
- 経済的弱者への支援
- 法制度の見直し
といった多角的なアプローチが求められている。










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