
2025年5月、イギリス政府は移民政策の大幅な見直しを発表し、その内容が国内外で大きな注目を集めています。中でも最も注目されているのが、「永住権(Indefinite Leave to Remain, ILR)」取得のための要件がこれまでの5年間から10年間の連続滞在に変更された点です。この変更は単なる制度の改正にとどまらず、駐在員や労働者、留学生、さらには家族帯同者など、あらゆる外国人居住者の生活や将来設計に大きな影響を及ぼすと見られています。
永住権取得要件の変更:5年から10年へ
従来、イギリスではTier 2(Skilled Worker)ビザなどの就労ビザ保持者が、5年間の連続滞在を経て永住権の申請資格を得ることができました。しかし、2025年のホワイトペーパー「Restoring Control over the Immigration System」により、この要件が10年間に延長されることが正式に提案されました。これは、永住権を「基本的な権利」ではなく「国への貢献に基づく特権」と位置付ける政府の新たな方針を反映したものです。
この変更の背景には、移民数の抑制と社会的統合の強化を目的とした政治的意図があると考えられています。実際、政府は「一時的な滞在を前提とした制度」への回帰を示唆しており、恒久的な居住に向けたハードルを高く設定することで、社会保障制度や公共サービスへの過度な負担を抑える狙いもあるようです。
例外措置と対象者の推定
すべての移民が新たな要件の対象となるわけではありません。家族ビザや扶養家族として入国した人々に関しては、従来通り5年間の滞在で永住権の申請が可能とされています。これは、家族の再統合を重視するイギリスの政策原則と整合するものです。
一方、2020年以降に入国した大多数の就労移民、留学生などは新制度の影響を大きく受ける見込みで、英国政府の統計によると、対象となる移民の数は約100万人に達すると報じられています。
「貢献ベース」永住権制度の導入
新制度では、単なる滞在期間の長さだけでなく、移民の「貢献度」に応じて永住権の取得資格が判断される仕組みが導入されます。これは、従来の期間重視から、質的評価を含めた多元的な審査への移行を意味しています。
考慮される主な貢献項目は以下の通りです:
- 高い給与水準を維持しているか
- 過去の納税実績
- 英国の不足職種での就労
- 英国で取得した専門資格の保有
- 地域社会へのボランティア活動などの社会参加
これらを点数化したポイント制が検討されており、一定の基準を満たすことで永住権申請の資格が付与される見通しです。これは、オーストラリアやカナダで採用されている移民評価制度に近い形態です。
英語要件の強化
加えて、英語能力に関する要件も引き上げられる見込みです。これまでのB1レベル(中級)から、B2レベル(中上級)への変更が提案されており、多くの申請者が追加の語学トレーニングや試験の受験を迫られることになります。英語力は、職場での適応力や社会統合の鍵を握る要素とされており、政府はこの要件をもって移民の質的向上を図ろうとしています。
ビザ申請費用の大幅な引き上げ
2025年4月9日より、イギリスのビザ申請費用が全体的に引き上げられました。主な変更は以下の通りです:
- 永住権申請(ILR):£2,885 → £3,029(+£144)
- Skilled Workerビザ(3年以上):£1,420 → £1,519(+£99)
- Skilled Workerビザ(3年以下):£719 → £769(+£50)
- Route to Settlement(配偶者ビザなど):£1,846 → £1,938(+£92)
これらの費用は、本人だけでなく扶養家族にも適用されるため、家族全体でのコストが大幅に増加します。加えて、移民医療サーチャージ(IHS)も高額で、年間£1,035(成人1人当たり)に達しています。
駐在員・企業への影響と対応策
今回の制度改正は、日本を含む外国企業からの駐在員派遣にも直接的な影響を及ぼします。特に長期的な駐在を予定している場合や家族帯同を伴うケースでは、以下の点に注意が必要です:
- 滞在期間の延長:永住権取得までの期間が倍増するため、複数回のビザ更新が必要となり、その都度の手続きやコストが発生。
- コスト負担の増大:申請費用、IHS、弁護士費用など、トータルコストが大幅に上昇。企業が負担する場合は予算の再設計が求められる。
- 制度要件への対応:英語力や社会貢献の証明、納税履歴の管理など、従業員に対する教育・サポート体制の構築が不可欠。
- 計画的な滞在戦略の再構築:将来的に永住を目指すか否かの判断を含め、派遣前から明確な戦略を立てる必要がある。
政治的背景と制度の本質的な意図
この制度改正は、単なる移民数の制御を超えたイギリス政府の長期的な国家戦略の一部と位置づけられます。ポスト・ブレグジットの英国は、自国の労働市場や社会サービスの安定を重視する方向へと大きく舵を切っており、「高スキルかつ高貢献」の移民のみを受け入れる姿勢を鮮明にしています。
一方で、この方針は「移民の選別と格差の助長」といった批判も招いており、今後の議論と運用状況によっては、さらなる修正や緩和もあり得ます。
結論:今後への備えと情報収集の重要性
イギリスの移民政策は、2025年を契機に大きな転換点を迎えています。永住権取得要件の厳格化、申請費用の増加、語学基準の引き上げなど、一連の改革は移民個人だけでなく、その背後にある企業や家庭にも深刻な影響を与えることが予想されます。
こうした変化に適切に対応するためには、最新の情報を常に確認し、移民専門家や法律顧問からの助言を積極的に受けることが不可欠です。長期的な視点での滞在計画を立てると同時に、制度変更に柔軟に対応できる体制を整えることが、今後のイギリス生活において極めて重要となるでしょう。
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