EUから離脱し、ロシア関連資産を凍結し、中東情勢の不安定化にも向き合うイギリス。政治や外交の大きな決断が続く一方で、経済には極めて現実的な課題が残されている。
これから、どこから資金を集め、何で稼いでいくのか。
主権を取り戻すという説明も、制裁によって国際秩序を守るという説明も、それだけで国民の所得や政府の税収を増やしてはくれない。従来の経済活動に制約を加えるのであれば、それを補う投資と成長を生み出す必要がある。英国の政策を経済面から評価するとき、問われるのは、この代替策をどこまで用意できていたかという点だ。
EU離脱については、英国の予算責任局(OBR)が、EUに残留した場合と比べて、長期的な生産性が4%低くなるという想定を維持している。これは離脱後に生産性が実際に4%下がったという意味ではなく、残留していた場合の経済との比較である。OBRは、貿易障壁の増加が競争や分業の利点を弱めると見ている。Office for Budget Responsibility
この評価を踏まえると、離脱の経済的な負担は、通関書類や手続きの増加だけにはとどまらない。企業が英国に工場や拠点を置く価値、英国から欧州市場にアクセスする利便性にも関わってくる。英国への投資を選んでもらうには、その負担を上回る魅力を提示する必要がある。
ロシア関連資産の凍結も、英国と海外資金の関係を変えた。英国の金融制裁実施局(OFSI)によると、2025年5月時点で、2022年2月以降に対ロシア制裁に関連して凍結された資産として約287億ポンドが報告されている。GOV.UK
ただし、この数字を「英国経済から毎年287億ポンドが失われた」と読むことはできない。資産の凍結額と、毎年の投資額や税収は別の数字である。また、犯罪組織の資金、制裁対象となった実業家の資産、合法的なロシア系資金も区別する必要がある。「ロシアマフィアの資金」という言葉だけで全体を説明すると、何が制限され、どこに経済的な影響が出たのかを見誤ってしまう。
それでも、対象資産を使った投資や取引が制限されれば、その周辺で成立していた商売にも影響は及ぶ。制裁の目的を掲げる政府には、国内の経済的な影響を把握し、新しい投資や事業につなげる仕事も求められる。
一方、中東からのオイルマネーについては、「英国への流入が全面的に停止した」と断定できる状況ではない。The Nationalが紹介したGlobal SWFの集計では、2026年前半の湾岸政府系ファンドの投資先で、英国は米国、中国に次ぐ3位だった。さらに10月14日のSemaforの取材でも、カタール投資庁の幹部は投資を継続していると説明している。The National
つまり、中東資金は今も動いている。しかし、英国にとって都合のよい規模と時期で入ってくる保証はない。投資家は、米国、アジア、欧州、そして自国の事業を比較し、収益やリスクを判断する。ここから導かれるのは、英国も世界中の投資先との競争で選ばれ続けなければならない、ということだ。
英国には現在も海外資金が入っている。英国国家統計局(ONS)によると、2026年4~6月の金融勘定では297億ポンドの純流入が記録された。同じ四半期の貴金属を除く経常赤字は113億ポンド、GDP比1.4%で、前の四半期から縮小している。資金がすべて逃げ出しているという説明は、この統計とも一致しない。Office for National Statistics
ただ、海外から資金が入ることと、国民の生活が豊かになることは、自動的には結びつかない。既存の不動産や企業を買う資金、新しい工場や研究施設を造る資金、国債を買う資金では、経済への作用が違う。民間への投資が、そのまま政府の自由に使える財源になるわけでもない。
英国が確保すべきなのは、雇用、生産性、輸出、税収へとつながる成長資金である。
その候補の一つが、国内の年金資金だ。2025年に発表された「マンションハウス協定」では、主要な職域年金の運用会社17社が、2030年までに対象となる確定拠出年金の標準運用ファンドの少なくとも10%を非上場企業やインフラなどのプライベート市場に配分し、全体の少なくとも5%を英国に投資する方針を示した。政府は、協定が実現すれば英国向けに250億ポンド超の追加投資につながると推計している。GOV.UK
これは、国内にある資金を国内企業の成長へ結びつける試みだ。ただし、年金は加入者の老後を支える資産である。政府の成長目標だけで投資先を決めることはできない。長期的な収益を期待できる企業や事業を増やすことが、この仕組みを機能させる条件になる。
次に必要なのは、世界から継続して収入を得られる事業を育てることだ。AI、医薬品、医療技術、金融サービス、エネルギー技術などは、その候補になる。研究開発から事業化、海外販売までを英国でつなぎ、企業が成長する過程に国内の投資家も参加できれば、雇用と利益が国内に残る可能性が広がる。
AIへの期待だけで資金が集まっても、採算の取れる事業が育たなければ長続きしない。安定した電力、人材、設備、顧客を確保し、実際に利益を生むところまで進める必要がある。新しい産業を資金源にするには、発表された投資額以上に、その後の事業の成果が問われる。
海外資金の調達先も、さらに分散させるべきだ。米国、欧州、日本を含むアジア、中東など、複数の地域から長期投資を呼び込めれば、一つの地域の政治や景気に左右される度合いを抑えられる。そのためには、投資家が見通しを立てられる税制や規制、実行可能な建設計画、競争力のある事業環境を整えることが欠かせない。
EUとの取引の摩擦を減らすことも、同じ成長戦略の一部として考える必要がある。新しい市場を探しながら、近隣の大きな市場との商売をしやすくする。企業の収益機会を増やすという目的から見れば、両方を進める理由がある。
EU離脱、ロシア制裁、中東情勢をまとめて「すべてが裏目に出た」と言い切るには、それぞれの影響を分けて検証する必要がある。しかし、従来の稼ぎ方に負担が加わる一方で、代わりとなる成長が育たなければ、国民が政策の成果を実感しにくくなるという問題は残る。
イギリスに必要なのは、新たな資金源だ。そして、その資金を呼び込むために必要なのは、「英国に投資すれば利益を生み出せる」という具体的な理由である。政治的な決断の先に、何を造り、何を売り、どこから収入を得るのか。その答えを実際の事業と国民の所得に変えることが、いま英国に求められている。










コメント