刑務所に空きがないため、受刑者を早く出す。イギリスでは今、この対応が司法制度を維持するための政策として進められている。
2026年10月1日、イングランドとウェールズで新たな早期出所制度の段階的な導入が始まった。被害者保護を担う機関や議会からは、出所後の監督体制への懸念が相次いでいる。政府が刑務所の空きを確保する一方で、被害者は加害者が戻ってくる日を早められる。その不安に、政府の説明は十分に応えているのだろうか。House of Commons Library
3年の刑でも、最短約1年で出所する仕組み
英国では以前から、刑期の一部を刑務所で過ごし、残りを社会の中で条件付きで過ごす制度がある。今回の変更は、その刑務所内での期間をさらに短くするものだ。
2024年9月に始まった「SDS40」では、対象者の出所時点が刑期の50%から40%へ前倒しされた。2026年の新制度では、対象となる通常の有期刑について、最短で刑期の3分の1を服役すると出所できる。一部の重大犯罪でも、対象となる刑では従来の3分の2から半分へ前倒しされる。www.gov.uk
単純化すれば、対象となる3年の刑なら最短約1年で刑務所を出る計算になる。ただし、重大な規則違反などで出所が遅れる場合もあり、既に収監されている人への適用は刑の長さに応じて段階的に進められる。House of Commons Library
残りの刑期にも条件は付く。それでも、加害者が刑務所の外に戻る時期が早まるという事実は、被害者にとって重い。
DVやストーカーの加害者も対象に残る
対象には、通常の有期刑を受けた窃盗、詐欺、薬物犯罪などの受刑者に加え、条件によっては暴行や傷害の加害者も含まれる。www.gov.uk
とりわけ問題視されているのが、DVやストーカー犯罪の扱いだ。支援団体Women’s Aidは、新制度では通常の暴行、威圧的・支配的な行為、死亡に至らない首絞め、ストーカー行為、嫌がらせといった犯罪が、一律の除外対象になっていないと説明している。Women’s Aid
強姦、指定された児童性犯罪やグルーミング犯罪、manslaughter(故殺・過失致死など)、危険運転による死亡などは、今回の前倒しから除外されている。終身刑や、危険性を踏まえた特別な刑にも適用されない。しかし、性犯罪や暴力犯罪という大きなくくりで全員が除外されているわけではない。www.gov.uk
被害者にとって切実なのは、加害者の罪が制度上どの分類に入るかよりも、自分や家族の安全が守られるかどうかだ。刑務所の収容事情を理由に、その不安が大きくなる政策への反発は理解できる。
刑務所を満員にした責任はどこへ行くのか
収容不足は突然起きた災害ではない。
英国会計検査院(NAO)は2024年の報告で、歴代政権が刑罰や警察に関する政策に見合った収容能力を確保しなかったことを、危機の原因として指摘した。増設計画にも、建設許可の見通しの甘さ、非現実的な日程、政府機関同士の連携不足があった。www.nao.org.uk
裁判の遅れも刑務所を圧迫している。被害者担当コミッショナーが9月に公表した説明によれば、囚人のおよそ5人に1人が裁判を待つ立場にある。被害者は裁判を待たされ、その間に拘留される人が収容場所を使い続ける。司法の複数の部分が同時に行き詰まっている。Victims Commissioner
政府は2031年までに1万4,000人分の収容場所を追加する計画を掲げ、既存の刑務所の事務所や倉庫などを独房に転用する対策も進めている。ただ、新しい場所が完成するまで待つ余裕がないとして、出所の前倒しを進めている。GOV.UK
政府の計画と実行の問題が積み重なり、その結果として被害者が加害者の早い帰還に備える。この責任の移り方には、厳しい批判が向けられて当然だろう。
電子タグと接触禁止で、本当に守れるのか
政府は、出所後の監督を強化すると説明する。保護観察、電子タグ、被害者への接触禁止、特定地域への立ち入り禁止などを使い、条件違反や危険性の高まりがあれば刑務所に戻す仕組みだ。電子タグについては、不適切な場合などの例外もある。GOV.UK
問題は、こうした条件を現場で確実に運用できるかどうかである。
電子タグで所在が分かっても、違反を把握し、評価し、対応する人員が必要になる。接触禁止を文書に書くだけで、被害者の安全が自動的に確保されるわけではない。
10月1日、DV担当コミッショナーは、早期出所が始まる段階でも被害者を守る対策が整っていないと警告した。議会の司法委員会委員長も、保護観察や刑務所職員への負担、電子監視の実効性、受刑者を地域に戻す準備に重大な疑問が残ると表明している。Domestic Abuse Commissioner
この状況で政府が安全を強調すればするほど、その説明を裏付ける実務が問われる。刑務所の収容率は改善しても、監督の負担を引き受ける現場が持ちこたえられなければ、問題は地域社会へ移る。
外国人犯罪者も対象だが、強制送還とは別の話
外国籍の受刑者も、条件を満たせば通常の早期出所の対象になる。政府は議会答弁で、新制度が対象となる刑を受けた外国人犯罪者にも適用されると明示している。UK Parliament
一方、英国から退去させるために刑期途中で刑務所から出す「早期送還制度(ERS)」もある。こちらは、国外への退去を目的とした別の制度だ。www.gov.uk
外国人が刑務所を出ることと、必ず英国から送還されることは同じではない。送還には個別の手続きや法律上の例外があり、英国内で生活を続ける場合もある。国籍だけを見て、その後の扱いを判断することはできない。www.gov.uk
首相も修正はした。それでも政策は進める
アンディ・バーナム首相が、批判に全く反応していないという説明は正確ではない。
首相は7月に緊急の見直しを表明し、新制度の施行は当初予定の9月から10月へ延期された。その後、強姦や指定された児童性犯罪に加え、manslaughterや危険運転による死亡などにも除外が広げられた。被害者や家族の訴えによって、政策は修正されている。House of Commons Library
それでも政府は、早期出所の拡大そのものを進めている。刑務所が完全に満杯になれば、警察の逮捕や裁判所による収監が機能しなくなるというのが、政府の説明だ。www.gov.uk
その危機が現実であるとしても、市民が求めているのは、制度を維持するために不安を受け入れてほしいという説明だけではない。被害者の声をどう反映し、出所後の違反に誰が対応し、再犯を防ぐための人員や住居をどう確保するのか。政府には、その具体策を示す責任がある。
「収容場所が足りないから出す」という説明が、雑な政策に聞こえるのは、被害者の安全を支える準備が追いついているのか疑問が残るからだ。
刑務所の空きが増えても、被害者が自宅で安心して暮らせないなら、それを司法の立て直しと呼ぶことはできない。政府が示すべき成果は、空いた独房の数と同時に、守られた人の安全である。










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