イギリスの家賃は今後さらに高騰するのか?──テナントに迫る新たな現実

近年、イギリスにおける住宅市場は激動の渦中にある。とりわけ賃貸市場に関しては、テナントにとって厳しい現実が浮かび上がってきている。2020年代初頭のパンデミック以降、賃貸価格は主要都市部を中心に急騰し、今や多くの市民が「家賃の支払いに追われる生活」に直面している。しかし、ここに来てさらに深刻な事態が進行中だ。

本記事では、イギリスで今後家賃がさらに高騰する可能性について、現地の大家(ランドロード)たちの動向、物件供給の実態、そして進行中の法改正の影響など、複数の観点から分析していく。


「大家業はもう割に合わない」──撤退を考えるランドロードたち

まず初めに注目すべきは、多くのランドロードが「ビジネスとしての採算性」に疑問を持ち始めている現状である。

イギリスにおける伝統的な住宅投資モデルでは、「住宅を購入し、ローン返済をしながら賃料収入を得て、長期的には資産価値の上昇を狙う」というスタイルが主流だった。しかし現在、金利の上昇、管理コストの増加、税制の変更などが複合的に影響し、このモデルの魅力が大きく損なわれている。

たとえば、以前までは賃貸用不動産のローン金利を経費として控除できる税制があったが、近年この恩恵は縮小され、今では利益が大幅に削られるケースも珍しくない。また、メンテナンス費用や保険料の上昇も、ランドロードにとっては重い負担だ。

こうした事情を背景に、多くの大家が「賃貸物件を持ち続ける意味がない」と感じ始めている。その結果、物件の売却を決断する動きが活発化しているのだ。


供給の減少が家賃の上昇を招くメカニズム

ランドロードたちが賃貸市場から撤退するという現象は、単に一つの投資判断の問題にとどまらない。実際には、賃貸物件の「絶対数」が減少することによって、賃貸市場全体に大きな影響を与える。

需給のバランスという経済の基本に立ち返れば、供給が減り、需要が一定あるいは増加すれば、価格──すなわち家賃は上昇する。特にロンドン、マンチェスター、ブリストルなど、人口流入が続いている都市部ではその影響が顕著になる。

また、売却される物件の多くが、再び賃貸市場に戻ってくるわけではない点も見逃せない。自宅用として購入される場合、もちろん賃貸には出されないし、投資用として購入されたとしても、将来的な法規制を見越して賃貸を避ける投資家も少なくない。

このように、賃貸物件の供給減少は一過性のトレンドではなく、構造的な問題としてイギリス社会に根を張りつつあるのだ。


賃貸契約にまつわる法整備の進展とその波紋

さらに追い打ちをかけているのが、現在進行中の賃貸契約に関する法整備の動きである。イギリス政府は、テナント保護の強化を目的とした「レンターズ・リフォーム・ビル(Renters Reform Bill)」を進めており、2025年にも施行される可能性がある。

この法案の主な柱には以下のような内容が含まれている:

  • セクション21(いわゆる「ノーフォルト退去」)の廃止
  • テナントの契約更新権の強化
  • 地方自治体による不適切な物件への取り締まりの強化
  • ペット飼育の柔軟化など

一見するとテナントにとってメリットが多いように見えるが、ランドロード側にとっては「自由に契約を終了させることが難しくなる」「管理リスクが高まる」などの懸念がつきまとう。これに伴い、不動産管理会社のサービス料が上がる可能性が指摘されている。

例えば、現在は月額管理費が賃料の10%程度であるところを、より複雑な法規制への対応が求められることで、15%以上に引き上げる動きが出る可能性もある。

その結果、ランドロードは運用コストを賄うために、やはり家賃の値上げを行わざるを得ないという循環に陥っていく。


テナントにとって「良いことなし」の構図

こうした一連の動きは、最終的にはテナント、すなわち賃貸住宅を必要とする一般市民にしわ寄せがくる構図となっている。

家賃の高騰は、低所得層だけでなく、中間層にまで影響を及ぼし始めており、いわゆる「ワーキング・プア」や「ハウジング・ストレス」といった社会問題の火種ともなっている。収入の多くを家賃に充てざるを得ず、貯蓄もできず、生活の質が著しく低下している家庭が増加しているのだ。

また、「家を買いたくても買えない」層が賃貸にとどまらざるを得ず、結果的に賃貸市場への依存が強まっている点も、需要増を後押ししている。


政策的対応と今後の展望

こうした状況に対して、政府がどのような対応を取るかが今後のカギとなる。家賃統制(Rent Cap)の導入を求める声も一部にはあるが、自由経済の原則と整合性が取れないという批判も多い。

より現実的な解決策としては、以下のような対策が挙げられる:

  • 公共住宅(Social Housing)の増設
  • ビル・トゥ・レント(Build to Rent)事業への民間誘致
  • 賃貸物件オーナーへの税制優遇
  • 地方への人口分散を促すインフラ整備

しかし、いずれにせよ短期的な解決は困難であり、少なくとも数年スパンでの取り組みが求められるのは間違いない。


まとめ:借り手が選べる時代は終わったのか?

イギリスにおける賃貸住宅市場は今、構造的な変化の渦中にある。これまで安定的に供給されてきた賃貸物件が、ランドロードの撤退や法改正の影響で減少し、家賃のさらなる高騰が現実味を帯びてきた。

今後、テナントが「選べる」時代は終わり、「与えられた中から何とかやりくりする」時代が訪れるかもしれない。これは単なる経済の話ではなく、教育、労働、家庭生活、あらゆる社会的側面に波及する重大な課題だ。

テナントとして、あるいは市民として、私たちはこの変化をただ受け入れるのではなく、情報を集め、声を上げ、必要な支援を求めていく必要があるだろう。

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