
世界のファッション都市のひとつとして知られるロンドン。その多様性と先進性を誇るファッション文化は世界中の若者の憧れであり、トレンドの発信地としての存在感を放っている。しかし、その一方で、意外にもロンドン、そしてイギリス全体では「古着」――つまり一度誰かが袖を通した衣類に対する関心が薄く、ヴィンテージショップも数はあれど盛況とは言い難い状況が続いている。なぜイギリスでは古着が根付きにくいのか? この記事では、その背景を文化的、社会的な観点から深掘りしていく。
1. 「古着はダサい?」イギリス人の価値観とファッション観
まず第一に挙げられるのは、イギリスにおける「古着」に対する根強い先入観である。とりわけ中高年層にとって、「誰かが一度着た服」というのはどこか貧しさやみすぼらしさを想起させるものであり、日常着として選ぶことに対して抵抗があるのが一般的だ。
こうした意識は衛生観念にも強く根差している。特にイギリスは他のヨーロッパ諸国と比べてパーソナルスペースや清潔さに対する意識が高く、たとえクリーニング済みの古着であっても、「知らない誰かの匂いが染み付いているのではないか」「目に見えない汚れが残っているのではないか」といった不安感が先に立つ。
また、イギリスの伝統的な階級社会の残滓も、この古着忌避の感情に影響している。古着はしばしば「経済的に余裕のない人が買うもの」「チャリティショップで手に入る低価格衣料」というイメージと結びつけられ、「古着=貧困層の象徴」という偏見があるのだ。
2. トレンド命のロンドン市民にとってのファッション
ロンドンは世界でも有数のファッション都市として知られ、年に二度のロンドン・ファッション・ウィークでは多くのブランドが最新コレクションを発表し、グローバルトレンドに影響を与えている。ロンドン市民、特に若者層にとって「今この瞬間の流行を着る」ということは非常に重要であり、過去のスタイル――つまり古着に含まれる“過去の記憶”のようなもの――にはあまり関心を示さない傾向がある。
もちろん、サステナビリティの文脈で古着の再評価が進む場面もあるが、それでも「最先端のトレンドをリアルタイムで取り入れたい」という欲求には勝てないことが多い。ロンドンの若者はZARAやH&M、PRIMARKなどのファストファッションブランドを使い倒し、定期的に新しい服を購入し、SNSでシェアすることで自己表現を行っている。古着はそうした流動性の速いファッションシーンにおいて、どうしても「古さ」や「停滞」を感じさせる存在となってしまう。
3. ヴィンテージショップの実情――数はあれど客は少ない
ロンドンには確かにヴィンテージショップや古着屋が点在している。カムデン・タウンやショーディッチといったサブカルチャーが根付いたエリアには、レトロなアイテムを取り扱う店も少なくない。だが、その大半は観光客向けの側面が強く、地元のイギリス人、とりわけ若い世代が日常的に足を運んでいるとは言い難い。
店内を覗いてみると、商品の価格は決して安くはない。状態の良いヴィンテージ品はむしろ新品の衣類よりも高値がつけられていることすらある。これでは、安価で手軽にトレンドを取り入れたい若者層にとって選択肢となることは難しい。また、ファッションにそれほどこだわりのない一般層にとっては、あえて古着を選ぶ理由が見出せないのだ。
4. 他国との比較――フランス、アメリカ、日本との違い
一方で、フランスやアメリカ、日本では古着やヴィンテージファッションが一定の市民権を得ている。フランスでは「エレガンスと再利用」が両立し、日本では「一点モノへのこだわり」や「古き良き物への愛着」、アメリカでは「サステナブル」や「ヒッピー文化」の影響が色濃く残るなど、国ごとに古着が浸透した背景は異なるが、共通して言えるのは「古着=個性」あるいは「スタイルとしての選択肢」としての認識が根付いていることだ。
これに対しイギリスでは、いまだ古着が「経済的な理由で選ぶもの」という貧困のイメージから脱しきれていない。もちろん一部のファッションマニアやスタイリストの間では古着を巧みに取り入れたコーディネートも見られるが、それはあくまで少数派の話であり、大衆的な支持には至っていないのが実情である。
5. サステナビリティ志向とのギャップ
近年、ファッション業界全体で「サステナブル」「エシカル」「アップサイクル」といったキーワードが叫ばれるようになった。環境への配慮、CO₂削減、衣料廃棄の問題などがクローズアップされる中で、古着の価値が見直される機運は確かに存在している。しかし、イギリスではその動きが他国と比べてやや鈍く、特に若年層における“意識の高い消費”は一部の層に留まっている。
教育機関や行政がサステナブルファッションを積極的に啓蒙している国(例:北欧諸国やドイツなど)と比べ、イギリスではそのような取り組みが表面的であり、実際に行動に移す人が少ない。その結果、「古着を着ることが環境保護に繋がる」という意識も定着しておらず、結果として古着市場も盛り上がりに欠けている。
6. 「これから」の可能性は?
では、イギリスにおいて古着が本当に復権する余地はないのだろうか? 決してそうとは言い切れない。実はZ世代の一部には、従来のファッション業界に対するアンチテーゼとして、古着やリメイク、アップサイクルに興味を持ち始めている動きもある。DepopやVintedといったオンライン古着マーケットプレイスの利用も若干ながら増加しており、リアル店舗ではなくデジタル空間での古着の流通が新たな可能性を秘めている。
また、移民系の若者を中心に「家族から受け継いだ服」や「自分でカスタマイズした服」を個性の表現として活用する文化も徐々に広まりつつあり、こうした動きが主流化することで、古着に対する認識も変化していく可能性がある。
結論――「古着」はイギリスでなぜ浸透しないのか?
イギリスで古着がいまひとつ根付かない理由は、衛生観念や階級意識、流行志向、価格帯、サステナビリティへの意識の低さなど、複数の要因が複雑に絡み合っている。ロンドンのようなトレンド最優先の都市では、なおさらその傾向が強く、「古着=おしゃれで個性的」というイメージが形成されにくい環境にある。
とはいえ、社会が変化し、環境問題がより切実になり、若者たちの価値観が更新されていく中で、古着の役割もまた見直されることになるだろう。イギリスのファッション文化において古着が本当の意味で「選ばれる選択肢」となるには、今しばらく時間がかかるかもしれないが、その萌芽はすでに芽吹き始めている。
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