イギリスにおけるストリートミュージシャンの実態と規制、そして夢

はじめに

ストリートミュージシャン、通称”バスカー”たちは、イギリス各地の街角や駅前、観光地などで音楽を通じて多くの人々を魅了しています。都市の雑踏の中でふと耳に入るメロディや、感情を揺さぶる歌声は、時に通行人の足を止めさせ、思わぬ感動を与えることもあるでしょう。

本記事では、イギリスにおけるストリートミュージシャンの現状や人数、活動に関する法的な枠組み、そしてストリートからメジャーデビューを果たす可能性について、詳細かつ多角的に掘り下げていきます。

イギリスにおけるストリートミュージシャンの数

イギリス全体で活動しているストリートミュージシャンの正確な数を把握するのは困難です。なぜなら、多くのバスカーは公式に登録されておらず、個人で自由に活動しているケースが多いからです。

しかし、いくつかの統計データからその実態をある程度推測することができます。例えば、ロンドン交通局(TfL)の情報によれば、2017年時点でロンドン地下鉄構内で活動する登録バスカーは約1,600人と報告されています。これはあくまで地下鉄構内の数字であり、路上や公園、マーケットなどを含めると、さらに多くのミュージシャンが存在すると考えられます。

一方、Statistaによる2024年第2四半期の推計では、イギリス全体のミュージシャンの数は約49,700人とされています。この数字にはプロのアーティストやスタジオミュージシャン、教育者なども含まれているため、純粋なストリートミュージシャンのみの割合を特定するのは難しいですが、一般的に1割前後が非公式な形でバスキングに関わっていると仮定すれば、約5,000人規模のストリートミュージシャンが存在すると推測できます。

また、SNSやYouTubeといったプラットフォームで活動の一部を発信するバスカーも増加しており、オンラインとオフラインの垣根が曖昧になってきているのも特徴的です。

地域ごとの規制とライセンス制度

イギリスでは、バスキングの可否や必要な許可は自治体によって異なります。これは、同じ都市圏であっても、区ごとにルールが異なることを意味します。以下に主要地域の制度を紹介します。

ロンドン全域

ロンドンの公共空間での演奏には様々な制限が存在します。中でもロンドン交通局(TfL)が管轄する地下鉄駅構内で演奏するには、TfLが発行するバスキングライセンスが必要です。

このライセンスは単なる申請だけでなく、実技審査(オーディション)を伴い、演奏技術だけでなく公共の場での振る舞いも審査の対象になります。

ウェストミンスター区

2021年4月以降、ウェストミンスター区では一部エリアでのバスキングにライセンスが義務化されました。申請時には個人情報、演奏内容、場所と時間の詳細が求められ、ライセンス取得後は、常に身につけておく必要があります。

カムデン区

音楽文化が根強いカムデンでは、演奏スタイルに応じてライセンスの必要性が変わります。以下のケースではライセンスが必須です:

  • アンプの使用
  • ドラムや特定の金管楽器の演奏
  • 危険物を使ったパフォーマンス(火、刃物など)
  • 午後10時から午前9時までの演奏
  • 3人以上のグループ演奏

ライセンス費用は150ポンドで、有効期間は24か月となっています。

グリニッジ区

グリニッジ区では、ウーリッジやグリニッジのタウンセンター内での演奏に対し、ライセンスが求められます。申請に必要な書類は以下の通りです:

  • 国民保険番号の証明
  • パスポートのコピー
  • パスポートサイズの顔写真
  • 200万ポンド以上の公共賠償責任保険の証明書
  • 推薦状(他の演奏者や機関からの)

ライセンス料は6か月で30ポンドと、他の区に比べるとやや割安です。

その他の地域

ハロウ区などでは、無料でライセンスが発行される代わりに、指定された場所・時間でのみの演奏が許可される形式を採っています。自治体によっては、事前の予約や、演奏内容の審査が必要な場合もあります。

法的リスクとトラブル事例

バスキングは自由な芸術表現の一環である一方、公共の秩序や騒音、通行の妨げといった問題にも直結する可能性があります。

無許可で演奏を行った場合、罰金が科されるケースも存在します。特に住宅街や医療施設近辺での演奏は、近隣住民とのトラブルを招くことも。これにより、演奏機材の没収や罰金(100〜500ポンド)、最悪の場合は起訴されるリスクもあります。

ストリートからメジャーへの道:可能性と現実

バスキングからキャリアをスタートし、後に世界的アーティストとして成功を収めた例は少なくありません。有名なところでは、エド・シーランやPassenger(Let Her Goのヒットで知られる)などが挙げられます。彼らもまた、最初はストリートで演奏し、観客との距離感を大切にしながら腕を磨いてきました。

しかし、こうした成功はごく一部の例に過ぎません。2014年の統計によると、イギリスの大手レコード会社が新たに契約したアーティストのうち、デビューアルバムがプラチナ認定(30万枚以上)を達成したのはわずか1.28%に過ぎません。

つまり、バスキングからメジャーデビューという道は存在するものの、極めて険しい道であると言えます。

ストリートミュージシャンたちの声とモチベーション

実際にバスキングを行っているアーティストたちにとって、路上での演奏は単なる副業や趣味にとどまらず、自己表現の場であり、音楽との真剣な向き合いの場でもあります。

SNS上では、バスカーたちがパフォーマンスの様子をシェアしたり、リスナーからの投げ銭や応援コメントを受け取ったりするなど、ファンとの距離感が非常に近い点も、活動のモチベーションにつながっています。

一方で、冬場の寒さや天候の悪化、機材の盗難など、過酷な現実と向き合っているアーティストも多くいます。それでも路上に立ち続ける理由は、「誰かの一日を少しだけ明るくできたらいい」「その瞬間の拍手が何よりの報酬」という、音楽への深い愛情と情熱に支えられているのです。

まとめ

イギリスでは多くのストリートミュージシャンが活動していますが、その数や実態は一概に把握することが難しいのが現状です。各地域によって異なる法的規制やライセンス制度を理解し、ルールを守りながら演奏することが求められます。

バスキングからメジャーデビューという成功を収める例はごくわずかですが、音楽を通じて人々とつながるその瞬間の価値は、何にも代えがたいものです。

音楽と都市の風景が交差するその場所にこそ、新たな物語が生まれているのかもしれません。

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