
はじめに:犯罪者に共通する「強すぎる承認欲求」
犯罪心理学の分野、とりわけイギリスで発展してきた「プロファイリング」は、犯罪者の行動や心理的特徴を分析し、捜査に役立てる手法として知られています。この手法によって得られた知見の中でも、非常に興味深い指摘があります。それは、凶悪な犯罪に手を染める人間の多くに共通する心理的特徴として、「強すぎる承認欲求」があるという点です。
「自分を認めてほしい」「注目されたい」「自分には価値があると証明したい」といった欲求が過剰になると、他人の境界を踏み越える行動にまで及ぶ可能性があります。これが、時として犯罪へとつながってしまうのです。
一見すると、この「承認欲求」はネガティブなものであるかのように聞こえます。しかし、すべての人間が持っている自然な感情でもあります。問題は、「どのようにその承認欲求が育まれたのか」、そして「その欲求がどう扱われてきたのか」にあります。
このテーマを子育ての視点から見てみると、非常に複雑でありながらも重要なメッセージが浮かび上がってきます。子どもの承認欲求をどう育てるか──それが、将来の犯罪傾向すら左右しかねないという現実です。
「甘やかす」と「放置」──どちらも危険な育児の落とし穴
子どもの承認欲求が異常に肥大化する原因には、しばしば極端な育児スタイルが関係しています。
甘やかし育児の危険性
まず一つ目が、「過保護」や「過干渉」と呼ばれる甘やかしのスタイルです。子どもの欲求や感情をすべて受け入れ、常に肯定し、失敗を避けるように先回りして行動する親のもとでは、子どもは「自分は特別な存在だ」「自分が中心であるべきだ」という認識を持ちやすくなります。
このような育てられ方をすると、子どもは現実の社会における“承認の壁”に直面したとき、強いストレスや怒りを感じるようになります。なぜなら、自分の思い通りに物事が進まないことに慣れていないからです。そして、「なぜ自分を評価しないのか」「なぜ注目されないのか」といった怒りや劣等感が内在化し、自己肯定感の不安定さへとつながっていきます。
プロファイリングの世界では、こうした背景を持つ人間が「目立ちたい」「自分を証明したい」という思いから、承認を得る手段として過激な行動──時には犯罪──に走るケースが指摘されています。
放置型育児の落とし穴
もう一つの極端なスタイルが「放任」や「ネグレクト」です。子どもの存在を無視したり、関心を持たなかったり、必要な愛情や承認を与えなかった場合、子どもは「自分には価値がない」と感じるようになります。
しかし、ここで重要なのは、放置された子どももまた、非常に強い承認欲求を持つようになるという点です。なぜなら、彼らは「誰かに認められたい」という飢えのような気持ちを常に抱えて生きていくからです。そしてその欠乏感は、常に満たされないまま大人になり、ある種の“承認への渇望”として人格に染みついてしまうのです。
このような育ち方をした人間もまた、他者からの評価や注目を手に入れるために、不健全な手段を選びがちです。それが虚言癖であったり、過度な自己演出であったり、最悪の場合は目立つための違法行為であることも少なくありません。
バランスこそが鍵──「適切な距離感」と「健全な承認の与え方」
では、どうすれば子どもを将来犯罪者にしないような育て方ができるのでしょうか。答えはシンプルでありながら、実践するのが難しい概念にあります。それが、**「バランス」**です。
過干渉でもなく、無関心でもない
親として大切なのは、子どもの存在や努力をきちんと認めつつも、必要なルールや現実の厳しさを教えることです。つまり、「あなたは大切な存在だ」と伝えると同時に、「すべてが思い通りにいくわけではない」という事実も教えることです。
たとえば、
- できたことに対してはしっかりと褒める
- 失敗したときも、存在を否定せずに支える
- 他人の立場に立つ想像力を育てる
- 「他者からの評価」と「自分自身の価値」は別物であると教える
といった接し方が、健全な承認欲求の育成につながります。
「条件付きの愛」と「無条件の愛」のバランス
心理学の世界では、子どもが最も健全に育つのは「条件付きの愛」と「無条件の愛」のバランスが取れているときだと言われています。
「条件付きの愛」は、行動に対する評価。「頑張ったから偉い」「ルールを守ったから褒める」といった、社会性の育成に不可欠なフィードバックです。一方「無条件の愛」は、存在そのものを認めるもの。「あなたがいてくれて嬉しい」「何があっても味方だよ」といった安心感を与える言葉です。
この二つが極端にどちらかに偏ると、承認欲求は不安定になり、極端な方向へ肥大化することがあります。
最後に:未来をつくるのは家庭の中の“微細な対話”
イギリス式プロファイリングが示すように、犯罪者の心理に共通する要素には、家庭環境での承認の与えられ方が大きく関わっていることが多いのです。
子どもの承認欲求は、本来とても自然な感情です。それが暴走し、社会と軋轢を生むものへと変わってしまうかどうかは、親の関わり方次第で大きく左右されます。
現代は育児に対して多くの価値観が存在し、何が正しいのか分からなくなることもあるでしょう。ですが、絶対に忘れてはいけないのは、子どもは「見てくれている」「認めてくれている」と感じたときに、自信と自制心を同時に育てるということです。
「甘やかす」でも「突き放す」でもない。“見守る”という姿勢の中にこそ、真に健全な承認が育つ土壌があります。
それは、特別な言葉でもなく、高価なおもちゃでもなく、日々の「小さな声かけ」や「表情」「リアクション」の中に宿るもの。犯罪を未然に防ぐ最も根本的な方法は、実はそんな家庭の“微細な対話”の中にあるのかもしれません。
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