
はじめに:ニートという言葉の起源
日本で「ニート(NEET)」という言葉を耳にすると、多くの人がまず思い浮かべるのは、学校にも行かず、働いてもおらず、職業訓練なども受けていない若者たちの姿です。テレビのドキュメンタリーやネット掲示板で語られる「引きこもり」「社会との断絶」といった文脈で紹介されることも多く、どこか“日本特有の社会問題”のように捉えている方も少なくないのではないでしょうか。
しかし実は、「NEET」という言葉そのものは、日本で生まれたものではありません。起源はイギリス。1999年、同国の政府機関による若者支援政策に関する報告書の中で、初めて“Not in Education, Employment, or Training(教育・雇用・訓練のいずれにも関与していない状態)”の頭文字をとった「NEET」という略語が登場しました。
この概念は、のちに国際的にも広まり、OECD(経済協力開発機構)やEU統計局でも若年層の就業・教育状況を測るひとつの指標として使われています。つまり、ニートとはグローバルに見られる社会現象であり、日本だけでなく、イギリスをはじめとした欧州諸国でもその存在が注目されているのです。
イギリスのNEET事情:データが示す現実
それでは、イギリスにおけるNEETの実態はどうなっているのでしょうか。
イギリス国家統計局(ONS)の最新のデータによれば、2023年時点で、16歳から24歳までの若者のうち約11〜13%がNEETの状態にあるとされています。この割合は、景気の変動や社会的支援策の影響を大きく受けることが分かっており、リーマンショック後の2008〜2011年には一時的に15%を超える水準にまで達しました。
また、興味深いのは地域差です。イングランド北部やウェールズなど、かつて重工業が盛んだった地域では、産業構造の転換により若年層の就労機会が著しく減少。結果としてNEET率も高い傾向にあります。一方、ロンドンなどの都市部では雇用機会はあるものの、生活費の高騰や競争の激しさが別の障壁として立ちはだかっています。
性別で見ると、男性よりも女性のNEET率が高いという傾向もあります。これは出産や育児に関連したライフイベントとの関係性が強く、制度的な支援の不足も背景にあると指摘されています。
なぜNEETになるのか?イギリスの若者が抱える課題
NEETの発生には、単一の理由ではなく、複数の要因が絡み合っています。以下に、イギリスで特に問題視されている要因を整理してみましょう。
1. 教育制度の限界とドロップアウト問題
イギリスでは16歳までの義務教育終了後に、Aレベル(大学進学資格)か職業訓練コース(BTECなど)への進路選択が一般的ですが、ここでの“脱落”が一つの分岐点になります。
学習障害や家庭環境、あるいは学校への適応の問題などから、制度の中に留まれずに教育から離脱する若者が一定数存在します。教育制度が多様化している反面、柔軟性が足りず、“制度の隙間”に落ち込む若者がNEET状態に陥るケースが後を絶ちません。
2. 地域格差と産業構造の変化
先述したように、かつての製造業・鉱業地域では、時代とともに主要産業が衰退し、若者の雇用先が極端に少なくなっています。企業も地元採用よりは都市部の即戦力を求める傾向にあり、「働きたくても働けない」というジレンマが広がっています。
3. メンタルヘルスの問題
近年、若年層のうつ病や不安障害など、メンタルヘルス問題の深刻さが増しています。イギリスでは精神的な問題に対して早期介入する試みも始まっていますが、地域差や専門家不足の問題もあり、十分な支援が行き届いていないのが現状です。
精神的に学校や職場に通うことが困難になり、そのままNEET化してしまう若者も少なくありません。
4. 家庭環境や移民政策の影響
低所得層の家庭、あるいは単親家庭に育った若者がNEETになるリスクも高いとされています。また、移民系の若者についても、言語の壁や文化的ギャップ、制度的サポート不足などにより、教育や職業訓練にうまく接続できないケースがあります。
政府の対策:NEETを減らすための取り組み
イギリス政府もこの問題に対して手をこまねいているわけではありません。いくつかの取り組みが実施されています。
・Apprenticeships(徒弟制度型職業訓練)
イギリスでは古くからある制度で、特定のスキルを持つ職人や企業のもとで働きながら訓練を受け、資格取得も可能な仕組みです。近年はITや金融、介護など幅広い分野に拡大されており、若年層の就労とスキルアップの道として注目されています。
・Jobcentre Plusの活用
日本でいう「ハローワーク」にあたる存在がJobcentre Plusです。ここでは失業者向けの求人紹介だけでなく、履歴書の書き方指導やインタビュー対策、生活支援のコンサルティングなども行われています。
・メンタルヘルス支援の拡充
学校現場への心理カウンセラー派遣、オンライン相談サービスの提供などを通じ、教育段階からのメンタルサポート強化が進められています。
日本との比較:文化・制度の違いが生む「ニートの顔」
ここで日本とイギリスを比較してみると、「ニート」という現象の共通点と違いが見えてきます。
共通点
- 若年層の社会的孤立が背景にある
- 経済・教育・心理の複合的要因が絡む
- メンタルヘルスの問題が見過ごされがち
相違点
- 家族の関与度:日本では親が経済的に支えることで“なんとかなる”ケースが多く、逆に社会からの支援が遅れる傾向にあります。一方、イギリスでは家族からの支援が期待できない場合も多く、生活困窮に直結するリスクが高い。
- 住宅事情:日本のニートは実家に住んでいる場合が多いのに対し、イギリスでは学生寮や一人暮らしが一般的なため、家を失う「ホームレス化」のリスクがより現実的です。
- 支援制度の柔軟性:イギリスでは職業訓練やキャリア支援が比較的多様で柔軟に設計されている反面、日本では「学歴重視」や「正社員信仰」が依然として根強く、再スタートが難しいと感じる若者も多いです。
これから求められる視点とは?
「ニート」と聞くと、つい「怠け者」「甘え」といった否定的なイメージを抱いてしまうかもしれません。しかし、ここまで見てきたように、その背景にはさまざまな社会的・経済的・心理的課題が潜んでいます。
イギリスの事例から学べるのは、「NEET」という状態が一人ひとり異なる理由と事情を持っており、画一的なアプローチでは解決できないということです。
また、「働けるようになること」だけをゴールとせず、「自分らしく社会とつながること」「孤立しないこと」に価値を置いた支援の必要性も浮かび上がってきます。
終わりに:ニート問題は“社会の鏡”
「ニート」という言葉が指し示すのは、単に働いていない若者ではなく、社会の中に居場所を見出せずにいる“孤立した声”です。それは日本でも、イギリスでも、そして世界の多くの国でも共通する問題です。
日本においても、これまでの“自己責任論”から一歩踏み出し、「若者の困難を理解し、社会全体で包み込む」という視点が求められています。支援とは「手を差し伸べる」だけではなく、「耳を傾け、信じ、共に考える」ことなのかもしれません。
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