
2020年、ハリー王子とメーガン妃がイギリス王室の主要メンバーとしての役割を退き、北米に移住するという決断は、世界中に大きな衝撃を与えた。かつて「ロイヤル・ウェディング」と称され国際的な祝福を受けた二人が、なぜ王室という立場を捨ててまで英国を離れたのか。この決断の裏には、英国社会に根強く存在する人種差別、メディアによるバッシング、王室内部の冷淡な対応、そして家族と未来を守るための自己決定があった。
これは単なる「有名人の移住」や「家族の決断」ではない。むしろ、イギリスという国の制度的差別と、それに対する個人の抵抗と選択の物語である。そしてその中でも、メーガン妃というアフリカ系アメリカ人女性の存在が、英国社会の抑圧的な構造を如実に浮かび上がらせる象徴となった。
人種差別的報道と英国メディアの執拗なバッシング
メーガン妃が王室入りして以来、英国メディアの報道姿勢は明らかに異様だった。比較対象として頻繁に取り上げられたのがキャサリン妃(ケイト・ミドルトン)である。例えば、キャサリン妃がアボカドを好むという記事では「健康的」と賞賛された一方で、メーガン妃がアボカドを好むと「人道危機を助長する果物」と糾弾された。こうしたダブルスタンダードが多くの場面で見られた。
最も問題視されたのは、メーガン妃の「肌の色」に関わる報道や発言である。英タブロイド紙は、彼女の出自に対する偏見を前提とした見出しや記事を連発し、一部の王室関係者からも「生まれてくる子どもの肌の色がどれくらい濃いのか」という発言があったとされている。これは明白な人種差別であり、王室という国家の象徴的存在がこのような無意識的偏見に染まっていることを世界に知らしめた。
ハリー王子自身も、BBCなど英国メディアが「暗黙のうちに」メーガン妃を標的にし、彼女の人格や家庭背景、文化的ルーツを攻撃していたと強く批判している。とりわけタブロイド紙『デイリー・メール』のようなメディアは、批判ではなく中傷としか呼べないような記事を連日掲載し、メーガン妃の精神的健康を蝕んでいった。
王室内部の沈黙と支援の欠如
このような報道に対して、王室はほとんど声を上げなかった。歴史的に英国王室は「政治的中立」と「沈黙の伝統」を重んじてきた。しかし、明確な人種差別が行われている状況においてすら沈黙を守るという選択は、逆に加担と受け取られても仕方ないだろう。
メーガン妃は後に、精神的に追い詰められ「死を考えるほどだった」とまで述べている。彼女は王室内に助けを求めたが、その要請は無視され、制度的サポートもほぼ皆無だった。つまり、個人の尊厳や精神的ケアよりも、「王室のイメージ」や「伝統」が優先されたということである。
ハリー王子はこのような状況を「母・ダイアナ妃の悲劇を繰り返したくなかった」と語っている。メディアに追い詰められ、支援を受けられず孤独の中で亡くなったダイアナ妃の影が、メーガン妃の姿に重なったのだろう。
家族の安全とプライバシーの確保
王室を離れたもう一つの大きな理由は、家族の「安全」と「プライバシー」を守るためだった。王室メンバーとしての義務を果たす一方で、子どもを持つ親として、日常生活さえも脅かされる状況は耐えがたいものであった。
特に第一子・アーチーくんの誕生後、夫妻は子どもに対してもメディアが過剰な関心を寄せること、そして王室内部での人種に関する発言などがあったことを受けて、これ以上この環境で家族を守ることはできないと判断した。
プライバシーと尊厳を取り戻すために、アメリカ・カリフォルニア州への移住を決断。ハリウッドセレブのように、パパラッチと隣り合わせの生活ではあるものの、自らの意思でコントロールできる環境を選ぶことで、彼らは初めて「人間らしい生活」を手に入れたと言える。
経済的自立と新しいアイデンティティの追求
王室からの支援を断ち、自らの力で生計を立てるという選択も、彼らの移住を特別なものにしている。これは単なる「逃避」ではなく、「再生」と「挑戦」である。彼らはNetflixやSpotifyとの契約、アーチウェル財団の設立など、自らの理念と経験を元にしたプロジェクトを次々に立ち上げている。
この動きは、英国王室という「生まれによって役割が定められる」社会構造に対するアンチテーゼでもある。特権階級であっても、自らの価値を定義し直し、新たな人生を切り拓くことは可能であるというメッセージを、多くの若者に示したと言える。
ハリーとメーガンが突きつけた“イギリスの真実”
二人の決断が世界中で注目されたのは、それが英国社会に根深く残る構造的差別と、王室という「最後の聖域」の変革の必要性を突きつけたからに他ならない。とりわけ、イギリスという国家が、21世紀においても未だに「肌の色」「出自」「家柄」といったフィルターで人を判断している現実を、王室という最も象徴的な場所から暴露されたのだ。
かつては「大英帝国」の中心だった英国。その影響力や文化的価値は今も健在であるが、国内における多様性への理解や対応は、未だ発展途上である。ハリー王子とメーガン妃のアメリカ移住は、単なる家族の選択ではなく、「制度の限界」と「文化の課題」を世界に向けて可視化した歴史的出来事と言えるだろう。
結語:沈黙に抗い、声を上げた意味
「私たちは沈黙の中で生きることを望まない。自らの声で物語を語りたい。」
ハリーとメーガンが何度も口にしてきたこの言葉は、今の時代における自由と尊厳の本質を突いている。彼らが去ったことで英国王室が何を失ったのかではなく、彼らが得たもの――それは、声を奪われた人々の代弁者としての存在価値かもしれない。
もし、王室という制度がこれからも続いていくのであれば、そしてイギリスという国家が真に多様性を受け入れた社会を目指すのであれば、彼らが発した“告発”の声に耳を傾け、変革の契機とすることが求められている。
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