
「もったいないから取っておこう」と思って保存したはずの食べ物が、数日後にはカビの温床に。
見たこともない色、嗅いだことのない匂いを放つタッパーを前に、家族全員が気まずい沈黙に包まれる——。
そんな「冷蔵庫あるある」、実はイギリスの家庭ではかなりの頻度で繰り返されている現象です。
これは単なるズボラの話ではなく、文化や生活スタイルの違いが反映された、ちょっと奥深い問題でもあります。
この記事では、そんな“残り物の悲劇”の背景にあるイギリスの暮らしと心理、そして変わりゆく食品ロスの意識について掘り下げていきます。
■ 残り物への態度:保存はするけど消費はしない?
まず驚くのは、イギリス人の「保存する」姿勢の真面目さ。
食後、残った料理をきちんと冷まし、タッパーに詰めて冷蔵庫に移すこの一連の流れには、むしろ丁寧さすら感じます。
多くの家庭では、再利用を前提としてラップをかけたり、きれいにラベルを貼ったりするなど、見た目にも気を配って保存されています。
一見すると「食品ロスを減らそうとする意識が高いのでは?」と思えますが、問題はその“次の行動”です。
翌日になっても誰も食べない。
ここが最大の謎であり、そして英国冷蔵庫文化の核心でもあります。
■ なぜ食べない?冷蔵庫の奥に眠る「記憶の彼方」
「昨日の残り物」は、確かに存在する。だけど、なぜか食卓には上がってこない。
なぜ食べないのか?その理由をいくつか挙げてみると、こんな声が聞こえてきます:
- 「昨日食べたばかりで飽きた」
- 「温め直すのが面倒くさい」
- 「冷蔵庫に入ってると不味そうに見える」
- 「他にもっと食べたいものがある」
- 「そもそも入れたのを忘れていた」
中には「残り物=罰ゲーム」と感じている人も。
「他に選択肢がないときにだけ食べるもの」として、優先順位は最下位に位置づけられがちです。
イギリスの冷蔵庫は意外と大きめで、しかも奥行きが深い。
そのため、一度奥に追いやられたタッパーは文字通り「記憶の彼方」に消えます。
何週間も経って発見された頃には、もはや料理というより“実験結果”のような代物に変貌していることもしばしばです。
■ データが示す「残り物スルー」の実態
このような残り物問題、実はイギリス全体でかなり深刻な食品ロスの原因となっています。
イギリスの政府系機関「WRAP(Waste and Resources Action Programme)」によれば、
**イギリスの家庭で発生する食品廃棄物のうち、なんと約70%が“まだ食べられたはずのもの”**だと言われています。
そしてその多くは、まさに「冷蔵庫に保存されていた残り物」なのです。
平均的なイギリスの家庭では、年間に約700ポンド(約13万円)相当の食品が廃棄されているとも言われています。
この数字は経済的にも環境的にも大きな損失です。
■ なぜイギリス人は食べ残しを避けるのか?
この「保存はするけど食べない」文化には、イギリス特有の食事スタイルや心理的な要素も関係しています。
● 食に対する実用的な感覚
イギリスでは、日々の食事を“楽しむもの”というより“エネルギー補給”として考える傾向があります。
そのため、「昨日と同じものを食べる」ということが心理的に億劫に感じられやすいのです。
● 味への飽きと「一度で完結したい」精神
食卓には、1回で満足できるように用意されたメニューが並ぶのが一般的。
「残り物を再利用して別メニューにする」という発想があまり浸透していません。
● 冷蔵庫の設計が“忘れやすい”
先述の通り、イギリスの冷蔵庫は大容量で奥行きがあり、棚が深いものが多い。
つまり、「見えない=存在しない」現象が起きやすいのです。
■ 残り物が招く家庭内ドラマ
残り物は単なる食品にとどまりません。時にはちょっとした“家庭内事件”の火種になることも。
「このカレー、誰が入れたの?」 「え、私じゃないよ。あなたじゃない?」 「じゃあ誰が片付けるの?」
誰の責任でもない“謎の残り物”を前に、家庭内での無言の心理戦がスタート。
そしてついに誰かが折れて、タッパーの蓋を開ける——その瞬間、「これは…もう無理だね」と判断され、ゴミ箱行きに。
イギリス人はこの“ジャッジの瞬間”にも独特のドラマ性を持ち込む傾向があり、
「もったいない」と言いながら、どこか諦めたような、妙に納得してしまう表情で捨ててしまうのです。
■ 一方で高まる食品ロスへの意識
そんなイギリスでも、最近では食品ロスへの関心が高まりつつあります。
● 「食べる日」を可視化する工夫
例えば、タッパーに「消費期限」や「作った日」を書いた付箋を貼る。
または、冷蔵庫の目立つ場所に「残り物ゾーン」を作るといった工夫が登場しています。
● フードシェアアプリの活用
「OLIO」や「Too Good To Go」などのアプリを通じて、家庭で余った食材や料理を近所の人とシェアする動きも広がっています。
これにより、食べられずに捨てられていた食材が“誰かの夕食”に変わることも。
● 子どもへの食育
学校では「サステナビリティ教育」の一環として、食品ロスについて学ぶプログラムが導入され、
若い世代を中心に「もったいない」の感覚が少しずつ根づき始めています。
■ それでも残る「冷蔵庫のミステリーゾーン」
とはいえ、現実のイギリスの家庭ではいまだに「謎のタッパー」がひっそりと冷蔵庫の奥に眠っています。
それは単なる残り物ではなく、忙しさ、面倒くささ、そしてちょっぴりの罪悪感が詰まった“生活の縮図”。
■ 結論:イギリス人は残り物を大切に保存する。でも、それを食べるかは…また別の話。
節約したい気持ちはある。環境にも配慮したい。
でも、冷蔵庫の中にはつい手が伸びない“謎のゾーン”が存在する——。
私たちの生活にも思い当たる節があるのではないでしょうか?
あなたの冷蔵庫にも、ひょっとすると“記憶の彼方の思い出”が、タッパーに詰まったまま眠っていませんか?
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