
ロンドンのスーパーマーケットで、板チョコ1枚が2ポンド超――そんな光景を目にしたフランス人の友人が、「こっちは高級ブランドなの?」と驚いた。筆者も思わず「いや、普通のチョコだよ」と苦笑い。今のイギリスでは、“普通のもの”が信じられないほど高くなっている。
2025年4月、イギリスの消費者物価指数(CPI)は前年同月比で 3.5% に跳ね上がった。これはユーロ圏平均(2.6%)を上回るどころか、G7諸国でも高水準だ。
とはいえ、3%台なら「そこまで高くないのでは?」と思うかもしれない。だが、この数字に含まれている「中身」が問題なのだ。
「春の生活費爆弾」――4月に集中した値上げの嵐
この春、多くのイギリス家庭を襲ったのは、まるで四方八方からの値上げラッシュだった。光熱費、水道代、家賃、そして交通費…。何もかもがいっせいに“春の改定”を迎え、家計に重くのしかかった。
たとえば電気とガス。4月からの料金見直しで、これまで上限価格によって抑えられていた負担が一気に跳ね上がった。加えて、水道代はなんと 26.1% 増。水道会社が「インフラ投資とインフレ圧力によるコスト増」を理由に、全国的に引き上げを実施したからだ。
さらに、住宅所有者が支払うコスト(OOH)も 6.9% 増。家を持っていても、持っていなくても、今のイギリスでは「住むだけでお金がかかる」と言っても過言ではない。
移動も、遊びも、お金がかかる
交通費も例外ではなかった。車両税(Vehicle Excise Duty)は4月から値上げ。ガソリン代は下がったとはいえ、全体の負担は決して軽くない。
また、驚くべきは航空券の価格だ。4月のイースター連休にかけて、航空会社がチケット価格を大幅に引き上げた結果、CPI上では +27.5% の上昇となった。これは一時的とはいえ、観光やレジャーも「手の届かない贅沢」になりつつある。
「パンとチョコ」はもうごちそう?
4月のCPIでとりわけ目立ったのが 食料品 の値上がり。年ベースで 3.4% の上昇だったが、5月には 4.4% にまで上昇幅が拡大した。
では、何がそんなに値上がりしているのか? 答えはこうだ:
- チョコレート:前年比 +17.7%
- 砂糖・ジャム類:過去最高の上昇ペース
- パン・穀物類:引き続き上昇傾向
背景には、カカオの世界的な不作がある。特にコートジボワールやガーナなどの主要生産国では、異常気象と病害による収穫量減少が深刻で、原材料価格が世界的に高騰している。
EU圏では自国生産や共同仕入れである程度吸収できているが、イギリスはポスト・ブレグジット以降、食料の多くをEUからの輸入に依存している。為替(ポンド安)と輸送コストも重なり、スーパーに並ぶ品々はどれもこれも“ちょっとした贅沢品”になりつつある。
「イギリスは高すぎる」――ヨーロッパ人が感じる異常性
ドイツからの出張者はこう言っていた。「ホテル代はまあ仕方ない。でも、ランチでサンドイッチと水を買ったら10ポンド?信じられない」と。
確かに、感覚的には「ちょっとした外食=20ポンド超」は珍しくない。チップ文化も相まって、外国人にとっては出費の重さが倍増する。
それもそのはず。レストランやカフェの価格も、サービスコストや光熱費の高騰によって引き上げられている。これはまさに「値上げの連鎖」だ。
背景にある“見えにくい要因”
ここまでの話を聞いて、「じゃあ政府は何をしているのか?」と思う人もいるだろう。実際、財務省も中央銀行も、インフレ対策には慎重だ。
Bank of England(イングランド銀行)は政策金利を 4.25% に据え置いており、「利上げでインフレを抑える」という伝統的アプローチには慎重な姿勢を崩していない。
しかし、問題は供給側のコスト――つまり、企業が支払うエネルギー代・人件費・税金など――が根強く高い点にある。これが価格に転嫁され、結局は消費者の負担となって跳ね返ってきているのだ。
街の声:生活者の実感
最近、筆者が通っている小さな八百屋でも、「野菜の値段を毎週書き換えるのが日課になったよ」と主人がこぼしていた。春キャベツが1個1.80ポンド。「野菜は身体にいい」とわかっていても、手が伸びにくくなる価格だ。
また、子育て中の家庭では、「毎週の買い物予算が膨らんで、レジャー費が削られている」との声も多い。学校給食もじわじわ値上げされており、昼食代に困る世帯も増えているという。
これからどうなる?専門家の見解
経済アナリストたちは、「2025年後半にはインフレ率が再び鈍化する可能性がある」と見ている。だが、前提条件は「エネルギー価格の安定」「ポンドの為替回復」「食品供給の正常化」など、いずれも不確実な要素ばかりだ。
また、政府が掲げる「低所得層支援」や「補助金政策」も、財政赤字とのバランスで踏み込んだ対応が難しくなっている。
「イギリスは物価が高い国」になったのか
かつて、ロンドンは「世界一物価が高い都市」としても知られていた。しかし今は、その高さが「一部の都市の話」ではなく、**イギリス全体の“日常”**になりつつある。
この国では、チョコレート1枚が贅沢品になり、パンや水が“節約対象”になる。それでも人々は、なんとかやりくりして生活している。
“普通の生活”を守るために、普通のものがどれだけ「高く」なったか。それが、今のイギリスのリアルだ。
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