「かわいいけれど、迷惑な存在」——英国リス事情の現在地

公園や庭先で出会うフサフサ尻尾のリス。日本では小動物の代表格として愛され、あの仕草だけで「癒し」の担い手になるほど。しかし、イギリスにおいては、そのリス — 特にグレーリス(Eastern gray squirrel) — が“害虫”とみなされ、駆除の対象となっている事実をご存じでしょうか。

灰色のリスは、ビクトリア朝時代、英国貴族たちの庭園に彩りを添える目的で北米から導入されました。1876年に初めて上陸して以来、瞬く間に広がり、今では推定270万頭以上がイングランドとウェールズ、そしてスコットランド南部で繁栄しています Mainichi。その陰には、もともとの住人だったアカリス(red squirrel)がわずか10万〜30万頭程度まで減少したという悲しい事実も隠れています 。


灰色リスがもたらす「害」とは?

なぜここまで、灰色リスが警戒されるのか。その答えは「生態系への侵害」「病気の媒介」「建物への損害」の三本柱にあります。

1. 生態系破壊と競合

灰色リスはアカリスに比べ大きく、食料や巣に関する競争力が高いのが特徴です。繁殖力に優れ、冬の備蓄能力もずば抜けています。実際、アカリスは食料や生息地を奪われ、若い個体の成長や繁殖成功率が低下しています primepestcontrol.co.uk+12news-digest.co.uk+12Mainichi+12

さらに、国際自然保護連合(IUCN)は灰色リスを世界の「侵略的外来種トップ100」に選出。英国内では木の樹皮を剥ぎ取る“バーク・ストリッピング”の被害が深刻化し、樹木の成長阻害、死滅を引き起こしています 。経済的にも自然環境にも影響が大きく、結果、国や自治体が駆除に乗り出すこととなりました Wikipedia+15Mainichi+15news-digest.co.uk+15

2. 病気の媒介:スクワイアポックスウイルス

灰色リスが保有するスクワイアポックス(Squirrelpox virus)は、自身には害がないものの、アカリスには致命傷になります。感染すると約4〜5日で高確率で死に至るという恐ろしい病気です れんこんのロンドン生活日記+10Wikipedia+10The Scottish Sun+10

この疾患の存在はアカリス減少の大きな要因になっており、ウイルスの宿主として灰色リスを制限することが、アカリス保護に不可欠です 。


「害獣」と呼ばれる灰色リス—その実情

灰色リスが庭や屋根裏で嚙みつき、電線や断熱材を破壊することで、人にも経済にも直接的な被害を与えています。駆除依頼件数は年間数千件に及び、電線が断線し、修理費が数万ポンドに達した事例も報告されています 。

野生動物としてのリスは、人に近寄ってくると可愛らしさからつい構いたくなりますが、病原菌を媒介し、噛まれれば感染症リスクがあり、環境省(該当地域)では「害獣」指定の対象とされています chiik.jp+2れんこんのロンドン生活日記+2X (formerly Twitter)+2


駆除の最前線:地元住民とボランティアの奮闘

背景を知ると、「かわいいから許容」では済まされない事情があります。例えば、ノーザンバーランドでは「Coquetdale Squirrel Group」という地域ボランティアグループが、高齢ながら灰色リスの駆除に尽力しています The Times

彼らはワイヤーメッシュ製のトラップにハシバミの実を餌とし、リスが入り込むと自動で扉を閉じ、駆除を行います。実際に数千頭単位で灰色リスが淘汰され、その地域の赤リス増加へと繋がっています。ただその行為には「罪の意識」も伴い、「残酷だが、生物多様性を守るためには仕方ない」と自らに言い聞かせる声も 。

他にも、ウェールズ・アングルシー島では1997年以降、灰色リスを排除し続けた結果、アカリスの数が40頭から800頭まで回復したという成功事例もあります。しかし近年、灰色リスの再侵入により、再び緊張が走っているそうです 。


法制度と対策の現状

英国では灰色リスは外来種であり、野生に戻すことは禁止。1981年の《野生生物・田園動物法(Wildlife and Countryside Act)》により、捕獲された灰色リスは「人道的に駆除」することが義務づけられています 。

駆除方法として、ワイヤーメッシュトラップ、スプリングトラップ、エアライフルや銃による駆除、さらには毒餌の利用などが一般的です。ただ毒餌使用には動物福祉の観点から賛否があり、一部地域では口腔避妊剤の導入を試みる研究も進行中です 。

また、アカリスの保護を目的に、スクワイアポックスワクチンと灰色リス避妊ワクチンの開発が提唱されています。政府や保護団体からの資金支援が急務と言われています 。


一般家庭での灰色リス対策

一般家庭も“害獣化”に備える必要があります。RSPCA(王立動物虐待防止協会)や環境衛生課の勧告では、以下のような対策が推奨されています :

  • バードフィーダーにリス防止機能の設置
  • 地中・庭に置かれたナッツなどの餌やりを控える
  • 屋根や軒先、ロフトへの出入り経路を金網などで封鎖
  • 隙間を塞ぎ、侵入可能性を低くする
  • 異常があれば専門の害獣駆除業者や自治体へ連絡

これにより、再侵入を阻止することはもちろん、根本的な撲滅にも繋がります。


伝統の美観と近代問題の狭間で

リスは英国文化の象徴の一つです。ピーターラビットや公園での野生リス観察…それでも現実には「害虫」であるという二律背反的な扱いを受けています。

公園で愛らしい姿を見ても、ある家庭では屋根裏で夜中にノイズを立て、断熱材をかじられ、修理費が嵩む。駆除が法律に基づく責務である一方、アカリスの保護という観点では灰色リスの存在は抑制すべき。公園での「写真映え」と、住宅地での「経済的被害」のギャップは、イギリスという国の複雑な野生動物との関わり方を浮き彫りにします chiik.jp+2news-digest.co.uk+2fuwari.uk+2


正体不明の“愛すべき害獣”に寄せる思い

私がこの話を取材して実感したのは、人々の感情が非常に揺れ動いていることです。庭先で餌をあげて喜ぶ人、病原菌を恐れる人、ペットのように接する人、逆にノイズや損害に苦しむ人…。複雑な「愛と憎しみ」が交差しており、灰色リスはその象徴的存在です 。

その一方で、普通の住宅街でアカリスが姿を見せることは年々稀になってきています。英国の多くの地域では、灰色リスを抑え込む努力が続けられており、ノーザンバーランドやアングルシーのような地域では、確かな保全効果が実っているのです 。


まとめ:リスという「一見かわいいが、放置できない存在」

イギリスにおいてリスの存在は、愛玩動物的な「癒し」から、地域によっては「厄介者」に転じる微妙な立ち位置にあります。それは単なる人間の感情の問題ではなく、生態系・経済・病理学的視点からいち動物がたどる運命なのです。

灰色リスがもたらした光と影。その陰で忍び寄るアカリス衰退。彼らを一律に「かわいい」と受け入れるだけでは済まない実態がここにはあります。愛で包むか、駆除によって守るか。イギリス社会が問われているのは、まさにその瀬戸際なのかもしれません。

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