イギリス人が風邪で病院に行かない理由

イギリスでは、軽い風邪やインフルエンザ程度で医師の診察を受けることは稀です。その背景にあるのが、NHS(National Health Service:国民保健サービス)という国家運営の医療制度です。NHSはすべての国民に対して無料または低額で医療サービスを提供していますが、その分、予約や診察には時間がかかるという問題を抱えています。

例えば、かかりつけ医(GP)に診てもらうためには、数日から1週間以上の待ち時間がかかることも珍しくありません。そのため、風邪のように時間が経てば自然に回復する症状については、「わざわざ医師にかかる必要はない」と考える人が多いのです。

また、市販薬の種類が日本に比べて少なく、効果もマイルドなものが多いため、自分でできる対処法は「水分補給」「栄養のある食事」「十分な休養」が基本となります。このため、「家でゆっくり休む」ことが最善の選択肢とされているのです。

「風邪なら仕事を休む」はイギリスの常識

イギリスでは、風邪で体調が悪いと感じたら、まず職場を休むという判断をします。これは決して怠けているわけではなく、体調の回復を優先すると同時に、同僚や顧客にウイルスを広めないための社会的配慮なのです。

COVID-19のパンデミック以降、この意識は一層強まりました。少しでも咳や熱がある場合には出勤せず、自宅で療養することが求められ、また受け入れられるようになりました。「無理して来なくていいよ」というのが職場の共通認識となっており、病欠はむしろ推奨される場合さえあります。

イギリスでは法律により、4日以上連続して病欠する場合にのみ、医師の診断書が必要になります。それ以前の短期の病欠であれば、本人の申告のみで十分とされています。これにより、風邪で数日間仕事を休むことが制度的にも文化的にも許容されているのです。

日本との価値観の違い

このイギリスの文化は、日本の働き方や社会通念とは大きく異なります。日本では、風邪をひいてもとりあえず出社し、「やるだけやってみる」姿勢が美徳とされています。周囲への迷惑をかけたくないという思いが強く、また、病欠を取ることで「怠け者」と見なされるのではという不安が常につきまといます。

しかし、これは必ずしも「勤勉さ」だけではなく、「自己犠牲」や「過労の美化」にもつながりかねません。結果として、職場で風邪が流行し、全体のパフォーマンスが下がることもあります。このような背景と比較すると、イギリスの「無理せずに休む」文化は、個人の健康と職場全体の衛生を守るために合理的であり、効率的とも言えるのです。

医療制度と労働文化の影響

NHSの医療制度は、アクセスのしにくさという側面もありますが、その一方で国民が「自分の健康は自分で管理する」という意識を強く持つことにつながっています。風邪であればまず自宅で休む、それでも治らなければ医師に相談するというステップが当たり前なのです。

また、イギリスでは労働者の権利が比較的手厚く守られており、病欠を取ることに対する罪悪感が少ないことも特徴です。法的にも、職場が不当に病欠を制限することはできませんし、体調不良を理由に休むことが「働く人として当然の権利」とされています。

風邪を通して見える社会のあり方

イギリスの「風邪で休む文化」は、単なる健康管理の話にとどまらず、社会全体の価値観を映し出しています。そこには、個人の健康を大切にする姿勢、他人への配慮、そして働くことに対する柔軟な姿勢が見て取れます。

一方で、日本のように「多少の無理は当たり前」とする社会では、健康が二の次になってしまいがちです。これは企業の生産性にも、ひいては社会全体の持続可能性にも影響を与えかねません。

異文化理解のすすめ

イギリスのこの文化に対し、最初は違和感を覚える日本人も多いかもしれません。しかし、異なる社会制度や価値観を理解することは、グローバル社会において非常に重要です。異文化の中に身を置くことで、自国の文化を客観的に見つめ直す機会にもなります。

そして、日本でも少しずつ「無理をしない働き方」が広まりつつあります。リモートワークの普及や、有給休暇取得の促進などはその一例です。こうした流れの中で、イギリスのように「風邪くらいで休むのは当然」とする価値観がもっと広がっていくことも期待されます。

まとめ:風邪から見える文化の本質

風邪という誰もが経験する日常的な体調不良を通して見えてくる、イギリスと日本の文化の違い。それは単なる習慣の差ではなく、医療制度、労働環境、社会的価値観といった複雑に絡み合った背景の反映です。

イギリスの「病院には行かず、仕事は休む」という行動は、一見不思議に思えるかもしれませんが、よく見れば非常に合理的で思いやりにあふれた選択肢でもあります。日本に住む私たちも、そうした文化の違いを受け入れ、必要に応じて柔軟に自分の行動を見直していくことが求められるのかもしれません。

異なる文化に触れることは、自分の価値観を広げる絶好のチャンス。風邪をひいたときこそ、その違いに目を向けてみてはいかがでしょうか。

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