「イギリスといえば紅茶」というイメージは今も根強いですが、実際のイギリス人の外での飲み物選びを見てみると、コーヒーの存在感がかなり大きくなっています。統計ではイギリス国内で1日に約9,500万杯ものコーヒーが消費されていると言われ、人口(約6,600万人)を上回る杯数です。つまり「一人1杯以上飲んでいる計算」になるわけで、もはやコーヒーは紅茶に並ぶどころか、「外で買う飲み物=コーヒー」という生活習慣として定着していると言ってよさそうです。
一方で、紅茶が廃れたわけではありません。家庭に人を招いたとき、親族が集まったとき、仕事場での休憩時間など、日常の「おもてなし」や「ひと息つく時間」には今も紅茶が出てきます。つまりイギリスでは、紅茶とコーヒーが「役割分担」しているのです。
1. どうして「外ではコーヒー」なのか?
記事でも触れられていた通り、イギリスでは紅茶は家で飲むもの、コーヒーは外で飲むものというざっくりした感覚が広がっています。理由はいくつかあります。
1-1. カフェで飲む紅茶は「家と同じ味」問題
イギリスの多くのカフェは、いまだにごく普通のティーバッグ(PG TipsやYorkshire Teaなど)をマグカップに入れてお湯を注ぐ、という作り方をします。これは家で飲むときとほぼ同じです。つまり「お金を払ってまで飲む特別感がない」のです。
一方でコーヒーは、エスプレッソマシンで抽出し、スチームミルクを合わせてラテやフラットホワイトにするなど、家では再現しにくいプロの味を提供できます。スターバックス、コスタ、プレタマンジェ、Neroなどのチェーンだけでなく、ロンドンやマンチェスターの独立系カフェでも同じです。
1-2. 「持ち歩き前提」の文化との相性
ロンドンを歩いていると、通勤や買い物の途中でテイクアウトのカップを持っている人を本当によく見かけます。これは「歩きながら飲めるかどうか」が重要だということです。紅茶は本来、ポットでゆっくり飲むものとして発達しているので、テイクアウトとの親和性が低くなりがちです。その点、コーヒーは紙カップで提供しやすく、温度もやや高めで長持ちしやすいので、忙しい都市生活と相性が良いのです。
1-3. 若い層の「インスタ映え」需要
ミレニアル・Z世代を中心に、ラテアートのあるフラットホワイトや、季節限定のシロップ入りラテ、オートミルク・アーモンドミルクなどのプラントベースミルクを選べることが重視されるようになりました。紅茶でもできないことはありませんが、「カスタマイズの幅」「見た目のバリエーション」ではコーヒーに軍配が上がります。
2. コーヒー人気を押し上げたロックダウン
元の記事でも紹介されていたように、ロックダウン期には多くのカフェが営業を一時止めたため、イギリス人は「外で飲んでいたあの味を家でどう再現するか」という課題に直面しました。その結果、家庭用のコーヒーマシンやエスプレッソマシンの売り上げが前年同月比で4倍以上(412%)になったというデータが出ています。これは単なる「家での暇つぶし」ではなく、
- 毎日の小さなご褒美を失いたくない
- カフェクオリティのラテを自宅で飲みたい
- 豆や抽出方法にこだわる楽しさを知った
という、ライフスタイル寄りの動機が大きかったと考えられます。
また、リモートワークが普及したことで「オフィスに行けば無料で飲めたコーヒー」がなくなり、自宅でのコーヒー環境を整えることが半ば必須になったという背景もあります。
3. イギリスで選ばれている家庭用コーヒーメーカーの傾向
元記事で紹介されていたランキング(AeroPress、Juraの全自動タイプ、Brevilleのワンタッチマシン)は、イギリス人の「2つのニーズの間で揺れている」様子をよく表しています。
3-1. 手軽さ重視の層:AeroPressやカプセル系
値段が手ごろで手入れが簡単、しかもそこそこおいしい。AeroPressはまさにこの条件に当てはまるので、「とりあえずおいしいコーヒーを飲みたい」人たちに刺さります。狭いフラットでも置き場に困らない、紙フィルターの交換も簡単、という住宅事情にもマッチします。
3-2. カフェの再現度重視の層:Juraなどのビーン・トゥ・カップ
一方で、Juraのような高価格帯のマシンがランクインしているのは、ロンドンに多い「家でのホスピタリティを大事にする層」が一定数いるからです。来客時に豆から挽いた本格的なエスプレッソやカプチーノを出せれば、それだけで話題になります。イギリスでは家に友人を招くことが比較的多く、「いいコーヒーを出す」ことが一種のステータスになりつつあります。
3-3. 中間を狙う層:Brevilleなどのワンタッチ・セミオート
「本格的すぎると手入れが大変」「でもインスタントや安いカプセルでは物足りない」という人たちは、ミルクフォームもできるワンタッチ型に流れます。価格も数百ポンドで、“ちょっといい家電”として買いやすいレンジです。
4. 実は「紅茶離れ」ではないという話
ここで一つ強調しておきたいのは、イギリス人が紅茶をやめたわけではないという点です。データによって差はありますが、今でも多くのイギリス人は1日に3〜4杯の紅茶を飲んでいます。特に中高年層や、地方に住む家庭ではこの傾向がはっきりしています。
つまり変化しているのは「飲み物そのもの」よりも、どこで・誰と・どんな目的で飲むかというシチュエーションなのです。
- 家・職場の休憩:紅茶(落ち着き・安心・家族的)
- 外出・移動・友達と会うとき:コーヒー(機能的・おしゃれ・カスタム可能)
この2つが共存している構図は、日本でいうところの「家では緑茶・外ではカフェラテ」ととてもよく似ています。
5. コーヒー文化を後押しした3つの背景
5-1. チェーンの多様化
ロンドンには2,000件以上のカフェがあると言われますが、これはスタバとコスタだけで埋まっているわけではありません。プレタマンジェのような“ついで買い系”のコーヒー、スぺシャルティを売りにする独立系、ベーカリー兼カフェなど、用途に応じて選べる環境が整ったことが消費を後押ししました。
5-2. 欧州全体のエスプレッソ文化の流入
EU圏からの移民・観光客・料理人が増えたことで、ロンドンやブリストル、マンチェスターにはイタリア・ポルトガル系のカフェも増えました。これにより、イギリス人も「エスプレッソをベースにした飲み物」へのハードルが下がったと言えます。
5-3. 健康志向とミルクの多様化
近年は牛乳の代わりにオートミルク・ソイミルク・アーモンドミルクを選ぶ人が増えています。コーヒーはこの「ミルクを変えて楽しむ」というトレンドと非常に相性が良く、オーツラテを売りにするカフェも目立ちます。紅茶でもできるものの、ラテのほうが見た目も味も変化がわかりやすいのです。
6. これからのイギリスのコーヒー消費はどうなる?
今後数年を考えると、次のような方向に進むと考えられます。
- 「家コーヒー」のグレードアップ:すでにマシンを買った人が、次は豆やグラインダーに投資する段階に入ります。
- ローカル焙煎所の台頭:サステナビリティやトレーサビリティ重視の人たちが、地元ロースターの豆を買う動きが強まります。
- 紅茶の「カフェ化」:紅茶もこのままでは「家と同じ」で終わってしまうため、ロンドンではティーラテやスパイスティー、ティーカクテルなど、コーヒーに対抗できるメニューを出す店が増えると見られます。
7. まとめ
イギリス人がコーヒーをよく飲むようになったのは、単に味の好みがコーヒーに移ったからではなく、
- 外で飲むならコーヒーのほうが「価値がある」
- 持ち歩けて、見た目もおしゃれ
- ロックダウンで家コーヒーが一気に普及した
- でも家や親族の場では今も紅茶が主役
という“シーンごとの最適化”が起きた結果だといえます。紅茶の国・イギリスは変わってしまったわけではなく、むしろ飲み物の選択肢が増えて、場面に合わせて賢く使い分ける国になったと捉えると、実態に近くなります。
英国生活サイト編集部のつぶやき
イギリス人が紅茶よりコーヒーを飲んでいるように見えるのは、おそらくカフェでコーヒーを注文する人が圧倒的に多いからでしょう。理由は、カフェで紅茶を注文しても、結局はスーパーで売っているティーバッグが出てくることが多く、なんとなく損をした気分になるからです。
一方、コーヒーは豆を挽いたものを使っていることが多く、店内には香ばしい香りが広がります。そのため、コーヒーのほうがお金を払う価値があるように感じられるのです。










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