ロンドン不動産市場の静かなる危機──なぜ買い手がいないのに価格が下がらないのか?

2025年現在、ロンドンの不動産市場は深刻な「流動性の停滞」に直面しています。表面的には価格が維持されているように見えますが、実際には多くの売り手が物件を手放したがっており、買い手が現れない状況が続いています。この状況は単なる一時的な停滞ではなく、構造的な歪みと政策的な課題が絡み合ったものです。

1. 売り手は多いが、買い手がいない

ロンドンでは現在、過去数年で購入された物件のうち、多くが市場に戻りつつあります。特に2020〜2022年のパンデミック期に、歴史的な低金利を活用して物件を取得した層が、金利上昇と生活コスト増加のダブルパンチに直面し、資産の見直しを迫られています。

不動産ポータルサイトの登録数も増加傾向にあり、ミドルレンジから高額帯にかけて、供給は前年同時期比で約15%以上増加。にもかかわらず、物件がなかなか売れないのが現状です。


2. 価格が下がらない不思議な市場

不思議なのは、これだけ買い手がいないにもかかわらず、不動産価格が顕著に下がっていないという点です。むしろ、一部のデータでは価格が「微増」しているとの統計さえあります。

たとえば、2025年6月時点でのロンドン全体の平均住宅価格は約70万ポンド(約1億4,000万円)。これは前年同月比でわずかにプラスです。ただし、この平均には超高額物件も含まれており、中央値(Median)で見ると約51万ポンド(約1億200万円)と、より実態に近い数値になります。


3. ロンドン不動産の価格帯(2025年現在)

ロンドンの不動産価格は、エリアと物件タイプによって大きく異なります。以下に、おおまかな価格帯を分類して整理します。

範囲価格帯(ポンド)円換算(1ポンド=200円換算)エリア例備考
ローエンド30〜45万ポンド約6,000万〜9,000万円Zone 4以遠(Croydon, Barking等)ファーストバイヤー向け
ミドルレンジ45〜80万ポンド約9,000万〜1億6,000万円Wimbledon, Clapham, Ealing等家族向けエリア
プライム80〜200万ポンド1億6,000万〜4億円Hampstead, Highgate, Richmond等中流〜上位層が狙うエリア
スーパー・プライム200万ポンド以上4億円超Mayfair, Kensington, Chelsea等富裕層・海外投資家

このように、ロンドンでは一般的な家族が購入できる価格帯でも1億円近く必要になるのが現実です。これが若年層やミドル層にとって大きな参入障壁となっており、買い手不足の背景にもなっています。


4. 買い手がいない理由

(1)住宅ローン金利の上昇

英中銀の政策金利は2022年以降、段階的に引き上げられ、2025年6月現在では4.25%前後となっています。これに伴い、住宅ローン金利も平均で4〜5%台に上昇し、月々の支払額は急増。とくに30〜40代のファミリー層にとっては、購入を控える動機になっています。

(2)生活コストと可処分所得の圧迫

物価高や光熱費の上昇により、家計の可処分所得は過去10年で最も低い水準にあります。住宅購入に回せる余力がない人も多く、価格に手が届いても「買わない」層が増加しています。

(3)重い不動産取得税(スタンプデューティ)

一定額以上の不動産にかかる取得税(スタンプデューティ)は、物件価格に応じて最大12%にも達します。たとえば、100万ポンドの物件では約4万ポンド(約800万円)以上の税金が追加で必要になる計算。これが購入の大きな妨げになっています。


5. 売り手はなぜ価格を下げないのか?

ここがロンドン市場の最大の歪みと言える部分です。物件が売れないにもかかわらず、売り手の多くが価格を下げようとしません。

(1)含み益の確保

過去10〜20年で購入した人々は、すでに大きな含み益を抱えています。「今下げて売るくらいなら、貸すなり保有する方が得」という心理が働き、価格を維持しようとする傾向があります。

(2)相続・長期資産としての保有志向

ロンドンの不動産は「資産防衛手段」「相続資産」としての性格も強く、実需というよりは資産価値保持のために保有されている場合が多いです。売却による利益確定より、長期保有を選ぶ人が多いのです。


6. 流動性を回復するにはどうすればいいか?

現在のロンドン不動産市場を立て直すためには、以下のような政策改革が不可欠です。

(1)スタンプデューティの緩和

特にファーストタイム・バイヤー向けに、スタンプデューティの免除や軽減措置を再強化すべきです。かつての「Help to Buy」スキームのように、一定額までの購入に対して無税とすれば、買い手の参入を後押しできます。

(2)金利の引き下げ

金利政策が住宅ローン金利に直結するため、中央銀行による段階的な利下げが必要です。市場予測では、年末までに3.75%程度までの利下げが期待されており、これが実現すればローン負担も軽減され、買い意欲が高まると見られています。

(3)ノン・ドム税制の見直し

富裕層向けの非居住者(ノン・ドム)課税強化が、海外投資家の撤退を招いています。超高額帯の物件が売れなくなった原因の一つであり、資本流入を再活性化するには、一定の税優遇措置を復活させる必要があります。


7. 市場の二極化と将来の展望

ロンドンの不動産市場は今後、ますます二極化することが予想されます。

  • 価格調整が進む郊外の物件には買い手が戻る
  • 超高額帯では富裕層・投資家の撤退が続く
  • 賃貸需要は引き続き旺盛で、投資家にとっては利回り改善のチャンス

特に500万〜1000万ポンドクラスの超高級物件では、20〜30%の価格下落も既に報告されており、今後は「値下げ競争」が進む可能性もあります。


まとめ:価格は高止まり、でも市場は凍結状態

今のロンドン不動産市場は、「価格が下がらない」のではなく「価格を下げられない」というのが正確な表現です。金利・税制・心理的バイアスの三重苦によって、買い手も売り手も手を出しづらくなっている結果、市場は静かに凍りついています。

大規模な減税や金利の引き下げなど、大胆な政策転換が行われない限り、ロンドン市場が再び流動性を取り戻すのは困難です。

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