なぜ「信用しない国民」が簡単に騙されるのか?──詐欺大国と化すイギリスの実態とその意外な盲点

イギリスと聞いて、多くの人が思い浮かべるのは、「皮肉屋」「疑い深い」「堅実」といった国民性かもしれない。
「イギリス人は他人をすぐに信用しない」「言葉より行動を信じる」――そんな印象があるからこそ、皮肉にも現在のイギリスで詐欺被害が急増しているという事実は、ある種の違和感を伴って伝わってくる。

だが実際、2023年のイギリスでは、ロマンス詐欺や投資詐欺などによる被害が数百億円規模に達しており、しかもその多くがオンラインを通じて行われている。なぜ、「疑い深いはずの国民」がここまで簡単に騙されてしまうのか? 本記事では、イギリスにおける詐欺の現状と背景、そして文化的な盲点を掘り下げていく。


詐欺被害の急増と多様化:イギリス社会に広がる「見えない犯罪」

まずは事実を見ていこう。イギリスではここ数年で詐欺の手口が巧妙化し、被害総額も急増している。警察や金融機関、メディアが警鐘を鳴らすものの、その波は収まる気配を見せない。

ロマンス詐欺:年間95億円、1人200万円の損失

ロンドン警視庁によると、**2023年6月までの1年間でロマンス詐欺の被害総額は9470万ポンド(約95億円)**にのぼった。前年から8.4%も増加しており、いまだ拡大傾向にある。

この詐欺の手口は典型的だが効果的だ。犯人はマッチングアプリやSNSでターゲットに接触し、甘い言葉と演出で徐々に信頼関係を築く。そして、医療費や旅費、あるいは「投資話」を持ちかけて金銭を要求。被害者の約3割が1年以上もやり取りを続けていたというから、その心理的な掌握力は相当なものだ。

投資詐欺:SNS広告を使った新手の仕掛け

UK Financeのデータによると、2023年上半期だけで投資詐欺による被害総額は5640万ポンド(約85億円)に達した。

特に被害が多いのは暗号資産(仮想通貨)や高利回りを謳った「確実な投資」案件で、詐欺師は偽の金融サイトを作成し、SNS広告や検索エンジンで巧みに拡散。見かけ上はプロフェッショナルなサイトに見えるため、被害者の多くが信じ込んでしまう。

そして何より深刻なのは、半数以上の被害者が返金されていないという点だ。一度送金してしまえば、犯人との連絡は途絶え、痕跡もほとんど残らない。

空箱詐欺:届いたのはiPhoneではなく空の箱

デジタル化が進む現代ならではの詐欺も増えている。「空箱詐欺」はその代表例で、特に人気商品(例:iPhoneやゲーム機)をターゲットにした偽通販サイトで多発している。

注文後、商品が届いても中身は空。返品も不可、連絡先も途絶えており、詐欺と気づいた時にはすでに手遅れというケースが大半だ。


誰もが標的になる時代:弁護士も軍人も例外ではない

「自分は騙されない」「詐欺なんて見抜ける」と思っている人ほど危ない。詐欺は単なる情報操作ではなく、感情と信頼の搾取だからだ。

たとえば、元弁護士のスティーブン氏(仮名)は、巧妙に偽装された債券投資話に引っかかり、**7万ポンド(約1400万円)**を失った。彼のように法に精通した人物ですら、詐欺師の演技と“確実な収益”という言葉に惑わされたのだ。

また、退役軍人のアンドリュー氏(仮名)は住宅購入の過程で詐欺に遭い、**24万ポンド(約4800万円)**という巨額を失っている。軍人として培った判断力でも、防げなかったという。


なぜイギリス人は詐欺に遭いやすいのか?文化的・心理的背景に潜む「盲点」

一見、理性的で慎重なイギリス人がなぜこれほどまでに詐欺に引っかかるのか? その背景には、**文化的な「信用の構造」と現代のテクノロジーの融合による“認知のギャップ”**があると考えられる。

① 対面信頼社会の「穴」

イギリスでは古くから、「信用は一朝一夕で築けるものではない」という価値観が根付いている。だからこそ、人々は日常的に距離を置き、段階的に信頼を形成する文化を持っている。

だがその信頼構造は、オンラインでは無効化されやすい。SNSやアプリでは、相手の素性や人柄を確認する手段が限られる。ところが逆に、「プロフィール」「共通の趣味」「親しげな言葉遣い」があると、短期間でも“親しさ”を感じてしまいやすい。これは“擬似的な親密性”と呼ばれる現象だ。

② プライバシー意識と孤独の増大

もう一つの要因は、孤独とデジタル依存だ。イギリスでは「孤独省」という実際の省庁があるほど、社会的孤立が深刻な問題になっている。

コロナ禍を経てその傾向はさらに強まり、多くの人が「話し相手がいない」「人間関係が希薄」と感じている。そこにSNS経由で話しかけてくる“親切な他人”が現れたら、つい心を許してしまうのは自然な流れなのだ。

加えて、イギリス人の多くは「プライバシー重視」の考えから、家族や友人にも自分のオンライン活動をあまり話さない。そのため、詐欺被害が表面化しにくく、孤独の中で被害が拡大する傾向がある。


対策は可能か?個人と社会にできること

詐欺被害は今後も増加が予想されている。しかし、完全な予防は難しくても、被害のリスクを下げることは可能だ。

① 基本的な防御策を再確認する

  • 見知らぬ人物やサイトに金銭を送る前に、必ず第三者に相談する
  • SNS広告やメールのリンクから直接アクセスせず、公式サイトから確認する
  • 不審な連絡には即返信せず、情報を調べてから対応する
  • 少しでも怪しいと感じたら、銀行や警察にすぐ報告する

② デジタル教育の推進と社会的な支援

詐欺は高齢者だけの問題ではない。むしろ若年層がSNS広告に騙されるケースも急増している。したがって、学校教育や公共広告を通じて、「ネットの中の嘘を見抜く力」を養う取り組みが必要だ。

また、詐欺に遭った被害者が声を上げやすくなるような支援体制、相談窓口の拡充も求められている。


結論:「疑う力」と「話す勇気」が詐欺から身を守る鍵

詐欺の本質は、「信頼」を逆手に取ることにある。
疑うことは冷たいのではない。むしろ、健全な関係の第一歩は「信じすぎない」ことだ。

皮肉なことに、「他人を疑う国民性」で知られるイギリスが、今もっとも「信頼によって傷ついている国」になりつつある。
その現実と向き合いながら、個人としても社会としても、もう一度「信頼とは何か」を考える時が来ているのではないだろうか。

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