2026年9月23日、マドリードで87歳のマリカルメン・アバスカルさんが、長年暮らした家から退去させられた。担架で運び出される彼女を、近隣住民や支援者たちが見守った。家賃はかつて月500ユーロだったが、現在の所有者が引き上げを求め、最終的に提示した額は月1,650ユーロ。彼女の年金は月1,350ユーロだった。
このニュースを見て、「ひどい話だ」で終わらせていいのだろうか。英国でも家賃が上がり続け、長く暮らした地域に住み続けることが難しくなっている。家を失う人が増える一方で、夜になっても明かりのつかない家がある。
ロンドン議会の調査によれば、2025年にロンドンで空き家として数えられた住宅は10万5,138戸。別の統計では、6カ月を超えて空いたままの住宅も4万7,287戸に上る。数字は公表されている。政府や行政が空き家の存在を知らないわけではない。だからこそ問いたい。これだけの家がありながら、住む場所を必要とする人に届かないのはなぜなのか。
もちろん、空き家をすべて「大家が貸し渋っている家」と決めつけることはできない。相続手続き、修繕費の不足、再開発、投資目的での保有など、理由はさまざまだ。ロンドン議会自身も、その実態を調べている。だが、理由が複雑だからといって、空いた家が増える現状を放置してよいことにはならない。
その間にも、住まいの負担は重くなる。ロンドンの民間賃貸住宅の平均家賃は、2026年8月に月2,332ポンドとなった。2025年9月末には、ロンドンの自治体が手配した一時宿泊施設で暮らす世帯が7万5,800に達し、前年の6万8,480世帯から増えている。これは路上生活者の数ではない。家と呼べる安定した住まいを確保できずにいる世帯の数だ。
一方で、大家の側にも本音がある。「家賃を下げて貸すくらいなら、しばらく空けておきたい」。毎月の収入より、家賃滞納や物件の損傷、長引くトラブルを避けたいと考える所有者がいても不思議ではない。英国の大家を対象とした調査でも、自ら直近の賃貸契約を終わらせた大家が挙げた理由には、物件が大切に扱われなかったことや家賃滞納が多かった。お金より、安心して暮らせることを選びたいという気持ちは理解できる。
しかし、そこで「安い家賃しか払えない人は家を大切にしない」「苦情ばかり言う」と一括りにすれば、問題を見誤る。収入だけで人の振る舞いは判断できないし、必要な修繕を求めることは入居者の正当な権利だ。大家が抱える具体的なリスクには向き合うべきだが、所得の低い人全体への決めつけを、その代わりにしてはいけない。2026年5月以降の英国の賃貸制度では、給付を受けていることだけを理由に入居を拒むことも禁じられている。
問題は、住まいを必要とする人と、安心して貸したい大家の間にある溝だ。大家がリスクを恐れて貸し出しをためらい、借り手は高い家賃を払える人に集中する。その結果、所得の低い人ほど選択肢を失う。ロンドンの空き家のうち、何戸がこうした判断で空いているのかは分かっていない。だからこそ行政は、空き家を一つの数字として数えるだけでなく、なぜ空いているのかを調べ、修繕支援や長期空き家への対策とともに、大家が安心して手頃な家賃で貸せる仕組みを考えるべきだ。
スペインの女性の退去は、遠い国の特別な出来事として片づけられない。英国が学ぶべきなのは、退去の場面で同情することだけではない。人が住み続けられる家賃と、大家が貸し続けられる安心を、どう両立させるかだ。
ロンドンの夜、暗い窓の向こうには誰もいない。そのすぐ近くで、帰る家を探している人がいる。この街は、その光景をいつまで当たり前として受け入れるのだろうか。










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