日本で乳がん検診を受けたことがある人に、想像してほしい。
検査でがんが見つかり、医師から「乳房を切除する必要があります」と告げられる。怖くても、命を守るためだと自分に言い聞かせて手術を受ける。そして数年後、病院から電話がかかってくる。
「あの切除は必要ありませんでした」
英国北東部のNHS(国民保健サービス)の病院グループで、少なくとも20人の女性に、これに相当する事態が起きた。
がんはあった。それでも乳房を失う必要はなかった
ここが、この事件の最も恐ろしいところだ。「切除は不要だった」と聞くと、乳がんの診断自体が間違っていたと思うかもしれない。そうとは限らない。がんは実際にあっても、乳房全体を取らず、がんのある部分を切除する治療を選べた患者がいた。
被害を公表したデニース・ハワースさんも、その一人だ。2023年に早期の乳がんと診断され、まず患部などを切除した。その後、乳房全体を取る手術も必要だと告げられ、医師の判断を信じて手術を受けた。
約2年後、病院から「乳房全体の切除は必要なかった」と知らされた。デニースさんは、その知らせに大きな衝撃を受け、以前の自分には戻れないかもしれないと語っている。不要だったと判明したのは乳房全体の切除であり、彼女が受けた治療の全てが不要だったと確認されたわけではない。
日本の読者にも、この重さは伝わるはずだ。手術前に選択肢を知るのと、身体を失った後で「別の方法があった」と聞くのとでは、まるで違う。後から説明を受けても、手術を選び直すことはできない。
病院は、もっと早く気づけなかったのか
この病院グループの再調査では、乳房全体の切除に限らず、過剰な手術が32件確認された。病院が依頼した独立調査は、古い診療方法や不要な手術が患者に身体的、精神的な被害を与えたと指摘している。
しかも、問題を示す警告は以前からあった。2018年には手術のやり直しなどが多いと指摘され、2019年にも乳房切除率の高さが問題視された。2024年の調査では、がんを取り切るための再手術率は30%。地域平均の15%の倍だった。独立調査は、病院の幹部が繰り返された懸念に十分対応しなかったと結論づけている。
患者には、目の前の医師の勧めが本当に唯一の方法なのか、病院全体の手術率が異常に高くないかを知る術がほとんどない。だからこそ、異変を示す数字が出たときに病院が調べ、治療を変える必要があった。
日本に住む私たちにも他人事ではない
乳がんの治療法を決めるとき、患者は検査結果を理解し、手術でどこまで切除するのか、ほかにどんな選択肢があるのかを聞きながら決断する。しかし、専門家から「必要です」と言われれば、その判断を疑うのは簡単ではない。
英国の病院が認めたこの失敗が怖いのは、手術の傷だけでなく、「あのとき自分には選択肢があったのか」という問いを患者に一生残すことだ。
病院グループは現在、過去の診療を再調査し、乳腺診療の体制を改めたとしている。それでも、デニースさんたちが失ったものを取り戻すことはできない。20人の女性に必要なのは、謝罪だけでなく、なぜ避けられるはずの手術が行われ、警告が届いても止まらなかったのかという答えだ。










コメント