
1. 食料品のカートに映る生活
イギリスの週末、スーパーのレジに並ぶと見えてくるのは、ぎっしりと食料品で埋め尽くされた巨大なショッピングカートである。冷凍食品、ファミリーサイズのポテトチップス、2リットル以上のソフトドリンク、業務用サイズのパンや肉類――。まるで一家総出で「備蓄戦争」に参戦しているようだ。
その一方で、こうした「買いだめ」カートの向こうには、もう一つの共通点があることに気づく。購入者たちが比較的肥満傾向にあるという事実である。
これは偶然なのか? それとも、買いだめ行動と肥満の間には、何らかの関連性があるのだろうか?
2. スーパーによって違う「買い方」の傾向
イギリスのスーパーは、社会階層やライフスタイルによって顧客層が大きく異なる。
- Tesco や ASDA:郊外型の大型店が多く、価格重視のファミリー層が主なターゲット。特売や「3 for £10」などまとめ買い促進のキャンペーンが目立つ。
- Sainsbury’s や Waitrose:都市部中心で、比較的高価格帯。健康志向やオーガニック志向の顧客が多い。1人~2人向けの小容量商品や新鮮な食材が充実している。
この傾向はカートの中身にも反映される。TescoやASDAの顧客は冷凍食品、スナック菓子、加工食品の購入割合が高く、週末に一週間分を一気に買う「一括購入型」。一方、Waitroseなどの利用者は、こまめな買い物で新鮮な野菜や魚を中心とした「都度購入型」の傾向が強い。
3. 買いだめと肥満の「因果関係」はあるのか?
■ 仮説1:買いだめ行動が高カロリー食品の「備蓄」を促す
人間は手元にあるものを消費する傾向がある。アメリカの心理学者ブライアン・ワンシンクは「見えるところにある食品ほど消費されやすい」という調査結果を報告している。
つまり、スナックやジャンクフードを「買いだめ」してしまうと、それがあるから食べてしまう。冷凍ピザやアイスクリームが大量にストックされていれば、「手間をかけずに」「すぐに食べられる」選択肢として無意識に選ばれてしまう。
■ 仮説2:買いだめが「食生活のルーチン化」を招く
また、「週に1回の大量買い出し」は、食生活を固定化させる。メニューをあらかじめ決め、冷凍保存や加工食品中心の食事を想定した買い方になるため、どうしても食事が単調かつ高カロリーに偏りやすくなる。
一方、こまめな買い物では、当日の体調や気分に応じて食材を選ぶため、よりバランスのとれた食生活がしやすいという研究もある。
4. 統計が語る「買い方と体重」の相関
イギリス国家統計局(ONS)や英国公衆衛生サービス(Public Health England)の報告によれば、低所得層や地方都市圏で肥満率が高く、それらの地域ではASDAやTescoなどの店舗が集中している傾向がある。さらに、家族世帯では「週に1~2回の大量買い」が一般的であり、買いだめ頻度と高カロリー食品の消費量には正の相関が見られる。
ある調査では、家庭の冷蔵庫に保管されている食品の「カロリー密度(kcal/g)」が、体重指数(BMI)と有意に関係していることも判明している。
5. スーパーのマーケティング戦略が招く「肥満」
注目すべきは、スーパー側の販売戦略である。特にTescoやASDAでは「お得感」が重視され、「2 for 1(1つ買うともう1つ無料)」「ファミリーパック割引」など、消費を促す仕掛けが随所にある。
また、レジ横に並ぶスナック菓子、巨大なチョコレートバー、家族用サイズの清涼飲料――これらは「買いだめ」の心理を刺激し、計画外の衝動買いを誘発する。つまり、「買いだめ」を前提とした商品設計と陳列が、肥満につながる構造を作っているとも言える。
6. 文化的要因:なぜイギリス人は「買いだめ」するのか?
イギリスの家計文化は「週ごとの管理」が根強い。給与は週払いが一般的だった歴史もあり、家計は週単位で予算を立て、まとめ買いするのが常識とされてきた。
さらに天候や郊外型住宅の事情も影響している。週末に家族で車を出してスーパーに行くという「習慣」は、利便性と社会的なイベント性を兼ね備えており、「週末の一大イベント」としてのショッピングが根付いている。
このような文化が、日々の買い物というより、「備蓄」を優先する思考を促進していると考えられる。
7. 健康志向のスーパーが与える「逆の影響」
WaitroseやSainsbury’sなどの高価格帯スーパーは、「買いだめ」ではなく「選び抜く」買い方を促す。店内ではオーガニック商品や低糖質食品が多く、陳列もシンプルで上品。無駄なプロモーションが少ない分、計画的かつ健康的な買い物につながりやすい。
また、デリコーナーでは店内で調理された野菜中心のメニューが提供されるなど、「食事の質」を重視する設計となっている。
このような環境が、結果的に「肥満の抑制」に貢献している可能性が高い。
8. 買い方を変えれば、体も変わる?
では、買いだめ行動そのものが悪なのだろうか?
必ずしもそうではない。問題は「何を」「どのように」買いだめするかである。冷凍野菜、全粒粉パン、低脂肪肉などの健康的な選択肢をストックすることで、「便利かつ健康的」な食生活は成立する。
つまり、カートの中身を見直すことが、健康への第一歩となるのだ。
9. 結論:スーパーは「健康の戦場」でもある
肥満は単なる個人の選択の問題ではない。スーパーという「日常的インフラ」が、私たちの体重や健康に与える影響は想像以上に大きい。特にイギリスのように「週末に大量に買う」というスタイルが一般化している社会では、その買い物の「質」が生活と直結している。
言い換えれば、私たちの体は、カートの中身そのものなのかもしれない。
今週末、スーパーであなたが押すカートは、未来のあなたの健康そのものを運んでいる。そう考えると、買い物もまた「自己管理の第一歩」と言えるだろう。
参考文献
- Public Health England: Obesity Trends in the UK (2023)
- Brian Wansink, Mindless Eating: Why We Eat More Than We Think
- Office for National Statistics (ONS): Household Expenditure Reports
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