
ここ数年、ロンドンで賃貸物件を探す人たちの間で、「家主が冷たくなった」「対応が悪くなった」「サービス精神が減った」といった声が増えています。以前なら、多少のトラブルがあればすぐに対応してくれた家主が、最近では修理の依頼にも腰が重く、契約交渉でも柔軟性がなくなった印象を受けている人は少なくないでしょう。
しかしこの変化は単なる「家主の性格の問題」ではなく、ロンドン全体の賃貸市場を取り巻く環境の劇的な変化によって引き起こされた構造的な問題です。本記事では、現在のロンドン賃貸市場の全体像を振り返りつつ、なぜ家主が不親切に見えるようになったのか、その背景にある要因を詳しく解説します。
1. 賃貸物件の供給が減少した
まず大きな要因として挙げられるのが、ロンドンにおける賃貸物件の絶対数の減少です。過去3年間で、多くの家主が物件を売却したり、賃貸業から撤退したりしたことで、貸し出される物件数は大きく減少しました。
賃貸市場から撤退する家主が増えた背景には、次のような要因があります:
- 税負担の増加:住宅ローン利子控除の縮小、キャピタルゲイン税の引き上げ、Stamp Duty(印紙税)の追加課税などにより、賃貸経営の収益性が低下。
- 規制強化:借り手保護を強化する法改正により、家主のリスクや負担が増えた。
- 高騰する修繕・維持費:インフレによって修繕コストや管理費が上昇。
この結果、従来は「資産運用として手軽」と考えられていた賃貸経営が、個人家主にとって「手間とリスクに見合わない商売」になりつつあるのです。
2. 借り手の需要はむしろ増加
一方で、ロンドンに住みたい、借りたいという人は減るどころか増えています。コロナ禍で一時的に需要が落ち込んだものの、ロックダウン明け以降は回復し、特に学生、駐在員、若手労働者の戻りが顕著です。
移民や国際学生の回帰だけでなく、英国人の中でも持ち家購入が困難になった人が賃貸市場にとどまるようになったため、需要は過去より高水準にあります。
こうした需給ギャップにより、物件数は減っているのに入居希望者が殺到し、人気物件では「数十件の申し込み」が入る状況が珍しくありません。
3. 家賃は高騰中
当然、需給バランスが崩れると家賃は上がります。実際にロンドンの平均家賃は過去3年で2割以上上昇しました。2025年現在では、平均月額賃料が約2,200ポンド前後と、給与の伸びを大きく上回るペースで家賃負担が重くなっています。
借り手にとっては生活が苦しくなる一方ですが、家主にとっては「家賃は高騰しているのだから余裕があるはずだ」と思うかもしれません。
ところが実態は逆で、先述の税負担増や規制強化、修繕コストの上昇などで、家主の手元に残る「純利益」はむしろ減っているのです。
4. 家主は「余裕」がなくなった
収益性の悪化は、家主の心理にも大きな影響を与えています。
以前のように、多少の修理や特別対応を「サービスの一環」として行う余裕が、今の家主にはありません。特に小規模な家主ほど、毎月の家賃収入が生活費に直結しているケースが多く、税金・維持費で収益が圧迫される中で「余計な出費は避けたい」という考えに変わってきています。
そのため、借り手からのリクエストに対しても最低限の義務的対応にとどめ、「できるだけ関わらず、長く住んでもらえれば良い」と考える家主が増えているのです。
5. 日本人向け賃貸物件の特殊事情
特に日本人向けの賃貸物件を多く扱う家主は、薄利の物件が多いという特殊事情があります。
- 日本人入居者向け物件は絶対数が少ないため、家主が「余裕を持って回せる」規模ではなく、一軒一軒の収益に頼らざるを得ません。
- 日本人の多くは短期間の滞在(駐在員や留学生)であるため、入れ替わりの際の原状回復費用や空室リスクも高い傾向があります。
結果として「いろいろ言う入居者に丁寧に対応するよりも、コストをかけず、文句を言わずに長く住んでくれる入居者を望む」というスタンスに変わってきています。
これは「日本人が嫌われている」ということではなく、純粋に家主側の経済合理性による行動変容です。
6. 法律改正がさらなる拍車
イギリス政府は今後、家主と借り手の関係を規制する法律をさらに強化する方向にあります。例えば、解約通知の厳格化、家賃改定の回数制限、修繕義務の明確化などです。
これらは借り手を守るための制度である一方で、家主にとっては「自由度が減る」「リスクが増える」要素であり、賃貸市場からの撤退や、ますます保守的な運営姿勢への転換を促進する可能性があります。
7. テナントへのアドバイス
こうした環境の中で、テナント側も戦略的に対応することが重要です。
- 長期入居を前提に交渉する
家主は長期的・安定的な入居者を望むため、「長く住むつもり」「物件を大事に使う姿勢」を伝えることで印象が良くなります。 - 修理・メンテナンスの要望は現実的に
すぐに動いてくれないことを前提に、優先順位をつけて要望を伝えると良いでしょう。 - 礼儀正しく誠実なコミュニケーションを心がける
日本人らしい丁寧さや時間厳守は強みです。家主にとって「安心できる入居者」と思われれば、関係が円滑になりやすいです。
8. 今後の展望
2025年後半から2026年にかけては、家賃の伸びが落ち着き、市場の逼迫感が少し緩和する可能性があります。
しかし家主の「保守的な姿勢」はしばらく続くと見られます。以前のような「家主による手厚いサービス」「フレンドリーな関係性」を期待するのではなく、入居者として現状を理解しつつ賢く適応していくことが求められるでしょう。
結論
「家主が不親切になった」という現象は、家主が意地悪になったわけではなく、ロンドン全体の賃貸市場の供給減・需要増・税負担増・法規制強化という複合的な要因が生み出した結果です。
特に日本人向け賃貸物件の場合、薄利構造の中で家主がリスク管理を優先する傾向が強まっているため、「一定の距離を置く」「必要最低限だけの対応」に徹するケースが増えています。
これからロンドンで賃貸生活を送る方は、この現状を正しく理解し、家主との関係を「過剰な期待を持たず、安定的に維持する」方向で考えることが、ストレスの少ない賃貸生活を送るカギになるでしょう。
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