
イントロダクション
「イギリスの警察は白人至上主義者が多いのか?」——この言葉を耳にしたとき、多くの人は眉をひそめながらも気になるのではないでしょうか。実際にSNSやメディアでは、「白人至上主義者」「制度的な人種差別」といった言葉が頻繁に飛び交っています。そこで本稿では、最新のデータを丁寧にひも解きながら、警察内部の人種構成や白人至上主義の実態、さらに制度的な背景や社会的文脈を掘り下げ、「イギリスの警察」について多面的に考察します。
1. 警察内部の人種構成:現状と課題
1.1 イングランドおよびウェールズ全体の状況
2024年3月末時点で、イングランドとウェールズに所属する正規警察官は約147,746人。そのうち、少数派(ethnic minority)と自己申告したのは約12,000人、全体の約8%。これは全国の少数派割合(18.3%)と比較すると明確に低く、実人口に比例していない現状があります House of Commons Library。
1.2 ロンドンのメトロポリタン警察(Met Police)
イギリス最大の警察組織であるメト警では、BME(Black/Mixed/Asianその他)構成員比率が15%程度。これはロンドン地域の人口(40.2%)と比べると、かなり低い数値です 。英政府公式の統計サイトでは、メト警の警察官のうち白人は85%、アジア系が5.9%、黒人3.5%、混血3.5%、中華・その他2.2%という構成になっています Ethnicity Facts and Figures+2Police UK+2Police UK+2。
1.3 地域別の格差
地域別に見ると、都市部では多少改善が見られるものの、地方に行くほど白人比率が高くなり、少数派比率の低下は顕著です。たとえば、クンブリアや北ウェールズでは少数派警察官が1〜1.2%程度と、地域構成との乖離が激しい現状があります 。
2. 逮捕・捜査における人種的バイアスの実例
2.1 Stop and Search施行の偏り
2022/23年度の報告では、白人が78%を占める一方、黒人は8%、アジア人も8%、混血・その他が合わせて6%という構成ですが、stop and search(職務質問や所持品検査)と逮捕率に関しては明らかに偏りが存在しています GOV.UK。特に黒人は逮捕率17%と他人種より高く、白人(14%)、アジア人(13%)に比べると差があるのです 。
さらに、メトロポリタン警察エリアでは、少数派が逮捕の56%を占め、逮捕率(10.2/1000人)も白人(7.0/1000人)より大きく上回っています 。
2.2 子供に対する差別的対応
2022年に問題となったのが、15歳の黒人少女へのstrip-search事件。学校で所持品チェックとして行われたものが不当であり、人種偏見の影響が指摘されました。独立調査の報告を受け、関与した警官は異動・懲戒処分を受けました 。
3. 「白人至上主義者」の存在と影響力
3.1 極右組織と警察の関係性
イギリスでは2016年以降、National Action、Sonnenkrieg Division、Feuerkrieg Divisionなど、5つの白人至上主義(ERWT)団体がテロ関連の法律によって禁止されています ProtectUK+1UK Parliament Committees+1。これらは警察から見て重大な脅威であり、暴力行為の可能性を含む存在と位置づけられています。
事件としては、2017年にロンドンのモスクに車で突っ込む攻撃も発生しています 。
3.2 警察内部での極右の兆候
メトポリタン警察では2021年に、新人警官Ben Hannamが白人至上主義団体に所属していたことが発覚し、有罪になっています 。また、2023年には6名の元警官が警察内で人種差別的なメールを送信していたとして裁判になり、有罪判決を受けています 。
さらに、Sarah Everard事件を背景として2023年にレポートされた調査では、警察内部に「人種差別、性差別、同性愛嫌悪」が蔓延し、少数派警察官は懲戒されやすく、離職率も高くなる傾向が指摘されています 。
4. 制度的&歴史的背景
4.1 マクファーソン報告と制度的人種差別
1993年のStephen Lawrence氏殺害事件の捜査失敗を受け、1998年に発表されたマクファーソン報告では、「Met(警視庁)は制度的に人種差別的である」と明言されました 。その後も2003年や2022年のドキュメンタリーや実例によって、「Black Lives Matter」運動を契機に人種偏見が浮き彫りになってきました。
4.2 Lammy Reviewと司法制度
2017年のLammy Reviewでは、BME被告の取り扱いや起訴率などに差があることが明らかになり、警察を含む司法制度全体の改革を提言。現在も影響が残っています Wikipedia。
5. 対策と取り組みの現状
5.1 多様性促進の取り組み
少数派警察官の参加を促進するため、National Black Police Association(NBPA)や各地域での採用強化・育成・メンタリング制度が整備されています Wikipedia。
5.2 制度改革と外部チェック
・2023年のLouise Casey報告:Met内部の構造的歪みに言及し、外部監査や文化改革の必要性を指摘 london.gov.uk+2Wikipedia+2Wikipedia+2
・HMICFRS(警察査察局)による調査強化:極右活動の兆し、リスク評価の甘さも浮き彫りに timesofindia.indiatimes.com+2The Guardian+2Wikipedia+2。
5.3 教育・訓練の強化
警官向けのアンチバイアス研修や停止・捜索手続きの透明化が進行中。社会学研究でもStop & Search手続きの偏りを是正する方策が議論されています Wikipedia。
6. 課題とこれからの展望
課題 | 内容 |
---|---|
多様性の遅れ | 人口構成と比べ、警察内部でのBME比率が依然低い |
制度的偏見の残存 | 過去の事件が象徴するように、「制度としての人種差別」が残る |
極右の影響 | 警官内部に白人至上主義者が混じる可能性は否定できず |
再教育・監査の必要性 | 外部機関による監視・教育が不可欠 |
これらは相互に関連し、単独での対応では十分ではありません。警察組織そのものの透明性向上、多様性採用、人権侵害への即応体制、外部監査機構の強化など、包括的な取り組みが求められます。
総括:白人至上主義との戦いは続く
- 現在のイギリス警察は制度的に「白人優位構造」から完全に脱却してはいません。
- 一部には白人至上主義的思想を持つ警官も存在した実例もあり、一概に「絶対ない」とは言えない状況です。
- 一方で、多様性推進や教育制度、外部監査の整備といった ポジティブな変化の流れも確かにあり、少数派の比率は徐々に増加中です。
この構造変化が進むかどうかは、「市民の監視」「透明性の担保」「政府・警察トップの意思の強さ」に左右されるでしょう。
エピローグ
イギリス警察という組織は、長い歴史とともに制度的な偏見を抱えているのが現実です。だが変革の芽もあり、マクファーソン報告から25年以上、Black Lives Matter後の社会変化を経て、今がその歩みを加速させる好機でもあります。
“白人至上主義が多い”との問いに対する答えは、「まだ根強く残っている部分はあるが、制度改革や教育により変化の兆しが見える」というのが現状の最も正確な答えでしょう。
大切なのは、批判だけではなく、変化の担い手となる意識です。制度を変えるための“問い”を持ち続け、持続的な監視と支援を通じて、より公正・多様性に富んだ組織を実現する。その先にこそ、真の安全と信頼を市民にもたらす警察の未来があると思います。
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