トランプ大統領と「戦争ビジネス」──イギリスから見た失望の視線

アメリカ大統領が「戦争を終わらせる」と言いながら、実際には武器供与を続ける姿は、世界の多くの人々に深い失望を与えている。その中でもイギリス国民の反応は特に複雑だ。歴史的に米英関係は「特別な関係」と呼ばれ、外交・安全保障において緊密な連携を取ってきた。しかし今回のガザ戦争をめぐるトランプ大統領の対応は、イギリス人の期待を裏切り、彼に対する評価を大きく変えてしまった。 「戦争を止める」と語ったトランプの言葉 トランプ大統領は再登場後、度々「ガザの戦争をすぐに終わらせる」と宣言してきた。2025年8月には「3週間以内に戦争を終わらせる」と強調し、国際社会の注目を集めた。しかし、その言葉には実効性が伴わなかった。攻撃は続き、死者数は増え、人道危機は悪化し続けている。 イギリスのメディアは、こうした発言を「外交的なポーズ」に過ぎないと冷ややかに報じた。彼の「停戦の仲介者」としての姿勢は、現実の行動と矛盾していたからである。 武器供与の継続という現実 トランプ政権は口では戦争終結を訴えながらも、政策面では逆方向に進んでいた。2025年2月、バイデン前政権が停止していた2,000ポンド爆弾の対イスラエル供与を再開。理由は「既に代金が支払われているから」というものだった。また、同時期には2.5億ドルを超える規模の武器販売を承認し、米国の軍需産業を潤わせた。 この動きは、単なる「契約履行」以上の意味を持つ。すなわち、アメリカの指導者が「人道的責任」よりも「経済的利益」を優先していることを世界に示す結果となったのである。 イギリスに広がる失望感 イギリス人にとって、この矛盾は受け入れがたいものだった。トランプ大統領の言葉に一定の期待を寄せていた人々も多かったからだ。特に、アメリカが本気で武器供与を止めれば、イスラエルの軍事行動を短期間で抑制できるだろうと考える専門家は少なくない。実際、過去にもアメリカが供与を一時停止しただけでイスラエルの作戦が早期に終結した例がある。 だが、今回トランプはそのカードを切らなかった。むしろ「支払済みだから仕方ない」という経済論理を優先させ、武器の流れを止めるどころか拡大すらした。これにより「トランプは他の大統領と同じだ」という失望感がイギリス国内で強まっている。 「普通の男」に過ぎなかったという認識 イギリスの論調でよく見られるのは、トランプが「結局は普通の政治家であり、戦争を利用して利益を得ようとする男だった」という評価だ。彼は就任当初から「反エスタブリッシュメント」「既存政治からの脱却」を強調してきた。しかし今回の姿勢は、そのイメージを大きく損なった。 イギリスでは「アメリカ大統領は誰がなっても結局は軍需産業の利益を優先する」という冷めた見方が広がりつつある。トランプも例外ではなく、国際社会に対して「戦争を止める」と語りながら、その裏で国内経済と政治的利益を守るために武器供与を続けているに過ぎないというのだ。 パレスチナ・アクションと英国政府の二面性 この失望感は、イギリス国内の抗議運動とも結びついている。たとえば「Palestine Action」は、イスラエル軍需産業と関わる企業を標的にした直接行動を展開している。彼らは「イギリスがイスラエルの戦争に加担している」と批判しており、トランプ政権の武器供与継続はその主張を補強する格好となった。 一方で、英国政府はパレスチナへの人道援助を増額している。2025年にはガザへの緊急支援として数千万ポンドを拠出した。しかし同時にイスラエルへの武器輸出ライセンスも継続しており、その矛盾はイギリス国民の間でも批判を呼んでいる。 つまり、アメリカもイギリスも「人道支援」と「軍需協力」を並行して行っており、その二面性がますます浮き彫りになっているのだ。 米英関係と国際的信用の低下 トランプ政権の武器供与継続は、イギリスにとっても間接的な影響を及ぼしている。米英は長年、軍需・諜報・外交面で密接なパートナーシップを築いてきた。そのためアメリカが「戦争を終わらせる」と言いながら武器を送り続ける姿勢は、イギリスの国際的信用にも影響を与えかねない。 イギリス人にとって、これは「自分たちが巻き込まれている」という感覚を強める。自国政府がいくら人道支援を強調しても、アメリカとの連携によって「戦争を助長している側」と見なされるリスクが高まるからである。 結論:トランプへの幻想の崩壊 結局のところ、トランプ大統領は「戦争を止める」と豪語したが、実際には米軍需産業の利益を守り、既存の構造を温存したに過ぎなかった。イギリスから見れば、それは「普通の政治家」以上でも以下でもない。特別なリーダーシップを期待した人々にとって、その現実は冷徹で失望を伴うものだった。 イギリス国民が今回学んだのは、アメリカ大統領が誰であれ「戦争を理由に自国へ利益をもたらす」という構図は変わらないということだ。トランプも、オバマも、バイデンも、結局は同じ回路で動いている。ガザの惨状を前に、イギリス人はその事実を痛感し、よりシニカルな視線でアメリカの言動を見つめるようになっている。

烏合の衆が会社を食い潰す──「置こうなうプレデター」現象の真相

会社の業績が落ちていないにもかかわらず、内部で代表を陥れようとする動きがある。日本でもイギリスでも、そして多くの国で同じようなことが起きている。だが、この現象ほど「会社の未来を台無しにする愚かなムーブメント」はないだろう。なぜなら、その行為は結局、自分たちの首を絞めることになるからだ。この記事では、そんな「置こうなうプレデター」現象について、事例や比喩を交えつつ掘り下げていきたい。 ■ なぜ業績が落ちていないのにトップを潰すのか 普通に考えれば、業績が落ちているならトップに責任を求めるのは自然だ。だが、業績が落ちていない、むしろ成長軌道にあるのに「代表を引きずり下ろせ」と声を上げる人たちがいる。彼らは「もっとよくできるはず」「自分たちのやり方のほうが正しい」と言いながら、会社の成果を軽んじ、トップの手腕を無視する。 心理的に見ると、これは「自分が評価されていないことへの不満」「自分たちが主導権を握りたい欲望」が根底にあることが多い。つまり、組織や業績のためではなく、あくまで自分のための動きである。 ■ 「置こうなうプレデター」の正体 この手の動きを私は「置こうなうプレデター」と呼んでいる。プレデター、つまり捕食者。自分たちの利益のために会社という生態系を食い荒らす存在だ。しかも彼らは必ずしも有能ではない。むしろ「群れで動くことによって強く見えるが、個では弱い」という烏合の衆である。 彼らは「俺たちが会社を支えている」「代表は自分たちがいなければ何もできない」などと口にする。しかし実際には、代表がいるからこそ方向性が示され、顧客からの信用が保たれているケースがほとんどだ。方向性を失った会社は、迷走し、顧客からも市場からも見放されるのがオチである。 ■ イギリスでも同じ現象が起きている 「そんなの日本だけだろ」と思うかもしれない。だが実はイギリスでも同じことが頻発している。イギリス企業では、しばしばCEOが株主や一部の取締役によって追い込まれるケースがある。しかもその多くは、会社が赤字に転落したわけでも、経営が崩壊寸前なわけでもない。ただ単に「彼が気に入らない」「もっと自分たちがコントロールしたい」という理由で、トップが追い落とされる。 だがその結果どうなるか。往々にして会社は短期的な混乱に陥り、長期的な競争力を失う。株価も一時的に下がり、従業員の士気は落ち、優秀な人材が去っていく。まさに「自分で自分の船底に穴を開けている」ようなものだ。 ■ 烏合の衆の危険性 集団で声を上げると、それが正しいことのように見えてしまうのが人間社会の怖さだ。SNSでもそうだが、「みんなが言っている」ことはあたかも真実のように錯覚される。だが実際には、数の多さと正しさは全く別問題だ。 烏合の衆が動き出したとき、彼らは論理や事実ではなく「空気」で物事を進める。結果として合理的な意思決定ができなくなり、会社の屋台骨が崩れる。空気に流されてトップを追い落としたその瞬間から、会社の未来は不確実性に包まれるのだ。 ■ 本当に苦労するのは誰か 一見、代表を追い落とした側が勝利者に見える。だが、長期的に苦労するのは彼ら自身である。なぜなら、代表という「盾」を失った瞬間、外部の圧力や市場の厳しさがダイレクトに彼らに降りかかるからだ。 顧客は「前の代表だから信頼していた」というケースもある。金融機関や取引先も「トップが変わるなら契約を見直す」ということは珍しくない。結果として業績は本当に悪化し、「あれ、代表の時の方がよかったのでは?」という逆説的な状況に陥る。 そして、その時にはもう遅い。内部で権力闘争を繰り返した「置こうなうプレデター」たちは、自分で自分の食い扶持をなくしてしまうのだ。 ■ 伸びている会社に共通すること これまで私が見てきた「伸びている会社」には、一つの共通点がある。それは内部で代表を足の引っ張り合いの対象にしていないということだ。もちろん、代表が絶対権力を持ちすぎても健全ではない。だが、少なくとも「代表が育てた方向性やブランドを社員が共有し、外部に対して一枚岩で動く」ことができている。 逆に「代表を引きずり下ろせ」という動きが強まる会社で、成長しているところを見たことがない。短期的に変化があっても、長期的には停滞か衰退に向かう。これは歴史的に見ても明らかだ。 ■ まとめ──「置こうなうプレデター」への警鐘 業績が落ちていないのに代表を追い込む。それは愚かであり、将来的に自分たちを苦しめるブーメラン行為である。日本でもイギリスでも、結末は同じ。会社は迷走し、社員は疲弊し、結局はプレデターたち自身が食い潰される。 組織の未来を本当に考えるならば、代表を陥れることではなく、代表とともにどう成長するかを模索すべきだ。烏合の衆がプレデターと化す前に、自分たちの行動が会社にとって何を意味するのかを冷静に見つめ直す必要があるだろう。 そして最後にもう一度言いたい── 「そんな会社で伸びている会社なんて、見たことがない」。

AIの脅威とIT業界の現在地:10年前との時給比較から見える未来

1. 10年前と現在の「フリーランスIT時給」比較 10年前(2015年前後) 現在(2025年) つまり、£250/h級の案件は極めてレアになっており、ほとんどが特化分野(AI、ブロックチェーン、超大規模システムのコンサルティングなど)に限られています。 2. なぜここまで変化したのか? (1) AIによる代替 ChatGPTに代表される生成AIは、コード生成・デバッグ・設計補助までカバーしつつあります。従来は「人間しかできなかった」部分がAIで自動化され、初級〜中級レベルのプログラマー需要は明らかに減少。 (2) 競争の激化 プラットフォーム(Upwork、Freelancer、Fiverrなど)が普及し、世界中の開発者が案件を奪い合う状況に。結果として、相場は「グローバル標準」に収束し、先進国の開発者のプレミアムが薄れました。 (3) クライアントの成熟 10年前は「アプリを作りたいから高額でも払う」企業が多かったですが、現在は発注側もリテラシーが高まり「適正価格で品質を担保する」ことを重視。結果、無駄に高額な案件は減少しました。 3. 現在の市場データ 最新の各種調査から、現在のイギリスにおけるフリーランスIT時給をまとめると次の通りです。 これらを見ると、「£40〜60/hが相場、£100/hを超えると高単価」というのが現実的なラインです。 4. 「AI時代のITキャリア」の生存戦略 では、エンジニアはどう生き残ればよいのでしょうか? ここからは実践的なキャリア戦略を提示します。 (1) AIを味方にする AIに仕事を奪われるのではなく、AIを使って生産性を爆発的に高める。「AIを使えるエンジニア」は、今後も価値を維持できます。特にAI活用+人間の創造力の組み合わせは、代替が難しい領域です。 (2) 上流工程へのシフト 要件定義、アーキテクチャ設計、クライアント折衝といった「人間的判断力」が必要な工程は、今後もAIでは代替困難。ここにキャリアをシフトすることが賢明です。 (3) 特化分野で「希少性」を持つ ブロックチェーン、量子計算、セキュリティ、AI倫理といった先端領域は、まだ人材不足。「他に代わりがいないスキル」を持てば、再び高額案件を狙うことが可能です。 (4) グローバル市場を意識する 英語を武器にすれば、依然として米国・欧州の高単価案件にアクセス可能。物価や生活費の差を逆手に取り、「場所に縛られない働き方」を実現すれば、報酬の最大化が狙えます。 5. これから10年でどうなる? つまり、今後のキャリアは「平均的プログラマー」でいる限りは厳しいですが、「AIを活用する専門家」「唯一無二の強みを持つ人材」になれば、£250/hクラスの復活も十分にあり得ます。 結論 10年前、£250/hで稼いでいたエンジニアが、今は£40–60/hが相場というのはショッキングな変化に見えるかもしれません。しかし、これは「仕事がなくなった」というよりも「基礎的な作業がコモディティ化した」結果に過ぎません。むしろ、AI時代は「人間にしかできない領域」がより価値を持つ時代です。 今からでも遅くありません。AIを恐れるのではなく、味方につける。自分の専門性を磨き、上流・新領域に進出する。そのとき、再び「高単価フリーランス」の座は手に入るでしょう。

グローバル化とイギリス ― 栄光の海洋国家から「境界なき島国」へ

栄光の海から始まった物語 イギリスという国を語るとき、多くの人はまず「大英帝国」の輝かしい歴史を思い浮かべるだろう。七つの海を制し、「太陽の沈まぬ国」と称された時代、イギリスは世界の貿易網の中心であり、ロンドンは地球規模の金融の心臓部だった。だが、その栄光は永遠ではなかった。産業革命後の先行優位はやがて薄れ、20世紀には帝国は縮小の一途を辿った。戦争、植民地の独立、そして国内市場の飽和。こうした流れの中で、イギリス資本主義は新たな活路を求めざるを得なくなった。 このとき、イギリスを含む先進国の経済戦略として浮上したのが「グローバル化」だった。 グローバル化はなぜ始まったのか グローバル化を単なる「国境を越えた交流の拡大」と捉えるのは表層的だ。イギリス人の視点から見れば、それはもっと切実な経済的必要から生まれた。 国内市場は成熟し、人口増加も鈍化していた。産業の生産能力は国内需要をはるかに上回り、企業は余剰をさばく場を求めた。かつての植民地市場を失った後、残された道は「他国の市場で自由に商売を行うこと」。これを実現するため、関税障壁の撤廃、資本移動の自由化、外国投資の促進といった政策が推進された。 イギリスにとってグローバル化は、理念や理想から生まれたというより、経済的な生存戦略だったのだ。 文化と人材の流入 ― 予想外の副作用 グローバル化は経済の境界線だけでなく、人の移動にも波及した。企業は安価で多様な労働力を求め、移民政策は緩和された。元植民地やEU諸国からの移民が急増し、ロンドンの街角では数十か国の言語が飛び交うようになった。 表面的には「多様性の祝祭」に見える光景だが、その裏には深刻な変化が潜んでいた。地域コミュニティは分断され、共通の価値観や文化的基盤が揺らいだ。クリスマスや王室行事といった「英国らしい」伝統は形骸化し、街の店先からは昔ながらの紅茶専門店が姿を消し、代わりに世界各地の料理やチェーン店が並ぶようになった。 かつて「イギリスらしさ」を支えていたのは、歴史的連続性と文化的同質性だった。しかし、グローバル化はそれを少しずつ削り取っていった。 ボーダーレス化する島国 イギリスは物理的には島国だが、現代の経済と社会の構造においては「境界」をほとんど持たない国になった。EU加盟時代には、人・物・資本がほぼ自由に往来し、国境検問は形骸化。ブレグジット後も、完全な国境復活は現実的でなく、多くの企業や大学は国際的な人材と取引に依存し続けている。 ボーダーレス化は経済的な利点をもたらした一方で、国家という「共同体の枠組み」を曖昧にした。アイデンティティの揺らぎは、政治的分断やナショナリズムの再燃を招き、EU離脱をめぐる国民投票の混乱はその象徴と言える。 経済的成功と文化的喪失のトレードオフ グローバル化によってイギリスは再び世界経済の主要プレーヤーとしての地位を一定程度回復した。ロンドンは依然として国際金融の中枢であり、ITやクリエイティブ産業でも存在感を放っている。しかし、その代償は大きかった。 こうした変化は、経済統計には表れにくい。GDPは増えても、人々が「イギリスらしさ」を感じられなくなっている現実は深刻だ。 イギリス人が抱く複雑な感情 興味深いのは、多くのイギリス人がグローバル化の利点と欠点を同時に理解していることだ。国際的なキャリアや文化的多様性を享受しつつも、ふとした瞬間に「昔のイギリスはもっと落ち着いていて、自分たちらしかった」と懐かしむ。 これは単なるノスタルジアではない。文化的同質性が薄れることで、社会的信頼や日常的な安心感が減退する現象は、社会学的にも確認されている。つまり、グローバル化の進行は、経済だけでなく人々の心理や生活感覚にも影響を与えているのだ。 日本への警鐘 イギリスの歩みは、島国である日本にとって他人事ではない。少子高齢化による国内市場の縮小、労働力不足、国際競争の激化。これらの課題に直面した日本も、今後ますます外国人労働者や海外市場に依存する可能性が高い。 しかし、イギリスの経験が示すのは、単に経済合理性だけでグローバル化を進めると、自国の文化的基盤が失われるという事実だ。日本独自の生活様式や価値観は、一度失えば二度と完全には取り戻せない。伝統文化を守りつつ、経済的にも世界と繋がる道を模索する必要がある。 境界線の再定義 現代のグローバル化は、「境界を消す」ことに重きが置かれがちだ。しかし、国や地域が本来持っていた境界線には、単なる障壁ではなく、人々の結びつきや文化的アイデンティティを守る役割もあった。イギリスはそれを手放し、今、失ったものの大きさを実感し始めている。 日本が同じ道を歩むかどうかは、これからの選択にかかっている。経済的な開放と文化的な自立を両立させること――それこそが、21世紀の島国に求められる最も難しい課題だろう。

インドとビジネスをする際に英国人が知っておくべき現実 〜経験者が語る「驚かない力」の重要性〜

筆者がインドと最初に本格的なビジネスを始めたのは2012年。ロンドンで金融系のITソリューションを提供する中小企業を経営しており、当時の課題は「優秀なエンジニアを確保しながらコストを抑える」ことだった。そこで登場したのがバンガロールの開発会社。英語が通じ、理数系に強い人材が豊富、さらに賃金も抑えられるという“理想の外注先”のように見えた。 だが、現実はカタログ通りにはいかなかった。 時間にルーズ、それは「文化」なのか「戦略」なのか 初回のZoomミーティング。時刻はロンドン時間で朝9時、インド時間で午後1時30分の予定だった。しかし相手が現れたのは午後2時15分。「少し渋滞がありまして」と笑顔で画面に現れた技術責任者を、こちらは開いた口がふさがらないまま見つめていた。 これが偶発的な出来事なら良い。だが、その後もほぼ毎回「10分遅れ」が“デフォルト”となり、30分遅れでも特に詫びの言葉がない。「時間に正確な方が無礼」という感覚さえあるのではないかと感じるようになった。 後にデリーで別の経営者と会食した際、率直にこの疑問をぶつけてみた。すると返ってきたのはこんな言葉だった。 「イギリス人は“時間に間に合う”ことに価値を置く。でもインドでは“会うに値するか”の方が重要なんですよ。」 なるほど。時間ではなく、関係性が主導権を持つ文化なのだ。 投資には超慎重、「検討します」は8割がNO 次に感じたのは、意思決定の遅さと投資への慎重さだ。 新たな機能開発のため、我々が提案した共同出資モデルを先方に持ちかけたときのこと。ROI、スケジュール、契約条件…あらゆる要素を透明化して提示したが、返ってきたのは「興味はあります」「社内で検討してまた連絡します」の繰り返し。 結果として、4ヶ月経っても意思決定は出なかった。後日、元関係者からこっそり聞いた話では、「損する可能性が1%でもあるなら、上層部はハンコを押さない」とのことだった。 英国では「まずやってみて、ダメなら修正する」が文化だが、インドでは「完璧に読めるまでは動かない」が鉄則のようだ。市場が急変する環境ではそれも一つの正解だが、スピード重視の欧州勢とは戦略が根本的に異なる。 真実は一つじゃない? “柔軟な事実観”と向き合うスキル とある案件で、納期に大きく遅延が出たにもかかわらず、現地担当者からは「すでに完了報告を出しました」との連絡が入った。実際の進捗を確認すると、7割程度の完成度。報告内容と実態が食い違っていた。 指摘すると「我々の定義では完成です」と返ってきた。この一件で理解したのは、インドにおける“事実”とは、交渉可能な領域であるということだ。悪意ではなく、むしろ関係性を守るための“方便”として使われる場面が多い。 我々が「虚偽報告」と感じることも、インド側からすると「相手を安心させるための配慮」だったりする。事実そのものよりも、“どう相手が受け取るか”が重要視される世界である。 【実例】航空事故でも「驚かない」イギリス人たち 最近、インド航空の機体が技術トラブルにより緊急着陸を余儀なくされたというニュースがあった。現地では大きな話題になったが、ロンドンのビジネス仲間たちの反応は実にドライだった。 「驚かないよ。どうせ『整備は万全でした、責任は部品メーカーにあります』で終わるさ。」 それが良い悪いではなく、「責任を個別に問うより、全体を包む」アプローチが取られるのがインド的なのだ。問題の本質はシステム全体にあるとする姿勢は、責任逃れとも取れるが、ある意味で集団社会の知恵とも言える。 結論:驚かず、焦らず、相手の文脈を理解せよ インドとビジネスをする際、イギリス流の「時間厳守」「論理優先」「契約絶対」の三種の神器は、しばしば通用しない。だからといって相手を責めても何も変わらない。重要なのは、「違う」という事実を認め、それにどう対応するかだ。 インドと付き合うには、“驚かない力”と“信じすぎない賢さ”が必要だ。 それはリスクを減らすための警戒心ではなく、より良いパートナーシップを築くための現実的な視野である。英国人である私にとって、それは忍耐の訓練であり、同時に文化の幅を広げる貴重な機会でもあった。 異なる文化と付き合うことは、思ったより大変だが、思った以上に学びがある。今もインドのチームと仕事を続けているが、最近では15分遅れても、私はもう時計を見ない。

日本のマッサージ文化はなぜイギリスで流行るのか― 未開拓の市場における大きなビジネスチャンス ―

現代社会において、ストレスは私たちの日常に深く根付いています。特に欧米諸国では働き方の変化や都市化の進行により、心身ともに疲労を抱える人が増えています。そんな中、日本のマッサージ文化は、まだ広く認知されていないイギリスという市場において、次なる「健康ビジネス」の旗手として注目される可能性を秘めています。 1. イギリスのマッサージ事情 ―「癒し」は不足している イギリスにももちろんマッサージ業は存在しますが、その多くは医療的な理学療法に寄ったサービスであったり、ラグジュアリースパの一環として提供されるものであり、日常的な「気軽な癒し」としてのマッサージ文化は根付いていません。 都市部にはスポーツマッサージやオイルトリートメントを提供する店舗が点在していますが、日本のように「10分から受けられる肩こり対策」「駅ナカや商業施設内の気軽なマッサージ屋さん」といった、生活の一部としてのマッサージ店は非常に少ないのが現状です。 このギャップこそが、日本式マッサージの参入による大きなビジネスチャンスなのです。 2. 日本式マッサージの特徴 ―「手技の質」と「気遣い」 ◎ 高度な技術力 日本のマッサージは「もみほぐし」や「あん摩」「指圧」など、手技療法を重視する文化が根付いています。指先から伝わる繊細な圧力の変化、凝りを的確に捉える職人技は、海外から訪れる旅行者にも「まるで魔法のようだ」と評されるほどです。 さらに、多くのセラピストが専門学校などで解剖学や東洋医学の知識を学んでいるため、単なるリラクゼーションを超えた「身体機能の回復」を目的としたサービスが可能になります。 ◎ ホスピタリティの高さ 日本のマッサージ屋では、「いらっしゃいませ」から始まる丁寧な接客、施術後のお茶サービス、個室での静かな空間設計など、「心の癒し」にも重きを置いています。 この細やかな配慮は、欧米ではまだ珍しいとされており、「日本式のサービス」そのものがブランド価値を持ち得ます。 3. イギリス人のライフスタイルと日本式マッサージの相性 ◎ デスクワーク中心の社会 ロンドンをはじめとする都市部では、デジタル業界、金融業界を中心に、長時間のPC作業に従事する人が増えています。肩こり、首のこり、眼精疲労、腰痛など、身体に負担がかかる姿勢が慢性的に続くため、これらを緩和するニーズは非常に高いです。 このような身体症状に対して、日本のマッサージは高い効果を発揮します。単なる「リラクゼーション」ではなく、「不調の原因を見極めて施術する」点が、イギリスの既存サービスとの差別化ポイントになります。 ◎ メンタルヘルスへの関心の高まり イギリスではメンタルヘルスへの関心が年々高まっており、うつ病や不安障害の予防策としての「セルフケア」の需要が拡大しています。ここで注目されているのが「身体と心のつながり」。マッサージは血流を促進し、副交感神経を刺激することでリラックス効果が得られ、メンタルの安定にも寄与することがわかってきています。 これらの背景からも、日本式マッサージは「心身のケア」を提供できる手段として、非常に相性が良いと言えるのです。 4. 展開モデルと成功のポイント ◎ モデル1:駅近・商業施設内での「気軽なもみほぐし店」 最も日本的なモデルが、短時間・低価格・高回転を軸としたもみほぐし店舗です。ロンドンのような通勤客の多いエリアやショッピングモール内に出店すれば、「ちょっとした空き時間で体をほぐしたい」というニーズをつかむことができます。 このモデルでは、1回20分~40分程度、価格帯は£25~£50程度に設定し、現地価格よりもややお得感のある価格帯で展開することで差別化を図れます。 ◎ モデル2:在英日本人・アジア人向けの専門店 日本人・韓国人・中国人を中心とした在英アジア人コミュニティは、身体的ケアに対して日本的な感性を持っている人が多く、日本式マッサージへの親和性も高いです。そうしたエリア(例:ロンドンのEalingやActon)に特化した出店戦略も有効です。 ◎ モデル3:高級志向の「和」コンセプトスパ 日本らしさを前面に打ち出した「和風スパ」も人気が出る可能性があります。木材を基調とした空間、静かな音楽、抹茶のウェルカムドリンクなど、日本文化を包括的に体験できる施設として展開することで、富裕層の関心を引くことができます。 5. 現地で成功するための留意点 ◎ ライセンスと規制 イギリスではマッサージ業を営むために地方自治体ごとに登録やライセンスが必要になるケースがあります。事前に自治体の規定を調査し、適切な手続きを踏むことが重要です。 ◎ セラピストのビザと研修 現地で日本人スタッフを採用する場合、労働ビザの取得や就労条件の整理が必要です。一方で、現地スタッフに日本式の手技を指導することで、現地人材を活用することも可能になります。 研修プログラムを体系化し、「Japan Quality」のマッサージが誰でも施術できるようにすることで、スケーラビリティを持たせることができます。 ◎ SNSや口コミを活用したマーケティング 現地でブランドを浸透させるためには、SNS(特にInstagram、TikTok)を活用したプロモーションや、Googleレビュー、Yelpなどでの評価管理が不可欠です。「日本式マッサージとは何か」を丁寧に伝える努力が、差別化のカギとなります。 6. すでに成功している日本式マッサージの事例 …
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「Made in Japan」はなぜブランド力を失ったのか?〜イギリス市場に学ぶ日本企業への提言〜

かつて「Made in Japan」といえば、世界中で信頼と品質の象徴として名を馳せていました。家電、自動車、カメラ、時計、電子機器――そのどれもが「日本製だからこそ安心できる」「長く使える」と評価され、プレミアムな選択肢として認知されていた時代が確かに存在しました。 しかし、近年のヨーロッパ市場、特にイギリスにおいて、その神話は徐々に崩れ始めているようです。今、イギリスの消費者が熱視線を送っているのは「韓国製」。SamsungやLG、HyundaiやKiaといった韓国メーカーが存在感を強める中、日本企業の影は薄れつつあるのが現実です。 ではなぜ、かつて世界を席巻した日本ブランドがこのような状況に陥ってしまったのでしょうか? そして、日本企業が再び国際的な競争力を取り戻すには、何が必要なのでしょうか? 本稿では、イギリス市場の実情をもとに、韓国企業の成功要因を分析しながら、日本企業が進むべき道について具体的なアドバイスを提示していきます。 1. 「韓国製」躍進のリアル:イギリスで何が起きているのか? ロンドン市内の家電量販店に足を運ぶと、その風景は一昔前とは様変わりしています。テレビ売り場の目立つ位置にはSamsungやLGの最新モデルが並び、スマートフォンはGalaxyシリーズが若年層に人気。冷蔵庫や洗濯機も韓国ブランドが多く、まるで「韓国一色」といった印象すら受けます。 自動車業界でも同様の現象が起きています。HyundaiやKiaは、欧州市場向けにデザインを最適化し、「スタイリッシュかつコスパが高い」として幅広い層から支持を獲得しています。一方、日本車は「信頼できるが地味」というイメージが強く、購入動機としての魅力を失いつつあるのです。 2. 日本ブランドはなぜ力を失ったのか?4つの主要要因 (1) グローバルマーケティング力の差 韓国企業の特徴の一つは、グローバル市場への積極的な「情報投資」です。Samsungはイギリス国内でサッカーイベントのスポンサーを務め、音楽フェスに出資し、若年層のライフスタイルの一部として自然に浸透しています。 一方、日本企業は海外市場において保守的なマーケティング姿勢が目立ちます。優れた製品を作れば売れるという「製品志向」が根強く、消費者の心をつかむ「ブランド体験」の設計が後回しになってしまっているのです。 (2) デザインとUXへの意識差 イギリスの消費者は、機能性だけでなく「使っていて楽しい」「持っていてカッコいい」といった感性も重視します。韓国製品はこの点において非常に敏感で、デザイン部門に大胆な投資を行い、世界的に有名なデザイナーとのコラボも積極的です。 日本製品はどうでしょうか。高機能で耐久性は抜群でも、「無難」「昔っぽい」と評価されることが多く、特にZ世代・ミレニアル世代にとっては選択肢の外に置かれがちです。 (3) 価格競争力の戦略性 同等のスペックで比較したとき、韓国製品の方が「価格に見合った価値」を提示するのが上手です。単なる安さではなく、「合理的な価格で満足できる」という感覚に訴えかけています。 日本製品は「高品質=高価格」という公式に頼りすぎており、結果として「コスパが悪い」という評価につながってしまっています。 (4) イメージの陳腐化と進化の停滞 「日本製=昭和・平成の技術大国」という過去の栄光が、今や逆に「古い国」「アップデートされていないブランド」という印象につながっていることもあります。先進性を見せる努力を怠れば、たとえ実際に革新的な技術を開発していても、市場には届きません。 3. 韓国企業に学ぶ成功モデル 韓国企業は単に「安くて便利」な製品を作っているわけではありません。彼らが成功した本質的な理由は、以下の3つに集約されます: これらの要素は、いずれも単なる製品開発や広告戦略の枠を超えた、企業文化の変革に関わるものです。 4. 日本企業が今すぐ取り組むべき戦略とは? では、日本企業が「Made in Japan」の価値を再び高め、世界市場での競争力を取り戻すためには、どのような戦略をとるべきなのでしょうか。以下に具体的な提言を示します。 (1) マーケティング人材の国際化と権限強化 海外市場におけるマーケティング責任者に、もっと裁量を与えるべきです。日本本社からの一律の戦略指示では、現地のニーズや感覚に即応することはできません。現地で意思決定できる仕組みと、その国の文化・消費者を理解した人材登用が鍵となります。 (2) デザインシフト:機能美から感性美へ 「壊れにくい」「正確である」だけでは消費者の心は動きません。韓国企業のように、視覚的魅力や感性に訴える要素を製品に組み込むこと。デザイン部門の地位向上と、外部との協業も視野に入れるべきです。 (3) 「物語性のある商品開発」とブランディング たとえば、環境配慮・職人技・サステナビリティなど、日本の強みを生かしたストーリーを明確に伝える努力が求められます。ただ「良い製品です」と言うのではなく、「なぜそれが生まれたのか」「誰が、どのような哲学で作っているのか」を世界に発信すべきです。 (4) Z世代・ミレニアル世代へのアプローチ強化 これからの市場を担う若い世代は、「スマートで手軽で、かつ自分の価値観に合っているか」で商品を選びます。SNS戦略の強化、インフルエンサーとの連携、ポップカルチャーへの積極的な関与が求められます。 5. 「高品質」だけでは生き残れない時代へ 日本製品が劣っているわけでは決してありません。むしろ、その精密さや耐久性、信頼性は今でも世界トップレベルです。しかし、「品質の良さ」だけでは、もはやブランドとしての価値を生み出す時代ではありません。 ブランドとは、「意味」と「感情」で選ばれる存在です。そこには「誰に、何を、どう伝えるか」というマーケティングの力と、「時代に合った価値」を体現する感性が不可欠です。 6. おわりに:再び「憧れの日本」へ …
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英ブリティッシュ・スチール、政府による緊急管理下に:深刻な経営難と国内産業の危機

イギリスの主要鉄鋼メーカーであるブリティッシュ・スチール(British Steel)が、深刻な経営難に直面しています。政府はこの状況に対処するため、イースター休会中にもかかわらず特別議会を招集し、同社を緊急管理下に置く決定を下しました。この措置は、1982年のフォークランド戦争以来初となる異例の対応であり、国内産業の根幹を守るという政府の強い意思を示すものです。 ■ 3,500人の雇用が危機に直面 政府の介入が決定された最大の理由の一つが、スカンソープ工場の将来に関わる人々の生活です。同工場には約3,500人の従業員が働いており、そのうち2,000人以上はブリティッシュ・スチールによる直接雇用です。地域経済に与える影響も大きく、このまま事態が悪化すれば、失業者の急増や周辺企業の連鎖倒産も懸念されます。 ■ 経営難の背景:中国資本と損失の拡大 ブリティッシュ・スチールは現在、**中国の景業集団(Jingye Group)の傘下にあります。同社は1日あたり約70万ポンド(約1億2,000万円)**の損失を出しているとされており、経営の持続可能性は限界を迎えていました。 一因として挙げられるのが、環境負荷の高い高炉方式を依然として採用している点です。政府と企業側の間では、より環境に優しい製鋼プロセス(特に電気炉方式)への移行に向けた資金提供の交渉が続けられてきましたが、合意には至らず、問題はさらに深刻化しました。 ■ 緊急法案により政府が直接統制 キア・スターマー首相の主導により、イースター休会中にもかかわらず特別議会が開かれ、緊急法案が可決されました。これにより、政府は以下のような領域で直接的な管理権限を持つこととなります。 政府の介入はあくまで一時的措置とされていますが、完全な国有化の可能性も否定されていません。ビジネス大臣のジョナサン・レイノルズ氏は、「今日行動を起こさなければ、より望ましい結果を検討することすらできなくなる」と述べ、時間との戦いであることを強調しました。 ■ スカンソープ高炉の閉鎖でG7唯一の製鋼能力喪失の可能性 スカンソープの高炉は、鉄鉱石から新たな鋼材を生産できる国内唯一の設備です。この設備が停止すれば、イギリスはG7諸国で唯一、鉄鉱石から鋼を生産できない国となってしまいます。 これは国防産業や建設、エネルギーインフラなど幅広い分野に影響を及ぼす恐れがあり、国際競争力の低下にもつながる重大な事態です。 ■ 鉄鋼業界への支援と今後の産業戦略 政府はすでに、鉄鋼業界に対して25億ポンド規模の支援枠を確保しており、2025年春には新たな国家産業戦略の発表も予定されています。これには、カーボンニュートラルへの移行支援やサプライチェーンの国内回帰、再教育プログラムの整備などが盛り込まれる見込みです。 ■ 他の鉄鋼メーカーも試練に直面 ブリティッシュ・スチールの問題は氷山の一角にすぎません。例えば、もう一つの大手企業であるタタ・スチール(Tata Steel)も、ポート・タルボット工場にて高炉から電気炉への移行を進めていますが、その稼働は2027年末以降と見込まれています。 この移行に伴い、約3,000人の雇用が削減されるとの報道もあり、すでに労働組合や地域住民からの強い反発を招いています。今後、電気炉技術の導入コストや、エネルギー供給体制の整備が遅れれば、タタ・スチールにおいても経営難に陥る可能性があります。 ■ 今後も続く可能性のある「大型倒産」 今回のブリティッシュ・スチールの件は、イギリス産業界における構造的な脆弱性を露呈したとも言えます。特に以下のような要因が、他業界にも倒産リスクを広げています。 特に鉄鋼業界と同様に、重工業・化学・造船・自動車部品製造などは厳しい局面にあります。政府の支援が届かない、あるいは移行のスピードに追いつけない企業が、今後連鎖的に経営破綻する可能性も否定できません。 ■ 産業界と労働組合、政府に期待を寄せる こうした状況の中で、業界団体や労働組合は今回の政府の対応を概ね歓迎しています。英国鉄鋼労組(Community Union)の幹部は、「これは単なる応急処置ではなく、産業の未来を守る決意の表れだ」と述べ、ブリティッシュ・スチールの再生と国内産業の再構築に期待を寄せました。 今後の焦点は、政府の介入が一時的なものにとどまらず、長期的な再建計画と産業構造の転換へと結びつくかどうかにかかっています。 ■ まとめ:危機をチャンスに変えるか否かの岐路 ブリティッシュ・スチールの経営危機と政府の介入は、イギリスの重工業全体に警鐘を鳴らす出来事となりました。単なる一企業の問題ではなく、国の製造業の方向性そのものを問うものです。 この危機が、持続可能かつ競争力のある産業へと生まれ変わる契機となるか、それともさらなる大型倒産の連鎖へとつながるのか。今後数年が、イギリス製造業の未来を左右する極めて重要な時期となるでしょう。

イギリスにコンビニがない本当の理由──文化・制度・生活様式から読み解く「不在の必然」

日本では全国どこでも、都市でも田舎でも、少し歩けば必ず見つかる“コンビニ”。おにぎりや弁当、ドリンク、スイーツなどの食品から日用品、さらには公共料金の支払い、宅配便の受け取り、チケット発券までこなす、現代社会のライフラインともいえる存在です。しかし、世界中を見渡してみると、この“なんでも屋”的な日本型コンビニがそのまま輸出されている国は驚くほど少なく、とくにイギリスでは「コンビニ文化」とは根本的に異なる流通・生活スタイルが根付いています。 この記事では、「なぜイギリスにはコンビニがないのか?」という疑問を深掘りし、その背景にある社会構造や文化的価値観、経済的な要因、そしてコンビニを導入しようとした場合に想定される障害についても掘り下げていきます。 1. すでに“それっぽい”店がある──Tesco ExpressやSainsbury’s Localの存在 まず「コンビニがない」と言っても、まったく類似の業態が存在しないわけではありません。イギリスにはTesco Express(テスコ・エクスプレス)やSainsbury’s Local(セインズベリーズ・ローカル)、Co-op Foodといった、いわゆる“小型スーパーマーケット”が都市部を中心に広く展開しています。これらは店舗の面積こそコンビニサイズに近く、飲み物やスナック、パンやサラダ、冷蔵・冷凍食品、さらには洗剤やトイレットペーパーなどの日用品まで揃っており、日本のコンビニと見た目や品揃えは似ています。 しかし、これらはあくまで**「縮小版のスーパーマーケット」**という位置付けであり、日本のようにサービスの多機能化は進んでいません。公共料金の支払い、宅配便の取り扱い、チケットの購入、ATM機能などの“暮らしの支援機能”は基本的に提供されておらず、あくまで“軽い買い物をする場所”という認識が一般的です。 この違いは単にサービスの数の問題ではなく、「店舗とは何をする場所なのか?」という価値観の差に根ざしています。 2. 24時間営業文化の欠如──「夜は休むもの」という国民性 日本のコンビニといえば、24時間年中無休。深夜の帰宅時でも、早朝の出勤前でも、ふらっと立ち寄れる利便性が最大の魅力です。しかし、イギリスではこの“24時間営業”がほとんど存在しません。 これは単なる経営方針の問題ではなく、イギリス社会全体の労働観と生活リズムに深く関係しています。イギリスでは「夜は家で休むもの」「働きすぎは良くない」という考えが一般的で、労働法制も比較的厳しく、夜勤労働を常態化することに対して社会的な抵抗感があります。実際、ヨーロッパ全体では過剰な営業時間を制限する動きが強く、「24時間営業」は効率ではなく“ブラック”と捉えられる傾向にあります。 また、深夜に出歩くこと自体が日本ほど一般的ではなく、防犯面の不安もあるため、「夜でも気軽に立ち寄れる店」というニーズそのものが存在しにくいのです。 3. 地理と住宅事情──「駅前文化」の欠如 日本では都市構造の特性上、鉄道の駅周辺に商業施設が密集し、その周囲に人が暮らす「駅前文化」が発達しています。多くの人が徒歩で移動し、仕事帰りや学校帰りに「ちょっと立ち寄る」買い物スタイルが定着しています。 一方、イギリスでは都市部を除けば、人々は車移動が基本であり、住宅地は郊外に広がり、駅前に人が密集するような構造は少ないのが現状です。駅を利用するのも通勤者の一部であり、徒歩圏内に多数の人が行き交うエリアというのは非常に限られています。 そのため、「ふらっと立ち寄れるコンビニがあると便利」という需要自体が、日本ほど強くないのです。 4. ネットスーパーと宅配文化の浸透 イギリスでは、ネットスーパーやフードデリバリーのインフラが非常に発達しています。特に**Ocado(オカド)**というオンライン専業のスーパーマーケットは業界の先駆けであり、注文から数時間〜翌日にかけて商品を自宅まで届けてくれます。 さらに、DeliverooやUber Eatsといったフードデリバリーアプリが日常化しており、レストランやカフェだけでなく、スーパーの商品まで配達してくれるサービスも一般化しています。 つまり、「買い物に行く」という物理的な行動の必要性そのものが薄れており、“コンビニに行く”必要がない社会構造が出来上がっているのです。 5. 買い物スタイルの文化的違い──“まとめ買い vs ついで買い” 日本の買い物スタイルは、仕事帰りに晩ご飯のおかずを買ったり、コンビニでちょっとしたスナックやドリンクを買ったりと、「こまめに・必要な分だけ」買うのが主流です。そのため、コンビニのような小型店舗が高頻度で利用され、成り立つ市場があります。 しかしイギリスでは、週末に大型スーパーで一週間分をまとめ買いし、冷凍保存するのが一般的です。冷蔵庫や冷凍庫も大型で、車で大量に買い込むスタイルが根付いています。 この「まとめて買う」という前提の文化では、「毎日立ち寄る店舗」の必要性が低く、コンビニの存在意義が薄れてしまうのです。 6. 商業規制・労働法の違い──小売店の制約 イギリスでは、日本に比べて商業施設の立地や営業時間に対する規制が多く、たとえば日曜日の営業時間規制が代表例です。大型店舗は日曜の営業が制限されており、午後から数時間しか開けられない場合もあります。 また、従業員の働き方に対しても法律上の制約が強く、長時間労働や深夜勤務を継続的に行うには厳しいハードルがあります。コンビニのように、少人数で24時間体制を回すスタイルは、人件費・制度面・倫理面すべてにおいて負担が大きいのです。 7. コンビニが“進出できない”理由──もし作ろうとしても… 仮に日本型のコンビニをイギリスに持ち込んだとしても、いくつかの大きな壁があります。 ■ 採算性の問題 上述の通り、夜間営業・高頻度利用のニーズがそもそも少ないため、日本と同じビジネスモデルでは採算が合わない可能性が高いです。日本では「一日数百人」が立ち寄る前提で成り立っているビジネスが、イギリスでは1/3以下になる恐れがあります。 ■ 人件費・維持コストの高さ 最低賃金が高く、しかも夜間勤務に追加報酬が必要な国では、コンビニが成立するためにはかなりの売上高が必要です。人件費を削ろうとすると労働組合や社会の反発が強くなります。 ■ 顧客行動の壁 そもそも人々の行動様式が「出かけて買う」よりも「配達してもらう」方向にシフトしている以上、新たな店舗型業態を開拓するのは簡単ではありません。 結論:コンビニが「存在しない」のではなく「必要とされていない」 以上のように、イギリスにコンビニが根付かないのは単なる未導入や経済の問題ではなく、文化・社会構造・制度の複合的な違いに起因しています。 イギリスにはTesco Expressのような“それっぽい店”は存在しますが、それ以上の多機能性や24時間営業を求める社会的なニーズが希薄である以上、日本型コンビニをそのまま導入しても受け入れられる余地は限定的です。 …
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イギリスのオンラインビジネスに潜む落とし穴

~正直者が馬鹿を見る?海外でビジネスをするリスクと現実~ はじめに グローバル化が進み、インターネットの普及によって、国境を超えたビジネスが簡単にできるようになりました。特にオンラインビジネスは、在庫を持たずにドロップシッピングや輸出入を行えるなど、参入のハードルが低く、多くの起業家が海外市場に目を向けています。しかしながら、「日本と同じ感覚」で海外ビジネス、特にイギリス市場に挑もうとするのは非常に危険です。なぜなら、そこには日本では想像もつかない落とし穴がいくつも存在しているからです。今回は、実際にイギリスでオンラインビジネスを展開している経験をもとに、日本人が知らないイギリスの「商慣習」と「闇」を暴いていきます。 1. 「正直が美徳」は日本限定? 日本では、「お客様は神様」「信頼第一」「正直であること」がビジネスの基本であり、顧客との信頼関係が何よりも重要とされています。荷物が遅れれば謝罪し、商品に少しでも不備があれば返金や交換を迅速に行う。こういった対応は、日本では「当然」とされていますが、イギリスでは事情がまったく異なります。イギリスでは、「自己主張が強い者が得をする」という文化が根強く、特にオンラインでの買い物においては、消費者が「システムの隙を突く」ような行為が日常的に行われています。 2. 届いているのに「届いていない」と言う人たち オンラインショップ運営者にとって、最も頭を抱えるクレームのひとつが「荷物が届いていない」というものです。驚くべきことに、イギリスでは実際に商品が配達されていても、「届いていない」と虚偽の申告をして返金や再配送を要求する消費者が少なくありません。とくに小型商品(例えばアクセサリーや雑貨など)や追跡番号のない配送方法を選んだ場合、証拠が残らないため「言った者勝ち」になってしまうことが多いのです。多くのイギリス人は「とりあえず届かなかったと伝えておけば返金される」ということを知っており、罪悪感すら感じていないケースも多いです。 3. 「損傷していた」と虚偽のクレーム もうひとつ多いのが、「商品が損傷していた」「壊れていた」というクレームです。実際に配送途中で破損するケースももちろんありますが、実物を見ると「どこが?」と思うような軽微なキズや、明らかに使用済みで返送してくるケースなども見受けられます。中には、使った後に「壊れてた」と言って返金を要求する者もおり、まるでレンタルのように商品を利用してくるのです。こうした状況では、誠実に対応すればするほど損をする構造になっており、特に返品送料を販売者負担にしている場合、その負担はバカになりません。 4. 荷物が届かないのが「当たり前」になっている 日本では、配送業者の対応は非常に丁寧で、時間指定どおりに荷物が届くのが当たり前。ところがイギリスでは、配送に関してのトラブルは日常茶飯事であり、むしろ「ちゃんと届いたらラッキー」ぐらいの感覚でいる人も多いのが実情です。 よくある例としては、 など、もはや笑えないような話が後を絶ちません。 そしてさらに問題なのは、これらのトラブルが「当たり前」になってしまっているため、改善を求める声が少ないという点です。 5. 悪用される「買い手保護制度」 eBayやEtsy、Amazonなどの大手プラットフォームには、「バイヤープロテクション(購入者保護制度)」という仕組みがあります。これは本来、正当な理由で商品が届かなかった、あるいは偽商品だった場合にバイヤーを保護するための制度ですが、これを逆手に取って悪用する人が後を絶ちません。実際には商品を受け取っているにもかかわらず、「届いていない」と虚偽の申し立てをし、プラットフォームを通じて返金を受ける。販売者が証拠を提示しても、購入者の言い分が通ってしまうケースも多く、不公平感が拭えません。 6. 詐欺まがいのレビュー戦略 オンラインでの信用はレビューに大きく依存しますが、イギリスではレビューを「取引材料」として使ってくる顧客もいます。例えば、「悪いレビューを書かれたくなければ返金しろ」「無料で追加の商品を送れば星5をつけてやる」といった、半ば脅しのようなメッセージが届くこともあります。日本人経営者にとっては信じがたいことかもしれませんが、これは現実に起きていることであり、真面目に対応していると心がすり減っていきます。 7. 日本人経営者ができる防衛策 では、イギリスでオンラインビジネスを展開するうえで、私たち日本人はどう身を守ればよいのでしょうか? 以下のような対策が有効です。 1. 追跡番号付きの配送を基本にする コストが高くなっても、追跡可能な配送方法を選ぶことで、「届いていない」という虚偽の主張に対抗できます。 2. 商品の状態を記録(動画・写真) 発送前に商品と梱包状態を動画で記録しておくことで、「破損していた」クレームに対抗できます。 3. 利用規約の整備 返品・返金に関するルールを明確に提示し、納得してもらってから購入してもらうようにします。 4. レビューの対応は冷静に ネガティブレビューに過剰反応せず、誠実かつ論理的に返信することで信頼を維持しましょう。 5. ブラックリストを作成 明らかに悪質な購入者とは再取引を避けるため、購入者の情報を記録し、リスク管理に役立てます。 8. 「誠実さ」が通じない世界で、どう戦うか 日本人として「誠実であること」は、誇るべき美徳です。ですが、イギリスのような文化では、それが「カモにされる原因」となることもあります。だからといって、現地のやり方に染まり、ずる賢く立ち回るべきだと言うつもりはありません。ただ、「自分の常識は世界の常識ではない」と知ったうえで、対策を講じながらビジネスを展開する必要があります。イギリス市場は確かに魅力的ですが、甘い夢だけを見て進出するのは危険です。時には図太く、時には冷静に、そして時には割り切って、戦略的に立ち回ることが求められるのです。 おわりに 海外でのオンラインビジネスは、日本では得られないチャンスと成長の場でもあります。しかしその反面、文化や商慣習の違いから生まれる「落とし穴」も数多く存在します。イギリスは特に、「正直者が馬鹿を見る」ような側面が強く、真面目な日本人が不利益を被ることも少なくありません。だからこそ、現地の現実を知り、冷静に、かつしたたかに、事業を展開していくことが成功への鍵になります。リスクを理解し、防衛策を講じながら、自分のビジネスを守り抜いてください。