
イギリスにおける売春(性的サービスを金銭で提供する行為)は、地域によって法律の扱いが異なり、単純に「合法/違法」と断言できない複雑な構造を持っています。本記事では、イングランド・ウェールズ・スコットランド(以下、英国本島)および北アイルランドに焦点を当て、それぞれの法律の現状、運用の実態、社会的な議論や今後の展望を詳しく解説します。
1. 英国本島(イングランド・ウェールズ・スコットランド)
1.1 個人の性的サービス売買は「合法」
英国本島では、個人が自らの意思でホテルや自室で性的サービスを提供し、それに対して対価が支払われるという行為自体は犯罪とは見なされていません。つまり、個人間で合意に基づく売買であれば「違法ではない」という立場がとられています。
1.2 でも「周辺行為」は違法
ただし、次に挙げる行為は法律で禁止されており、違反すると罰金や刑事罰の対象となる可能性があります。
- 公共での勧誘(street soliciting)
路上や公共スペースで客を待つ、声をかける行為は違法です。軽罪として罰せられることがあります。 - 複数人による営業(いわゆるブロッキング)
共同で性的サービスを営む場所(ブロシェル)を管理・運営することは違法とされています。 - 中間搾取や斡旋行為(pimping)
他人の売春を仲介し、その利益の一部を取る行為は犯罪です。 - 広告手段の規制
公共電話ボックスや街角での広告カード、昨今のデジタル広告も含め、不特定多数に対する宣伝行為が取り締まりの対象になっています。 - 車両を利用した客集め(kerb crawling)
車で特定地域を巡って売春相手を探す行為も違法です。
1.3 運用の実態と安全性
「公共での勧誘」に対しては、罰金だけでなく、地元警察や支援団体が協力して再教育プログラムに参加させたり、安全支援に繋げたりするケースもあります。このように、逮捕一辺倒ではなく、現場の安全性を配慮した柔軟な対応が取られています。
また、性産業においては、複数人で働くことで安全性を確保しやすくなるという声が多く聞かれる一方で、共同営業が禁止されているため、孤立しがちであり、犯罪被害に遭いやすいという課題も指摘されています。
2. 北アイルランド:スウェーデン方式の採用
北アイルランドでは、2015年からいわゆる「スウェーデンモデル」を導入しています。これは、売春行為そのものを犯罪視せず、買う側の行為を禁止するモデルです。
- 買う行為の禁止:性的サービスを購入しようとする行為が違法となり、罰金や最大1年の懲役が科されます。
- 売る行為自体は合法:売春行為そのものは罰せられません。
- 周辺行為の禁止:公共での勧誘や中間搾取、共同経営など、英国本島と同様の周辺行為は違法です。
このモデルは「買手を罰することで需要を抑制し、性産業の縮小につなげること」を狙いとしています。
3. 法改正の歴史と経緯
3.1 戦後~2000年代の流れ
戦後、1959年の法律により公共での勧誘行為が初めて取り締まり対象となりました。その後、2003年、2009年の法律改正では「強制や搾取と関連する取引の禁止」「共同営業規制」などが段階的に整備されました。
3.2 デジタル時代をめぐる課題
かつての広告規制は主に電話ボックスやチラシに向けられていましたが、スマートフォンとインターネットの普及により、オンラインでの広告や出会い手段が広がっています。最近の法改正では、プラットフォーム側の責任にも一定の言及がなされていますが、まだ整備が追いついていないのが現状です。
4. 現場の声と社会的課題
4.1 性産業従事者の立場から
- 英国本島では、共同で働けない法規制のせいで、周囲の目を避けながら個人で動くしかなく、防犯面で不利になります。
- 共同で安全対策を講じることが難しいため、結果的に個々のリスクが増大しやすいという問題があります。
4.2 金融アクセスの壁
性産業に従事する人々が銀行口座を開設する際、差別的扱いを受けるケースが報告されています。現金取引が中心となり、搬送や保管にあたって危険が増すという指摘もあります。
4.3 市民意識と支持率
最近の調査によると、イギリス国民の間では「売る側も買う側も合法化すべき」という意見が過半数にのぼります。一方、ストリートレベルの勧誘や客引きについては、明確な反対意識が大多数を占めています。
4.4 専門家の視点
多くの専門家は、売春と人身取引・強制的な性搾取を明確に区別し、それらを一括りにしないよう訴えています。全面的な合法化ではなく、特定の規制と支援制度を組み合わせた「非犯罪化」を求める声が強いです。
5. 今後の方向性と議論の潮流
5.1 法改正の可能性
- スコットランドでは、北アイルランド同様の「買い手を罰するモデル」の導入を検討する政党が増えています。既に実施されている地域もあり、今後の拡大が注目されます。
- 性産業関係団体からは「治安が悪化し、被害が増えるリスクがある」との反対意見も出ています。
5.2 デジタル広告への対応強化
オンラインでの客引きやサービス宣伝が横行する中、法制度が現実に追いついておらず、プラットフォーム側への法的責任を明確化する必要性が叫ばれています。
5.3 支援体制の強化と社会保障
現場安全・脱業支援・保健医療アクセスを進める非営利団体や支援組織が活動を広げています。これらが政策と融合することで、性産業従事者の「生活と安全の確保」が改善されつつあります。
6. まとめ表
地域 | 売る側への扱い | 買う側への扱い | 周辺行為(誘引・共同など) |
---|---|---|---|
英国本島(イングランド等) | 合法(合意制限あり) | 合法(強制的相手との取引は違法) | 違法 |
北アイルランド | 合法 | 違法(購入は禁止) | 違法 |
- 英国本島では、「合意に基づく売買」は合法。ただし公共誘引・斡旋・共同営業などは一律違法。
- 北アイルランドでは「買うこと」そのものを違法視するスウェーデン方式を採用。
7. 結び:なぜ「単純に合法/違法」と切り分けられないのか
イギリスでは、単に「性行為の売買は違法だ」と断じることが難しい社会構造があります。
- 法制度が地域によって異なる:イングランドなどでは売春自体を罰せず、北アイルランドでは買う側を罰する。
- 人権保障と安全確保のバランス:売り手の安全性や働く環境を守る配慮が、法規制や運用に影響。
- デジタル化と社会変化:オンライン広告や出会い方の変化に法整備が追いついていない。
今後問われるのは、売春を単なる犯罪として扱うのか、それとも人権や安全を重視し、生活支援や法的保障を整えた上で制度化していくかということです。どの地域がどの方向に進むのか、今後の法改正や政策動向から目が離せません。
記事をご覧いただき、ありがとうございました。さらに深く掘り下げたいテーマがあれば、どうぞお気軽にお知らせください!
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