
「イギリスといえば雨」、この印象は世界中で広く共有されている。観光ガイドには「ロンドンに行くなら傘は必需品」とあり、映画やドラマのワンシーンでも、小雨の中を歩く人々の姿が象徴的に描かれることが多い。しかし実際にイギリスを訪れてみると、意外な光景に気づくかもしれない――そう、現地の人々があまり傘を差していないのだ。
さらに不思議なのは、街中で売られている折りたたみ傘の質の悪さ、そしてたまに見かける立派な長傘の異常なほどの大きさ。これは文化的な背景か、はたまた実用性の問題なのか? 本記事では、イギリス人の雨との付き合い方、傘に対する考え方、そしてイギリスで見かける傘の種類とその特異性について、文化・歴史・気候・実用性など多角的に掘り下げていく。
1. イギリスの「雨」は日本の「雨」と違う
まず前提として理解しておきたいのは、イギリスの雨の質が日本とは大きく異なるという点だ。日本の梅雨や台風のような長時間・強烈な降雨はイギリスでは稀であり、むしろ「しとしと」「ぱらぱら」といった小雨が頻繁に降るのが特徴だ。
イギリスの年間降水日数は場所によって異なるが、ロンドンでも年間150日以上は雨が降る。しかしその多くは短時間の小雨や霧雨(drizzle)で、降っているかどうかもわからないようなレベルであることが多い。このような雨に、わざわざ傘を差すのは「オーバーリアクション」と見なされることすらある。
また風が強い地域も多く、特にスコットランドやウェールズの沿岸部では、傘を差しても一瞬で裏返るような風雨がしばしばある。これも傘を使わない一因になっている。
2. 傘を使わない文化的背景と国民性
「濡れることを気にしない」国民性
イギリス人は一般的に「雨に濡れること」に対して日本人ほど敏感ではない。多少濡れてもすぐ乾く、またはすぐにパブに入って温まればよい、といった感覚がある。学校の登下校でも、子どもたちがレインコートやパーカーを着ていても傘は差しておらず、顔が濡れようがあまり気にしていない様子がよく見られる。
ファッションとしての傘より機能重視の装い
日本では、傘がファッションアイテムの一部として存在している感覚もある。カラフルでおしゃれな傘、UVカット機能付きなど、バリエーションも豊富だ。一方イギリスでは、傘そのものにファッション性を求める人は少ない。その代わりに、防水加工されたジャケットやトレンチコート、フード付きのアウターが一般的だ。特にBurberry(バーバリー)のトレンチコートは、もともと英国の雨に対応するために作られた実用品だった。
「手を使いたくない」という利便性の問題
イギリスの都市生活者にとって、傘は手がふさがる煩わしい道具でもある。通勤中にスマホを見たり、カフェのカップを持ったり、子どもの手を引いたりと、手を空けておきたい理由が多々ある中、傘は邪魔な存在と感じる人も多い。特に自転車移動や徒歩移動が多いロンドン市民にとって、片手がふさがるのは非効率である。
3. イギリスの折りたたみ傘はなぜ粗悪なのか?
イギリスを訪れた日本人旅行者の多くが驚くのが、「傘の質」の低さだ。特にスーパーや街中の売店で売られている折りたたみ傘は、軽量化を重視しすぎたためにすぐ壊れる。風で簡単に裏返ったり、骨が外れたり、たった数回の使用で廃棄する羽目になることも珍しくない。
原因1:安さ重視の文化
イギリスでは「消耗品」としての傘の位置づけが強く、10ポンド以下の傘が大量に流通している。質より価格重視であり、「どうせまた壊れるのだから安いもので良い」という考えが根底にある。そのため、折りたたみ傘は使い捨て感覚で買われている場合もある。
原因2:折りたたみ傘の耐久性不足と風との相性
折りたたみ傘は構造上、強風に弱い。骨が細く、支点が多いため、イギリスのような突風が多い気候には適していない。しかし、それでも需要があるのは観光客や出張者が「とりあえず持っておく」ために買っていくからだ。地元民の多くは、あえてこの手の傘を使わない。
4. 通称「ゴルフ傘」―イギリスの巨大な傘の正体
イギリスでたまに見かける「やけにでかい傘」。これは日本人にとって違和感のあるサイズ感だが、実は非常に理にかなった選択でもある。これらは主に「ゴルフ傘」や「ウォーキングアンブレラ」と呼ばれ、風に強く、骨も太く、耐久性に優れている。
なぜ大きな傘が選ばれるのか?
- 風に強い構造:直径が大きく、丈夫なフレーム設計のものが多い。風に煽られてもひっくり返りにくい。
- 2人以上でも使える:家族やパートナーと一緒に使えるため、効率的。
- ステータスの象徴:ビジネスマンや紳士層が使うことが多く、ある種の「英国紳士」的イメージとも合致する。
ただし、こうした傘は持ち歩きに不便であり、日常使いというよりは特定の場面(ゴルフ、外回り営業、田舎の散歩など)で使われる傾向が強い。
5. イギリスで傘を使うべきか?旅行者の視点から
旅行者にとって、「イギリスに行くなら傘は必要か?」という疑問はよくある。結論からいえば、折りたたみ傘よりもレインジャケットがおすすめである。
理由:
- イギリスの雨は小雨が多く、傘を差すほどではないことが多い。
- 強風によって傘が壊れやすく、観光中に手荷物になる。
- 現地民のスタイルにも自然に馴染むため、防水ジャケット+フードが最も実用的。
それでも、傘を持ちたい場合は日本から耐風性の高い傘を持参するのがベターである。現地調達する場合は、アウトドア専門店(例:Rohan、Mountain Warehouse、Trespass)での購入をおすすめする。
結論:イギリス人と傘―合理性と気候に根ざした生活の知恵
イギリスにおける傘文化は、日本人の感覚とはかなり異なる。頻繁に降るが小雨が多く、風が強いこと、そして人々が濡れることをそれほど気にしないという国民性が、傘の使用頻度を下げている。そして、その気候に適した「巨大で頑丈な傘」か「傘を使わずに済む装備」の二極化が、イギリスの傘事情を形作っている。
旅行者にとっては戸惑う文化かもしれないが、現地の生活様式や天候に合わせた行動こそが、旅を快適に、そしてより深く楽しむ鍵となるだろう。
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