
日本では全国どこでも、都市でも田舎でも、少し歩けば必ず見つかる“コンビニ”。おにぎりや弁当、ドリンク、スイーツなどの食品から日用品、さらには公共料金の支払い、宅配便の受け取り、チケット発券までこなす、現代社会のライフラインともいえる存在です。しかし、世界中を見渡してみると、この“なんでも屋”的な日本型コンビニがそのまま輸出されている国は驚くほど少なく、とくにイギリスでは「コンビニ文化」とは根本的に異なる流通・生活スタイルが根付いています。
この記事では、「なぜイギリスにはコンビニがないのか?」という疑問を深掘りし、その背景にある社会構造や文化的価値観、経済的な要因、そしてコンビニを導入しようとした場合に想定される障害についても掘り下げていきます。
1. すでに“それっぽい”店がある──Tesco ExpressやSainsbury’s Localの存在
まず「コンビニがない」と言っても、まったく類似の業態が存在しないわけではありません。イギリスにはTesco Express(テスコ・エクスプレス)やSainsbury’s Local(セインズベリーズ・ローカル)、Co-op Foodといった、いわゆる“小型スーパーマーケット”が都市部を中心に広く展開しています。これらは店舗の面積こそコンビニサイズに近く、飲み物やスナック、パンやサラダ、冷蔵・冷凍食品、さらには洗剤やトイレットペーパーなどの日用品まで揃っており、日本のコンビニと見た目や品揃えは似ています。
しかし、これらはあくまで**「縮小版のスーパーマーケット」**という位置付けであり、日本のようにサービスの多機能化は進んでいません。公共料金の支払い、宅配便の取り扱い、チケットの購入、ATM機能などの“暮らしの支援機能”は基本的に提供されておらず、あくまで“軽い買い物をする場所”という認識が一般的です。
この違いは単にサービスの数の問題ではなく、「店舗とは何をする場所なのか?」という価値観の差に根ざしています。
2. 24時間営業文化の欠如──「夜は休むもの」という国民性
日本のコンビニといえば、24時間年中無休。深夜の帰宅時でも、早朝の出勤前でも、ふらっと立ち寄れる利便性が最大の魅力です。しかし、イギリスではこの“24時間営業”がほとんど存在しません。
これは単なる経営方針の問題ではなく、イギリス社会全体の労働観と生活リズムに深く関係しています。イギリスでは「夜は家で休むもの」「働きすぎは良くない」という考えが一般的で、労働法制も比較的厳しく、夜勤労働を常態化することに対して社会的な抵抗感があります。実際、ヨーロッパ全体では過剰な営業時間を制限する動きが強く、「24時間営業」は効率ではなく“ブラック”と捉えられる傾向にあります。
また、深夜に出歩くこと自体が日本ほど一般的ではなく、防犯面の不安もあるため、「夜でも気軽に立ち寄れる店」というニーズそのものが存在しにくいのです。
3. 地理と住宅事情──「駅前文化」の欠如
日本では都市構造の特性上、鉄道の駅周辺に商業施設が密集し、その周囲に人が暮らす「駅前文化」が発達しています。多くの人が徒歩で移動し、仕事帰りや学校帰りに「ちょっと立ち寄る」買い物スタイルが定着しています。
一方、イギリスでは都市部を除けば、人々は車移動が基本であり、住宅地は郊外に広がり、駅前に人が密集するような構造は少ないのが現状です。駅を利用するのも通勤者の一部であり、徒歩圏内に多数の人が行き交うエリアというのは非常に限られています。
そのため、「ふらっと立ち寄れるコンビニがあると便利」という需要自体が、日本ほど強くないのです。
4. ネットスーパーと宅配文化の浸透
イギリスでは、ネットスーパーやフードデリバリーのインフラが非常に発達しています。特に**Ocado(オカド)**というオンライン専業のスーパーマーケットは業界の先駆けであり、注文から数時間〜翌日にかけて商品を自宅まで届けてくれます。
さらに、DeliverooやUber Eatsといったフードデリバリーアプリが日常化しており、レストランやカフェだけでなく、スーパーの商品まで配達してくれるサービスも一般化しています。
つまり、「買い物に行く」という物理的な行動の必要性そのものが薄れており、“コンビニに行く”必要がない社会構造が出来上がっているのです。
5. 買い物スタイルの文化的違い──“まとめ買い vs ついで買い”
日本の買い物スタイルは、仕事帰りに晩ご飯のおかずを買ったり、コンビニでちょっとしたスナックやドリンクを買ったりと、「こまめに・必要な分だけ」買うのが主流です。そのため、コンビニのような小型店舗が高頻度で利用され、成り立つ市場があります。
しかしイギリスでは、週末に大型スーパーで一週間分をまとめ買いし、冷凍保存するのが一般的です。冷蔵庫や冷凍庫も大型で、車で大量に買い込むスタイルが根付いています。
この「まとめて買う」という前提の文化では、「毎日立ち寄る店舗」の必要性が低く、コンビニの存在意義が薄れてしまうのです。
6. 商業規制・労働法の違い──小売店の制約
イギリスでは、日本に比べて商業施設の立地や営業時間に対する規制が多く、たとえば日曜日の営業時間規制が代表例です。大型店舗は日曜の営業が制限されており、午後から数時間しか開けられない場合もあります。
また、従業員の働き方に対しても法律上の制約が強く、長時間労働や深夜勤務を継続的に行うには厳しいハードルがあります。コンビニのように、少人数で24時間体制を回すスタイルは、人件費・制度面・倫理面すべてにおいて負担が大きいのです。
7. コンビニが“進出できない”理由──もし作ろうとしても…
仮に日本型のコンビニをイギリスに持ち込んだとしても、いくつかの大きな壁があります。
■ 採算性の問題
上述の通り、夜間営業・高頻度利用のニーズがそもそも少ないため、日本と同じビジネスモデルでは採算が合わない可能性が高いです。日本では「一日数百人」が立ち寄る前提で成り立っているビジネスが、イギリスでは1/3以下になる恐れがあります。
■ 人件費・維持コストの高さ
最低賃金が高く、しかも夜間勤務に追加報酬が必要な国では、コンビニが成立するためにはかなりの売上高が必要です。人件費を削ろうとすると労働組合や社会の反発が強くなります。
■ 顧客行動の壁
そもそも人々の行動様式が「出かけて買う」よりも「配達してもらう」方向にシフトしている以上、新たな店舗型業態を開拓するのは簡単ではありません。
結論:コンビニが「存在しない」のではなく「必要とされていない」
以上のように、イギリスにコンビニが根付かないのは単なる未導入や経済の問題ではなく、文化・社会構造・制度の複合的な違いに起因しています。
イギリスにはTesco Expressのような“それっぽい店”は存在しますが、それ以上の多機能性や24時間営業を求める社会的なニーズが希薄である以上、日本型コンビニをそのまま導入しても受け入れられる余地は限定的です。
結局のところ、コンビニとは単なる「便利な店」ではなく、それを必要とする生活スタイルが前提となって初めて成立するシステムなのです。
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