
かつて活気に満ちた田舎町の商店街が、今やシャッターを下ろした店舗ばかりの「ゴーストタウン」と化している。イギリスの地方都市で静かに、しかし確実に進行しているこの現象は、地域社会の崩壊を示唆しており、国家全体にとっても見過ごすことのできない深刻な社会問題となっている。
空洞化する地方商店街
1970年代から1980年代にかけて、イギリスでは大型ショッピングモールやスーパーマーケットチェーンの台頭が進み、地元密着型の個人商店は徐々に追い込まれていった。都市部では商業の集積が進む一方で、地方では小規模店舗の廃業が相次いだ。
そこへ拍車をかけたのが、インターネット通販の急拡大である。AmazonやeBayといったグローバル企業の存在感が増す中、個人商店は価格競争力や品揃えの面で太刀打ちできず、結果として地方の商店街は「人通りが少ない」「シャッターが閉まっている」といったゴーストタウン的な様相を呈するに至った。
一部の自治体では再開発や観光資源の活用によって活性化を試みているが、成功例は限られており、むしろ税収減と人口流出によって地域経済は縮小の一途をたどっている。
財政破綻に追い込まれる地方自治体
商店街の衰退は、単なる経済活動の停滞にとどまらず、地方自治体の財政に深刻な影響を及ぼしている。ビジネスレート(日本でいう固定資産税に相当)を納める事業者が減少し、自治体の歳入は急激に落ち込んだ。一方で、高齢化に伴う社会福祉コストは増大しており、収入と支出のバランスが崩れた結果、いくつかの自治体では事実上の財政破綻に追い込まれている。
代表的な例がバーミンガム市である。2023年、同市は「財政的に持続不可能である」とする声明を発表し、特定の支出を凍結する「114条通知(Section 114 Notice)」を発動した。これはイングランド地方自治法に基づく非常事態宣言であり、新たな支出を一切行えない状態を意味する。バーミンガムは大都市であるが、この現象は小規模な田舎町でも散見されるようになってきた。
高騰する家賃と住宅事情の悪化
皮肉なことに、田舎町でも住宅の家賃は高騰している。ロンドンやマンチェスターなど都市部の家賃上昇に耐えられない人々が郊外や田舎へと移住する現象が進み、需要の増加が地域の住宅価格を押し上げているのだ。
特に観光資源がある地域や、自然環境に恵まれた地域では、セカンドハウスや別荘としての需要も高く、地元住民が手の届かない価格帯になっている。このことがさらに地域の分断を助長している。
加えて、政府による地方自治体への住宅開発支援が不十分なため、新築住宅の供給が追いつかず、家賃上昇に歯止めがかからない。この結果、地元の若者や低所得層が地域に住み続けることが困難になり、結果的に地域の担い手不足が加速している。
サービスの崩壊と住民の不安
財政難により、地方自治体は公共サービスの縮小を余儀なくされている。図書館、レクリエーション施設、公園の維持管理、バスなどの公共交通、さらには福祉サービスの削減も進んでいる。
特に深刻なのが医療サービスである。多くのGP(一般医師)が引退している一方で、後継者が見つからず、地域住民は最寄りの診療所まで長距離を移動しなければならない状況だ。高齢者や交通手段を持たない住民にとってこれは致命的である。
教育分野も例外ではない。教員不足と教育予算の削減により、一部の小学校は統廃合され、子どもたちの通学時間が大幅に延びている。これもまた若年層の流出を促し、地域の活力を奪っている。
地方再生に向けた取り組みとその課題
こうした現状を受けて、イギリス政府は「Levelling Up(地域格差是正)」政策を掲げ、地方再生に向けた資金提供やインフラ投資を進めている。地方自治体も独自の再生プランを策定し、観光・農業・再生可能エネルギーといった分野への転換を模索している。
しかし、これらの施策には即効性が乏しく、多くは「絵に描いた餅」に終わっている。資金申請の手続きが煩雑で、地方自治体の職員不足も相まって、実際に予算が使われるまでに時間がかかるのだ。また、都市部との競争に勝てるだけの差別化戦略を持たない地域では、目に見える効果が出るまでには相当の時間と労力が必要とされる。
デジタル化とリモートワークの可能性
一方で、希望の兆しもある。新型コロナウイルスのパンデミックを契機として、リモートワークが定着しつつあり、これが地方再生の鍵となる可能性がある。都市部に通勤しなくてもよいというライフスタイルの変化は、田舎町へのUターンやIターンを促す動きに繋がっている。
実際、ブロードバンド環境を整備し、ワーケーションやリモートオフィス向けの施設を用意することで、都市部からの人材誘致に成功した自治体も存在する。ただし、こうした取り組みも安定した通信インフラや教育・医療サービスの整備が前提となるため、根本的な地域課題の解決にはつながりにくいという指摘もある。
地方の未来はどこに向かうのか?
イギリスの田舎町が抱える問題は、単なる地方の衰退ではない。商店街の空洞化、住宅の高騰、財政破綻、サービスの崩壊——これらは地域社会の機能そのものが崩れつつある兆候であり、国家全体の安定にも影響を与える構造的な問題である。
今後求められるのは、都市と地方を二項対立で捉えるのではなく、相互に補完し合う「ネットワーク型の地域社会」の構築だろう。地域資源の再評価、地元主体の小規模経済の活性化、そして持続可能な社会インフラの整備。これらを丁寧に積み上げていくことが、ゴーストタウンからの再生への第一歩となる。
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