北朝鮮のハッカーが巨額の仮想通貨を盗み、その資金が軍事開発に使われているのではないか。国際情勢への不安が強まるなか、こうした事件から「第三次世界大戦への備えでは」と考える人もいるだろう。
しかし、「北朝鮮がBinanceから63ビリオンドルを奪った」という情報については、取引所名と金額を慎重に確認する必要がある。今回参照したFBIや暗号資産分析会社の資料では、この内容を裏付けることはできなかった。確認できた大型事件は、別の取引所で起きたものだ。
米連邦捜査局(FBI)は2025年2月26日、同月21日ごろに暗号資産取引所Bybit(バイビット)から約15億ドル相当の資産が盗まれ、北朝鮮に責任があると発表した。この発表の対象はBinance(バイナンス)ではなく、Bybitである。[FBI発表]
英語の金額表記にも注意が必要だ。「billion」は10億を意味するため、63 billion dollarsは630億ドルになる。一方、6.3 billion dollarsであれば63億ドルだ。小数点一つで金額は10倍変わる。ただし、元の情報の出所が分からない以上、今回の数字がどこで混同されたのかまでは断定できない。
確認できた数字を整理すると、次のようになる。
| 対象・表記 | ドル額 | 資料上の位置付け |
|---|---|---|
| 「63 billion dollars」 | 630億ドル | 今回の参照資料では、Binanceの被害として裏付けられず |
| 2025年2月のBybit事件 | 約15億ドル | FBIが北朝鮮の関与を発表 |
| 北朝鮮関連ハッカーの2025年の窃盗額 | 少なくとも20.2億ドル | Chainalysisが2025年12月18日に公表した推計 |
| 同社が推計した過去分を含む累計 | 少なくとも67.5億ドル | 同時点の複数事件の累計 |
Chainalysisの数字は、同社が確認・分析した被害に基づく推計だ。特に累計額は、複数年にわたる窃盗を合算したもの。「北朝鮮がこれまでに盗んだ総額」と「ある取引所から一度に盗まれた額」を入れ替えて読むと、事件の規模を大きく誤解してしまう。[Chainalysisの分析]
それでも、北朝鮮による暗号資産窃盗が深刻な問題であることに変わりはない。約15億ドルというBybit事件の被害だけでも巨額であり、国家と結び付いたサイバー活動が国際的な金融サービスを標的にしている点は重い。
資金の目的については、米当局が以前から核・ミサイル開発との関係を指摘してきた。米財務省は2019年9月の制裁発表で、北朝鮮のハッカー集団Bluenoroffが、核兵器・弾道ミサイル計画の資金を一部生み出すために金融機関への窃盗を行っていると説明した。暗号資産取引所への攻撃についても、大量破壊兵器や弾道ミサイル計画への資金供給につながる可能性を挙げている。[米財務省の発表]
ここから言えるのは、北朝鮮のサイバー窃盗と軍事開発の資金調達には、当局が問題視してきた関係があるということだ。ただし、盗まれた資産の一つ一つについて、最終的な使途まで公開資料で分かるわけではない。
また、盗まれた時点のドル換算額と、実際に換金され、使えるようになった資金の額も分けて考える必要がある。FBIはBybit事件の発表で、盗まれた資産の一部がビットコインなどに交換され、複数のブロックチェーン上の数千のアドレスへ分散されたと説明した。その後、さらに資金洗浄され、法定通貨へ換金されると見込んでいた。盗難の確認は、その全額が既に兵器購入に使われたことの確認ではない。[FBI発表]
では、これを「第三次世界大戦への備え」と呼べるのだろうか。
今回参照したFBI、米財務省、Chainalysisの資料には、窃盗を特定の第三次世界大戦に向けた準備と結び付ける説明はない。核・ミサイル開発に資金が流れる懸念と、世界大戦を想定した具体的な開戦準備が確認されたという話には、証拠の上で大きな隔たりがある。
軍事開発の資金を確保する行動だけから、戦争の開始時期や、指導部がどのような戦争を想定しているかを読み取ることはできない。「武器開発を支える資金源になり得る」という評価を、そのまま「世界大戦が近い証拠」に置き換えるべきではないだろう。
英国にとっても、北朝鮮のサイバー活動は遠い国だけの問題ではない。米財務省の発表は、北朝鮮に帰属された2017年のWannaCry攻撃で、英国の国民保健サービス(NHS)にも大きな被害が出たことに触れている。金融資産の窃盗と医療機関への攻撃は異なる事件だが、サイバー活動の影響が日常生活にまで及び得ることを示している。[米財務省の発表]
北朝鮮の暗号資産窃盗を考える際に注目したいのは、裏付けの取れない巨額の数字や、世界大戦という言葉だけではない。国境を越えて盗まれた資産が、制裁を回避し、軍事開発を支える資金になり得るという問題そのものだ。
「Binanceから630億ドル」「第三次世界大戦の準備」という説明は、今回確認した資料では裏付けられない。一方、北朝鮮に関連する巨額窃盗と、核・ミサイル開発への資金供給に対する懸念には、具体的な発表と分析がある。その二つを区別することが、事件の深刻さを正確に理解する出発点になる。
※2026年10月30日に上記資料を参照。金額・評価は各資料の公表時点のものであり、2026年の窃盗総額を示すものではありません。










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