
序章:富豪にとって住みにくい国?
イギリスは長年にわたり、世界的な金融センターであり、文化や教育、医療、そして安定した法制度に恵まれた先進国として、多くの人々にとって憧れの地とされてきた。特にロンドンは、国際的な富裕層の間で非常に人気が高い都市だった。
しかし近年、その魅力が薄れつつある。理由の一つが「税制」である。所得税、キャピタルゲイン税(資産譲渡益税)、相続税など、イギリスの高所得者層への課税は他国と比較しても非常に重く、これが富豪たちの国外移住を加速させている。
果たして、イギリスは“金持ちに厳しい国”なのだろうか?そしてその影響は国全体にどのような波紋を広げているのか。以下、税制度の実態、富豪たちの動向、移住先の国々、そして今後の展望について詳しく見ていきたい。
第1章:イギリスの富豪向け税制の現実
イギリスの個人所得税は、段階的な累進課税制度を採用しており、所得が高いほど税率も高くなる。
- 年収12,570ポンドまでは非課税(パーソナル・アローアンス)
- 年収50,271ポンド以上から高率課税が始まり、最高税率は45%(年収125,140ポンド以上)
これに加えて、資産の売却益にはキャピタルゲイン税(最高28%)がかかり、さらに相続税も40%という高率である(一定の免除枠あり)。つまり、働いて稼ぎ、投資して増やし、死んで家族に譲る――そのすべての段階で高額な税が課されるのだ。
ノン・ドム制度の縮小
かつては「ノン・ドミサイル制度(Non-Domicile)」が、国外からの富裕層を引き寄せる鍵となっていた。これは「本国(イギリス)以外に恒久的居住地を持つ者」に対して、国外収入への課税を免除または軽減する制度である。
しかしこの制度も近年大幅に制限され、外国人富裕層が「税制上のメリットを求めてイギリスに住む」という選択肢は薄れつつある。
第2章:逃げ出す富豪たちの現実
こうした税制に不満を抱き、イギリスを離れる富豪は後を絶たない。とりわけ「アントレプレナー(起業家)」や「投資家」など、グローバルな資産運用を行う人々にとっては、よりフレキシブルで低税率な国々へ移住するメリットが大きい。
著名人たちの「脱出」
有名な例では、億万長者の投資家サー・ジム・ラトクリフ(英国最大の民間企業INEOSの創業者)は、フランスのモナコへ拠点を移した。推定で40億ポンド(約7000億円)以上の節税効果があると報道されている。
さらには、資産家の子孫たちや起業家の中には、早い段階で国外永住権を取得し、スイスやドバイなど「タックスヘイブン」に移住してしまうケースも多い。
第3章:移住先はどこ?富豪に人気の国々
では、イギリスを出て行った富豪たちはどこへ向かうのだろうか。主な移住先は以下のような国々である。
1. モナコ
所得税ゼロ。キャピタルゲイン税もなし。美しい地中海に面し、高級な生活インフラが整っている。
2. スイス
税率は州ごとに異なるが、特定の富裕層向けパッケージがあり、極めて優遇されるケースも。
3. ドバイ(UAE)
所得税・相続税・キャピタルゲイン税すべてゼロ。近年はイギリスやロシアの富裕層が急増している。
4. シンガポール
法人税や所得税はあるものの低率。経済の安定性、治安、金融インフラが魅力。
5. ポルトガル(旧ゴールデンビザ制度)
一時期はNHR(非居住者制度)で外国収入への課税を免除していたが、近年廃止され方向転換中。
第4章:国家財政への影響
イギリス政府にとって、超富裕層は重要な納税者である。わずか1%の高所得者層が、所得税全体の3割以上を支払っているというデータもある。
つまり、彼らが国外に出て行くことは、「国家の財布」に大きな穴を開けることを意味する。
加えて、富豪の支出は高級不動産、文化支援、慈善活動、投資にわたり、経済全体に波及効果をもたらす。彼らが国を離れ、資産を他国で運用すれば、イギリスの金融業や不動産業への影響も免れない。
第5章:政策と世論のジレンマ
イギリスの左派政党や一部市民は、「富裕層からもっと税金を取るべきだ」と主張する。公的サービスの財源としては当然の考え方ではあるが、現実には“取りすぎると逃げられる”というジレンマがある。
2025年には総選挙が予定されており、労働党が政権を取る可能性が高いとされている。労働党は富裕層への増税を示唆しており、それがまた“税金亡命”を助長するのではと懸念されている。
第6章:イギリスが選ぶべき道とは?
では、イギリス政府は今後どうすべきなのか。
選択肢は2つある。
- 富豪に対する課税を強化し、平等な社会を目指す
- 社会的公正を重視するアプローチ
- ただし、短期的には富豪の流出や投資減少を招く可能性あり
- 富裕層に対する優遇措置を一部復活させ、国内に留める
- 財源確保と経済活性化を狙う現実的路線
- ただし、格差拡大や国民の反発のリスクもある
理想は「逃げられないように囲い込む」のではなく、「留まりたくなる国」にすることであろう。富裕層にとっても、社会貢献や文化支援を通じて“居場所”があると感じられる国であれば、自ら出て行こうとはしないかもしれない。
終章:金持ちに逃げられる国の未来
税金とは、国家と国民の間の契約である。そして富裕層にとっても、単に“払うべきコスト”ではなく、“信頼できる国に投資する感覚”であってほしい。
イギリスが「金持ちが逃げ出す国」であり続けるのか、「金持ちも共に生きる国」へと変化できるのか。その答えは、これから数年の政策と社会の選択にかかっている。
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