イギリスでまた政治家が殺された――思想なのか、社会への逆恨みなのか

イギリスでまた政治家が殺されるという、非常に重い事件が起きた。

今回亡くなったのは、元保守党議員で、後にReform UKにも関わったアン・ウィデコム氏。警察によると、彼女はデヴォン州ヘイトーの自宅で深刻な外傷を負って亡くなっているのが発見され、28歳の白人英国人男性が殺人容疑で逮捕された。 その後、新たな証拠が出てきたとして、対テロ警察が捜査を主導することになり、容疑者はテロ関連容疑でも再逮捕されたと報じられている。

ただし、ここで一番気をつけなければならないのは、動機がまだはっきりしていないということだ。警察も「複数の線で動機を捜査している」としており、現段階で「政治的殺人だ」「思想犯だ」「人種問題だ」と決めつけるのは早すぎる。

それでも、この事件がイギリス社会に与える不気味さは大きい。

なぜなら、イギリスでは近年、政治家が標的になる事件が繰り返されているからだ。2016年には労働党のジョー・コックス議員が殺害され、2021年には保守党のデイヴィッド・エイメス議員が殺害された。今回の事件も、過去の政治家殺害事件を思い出させるものとして、英国政治に大きな衝撃を与えている。

では、なぜこういう事件が起きるのか。

単純に「イギリスには思想が強い人が多いから」と片づけることはできない。しかし、今のイギリス社会には、怒りの行き場を失った人が増えているのは確かだと思う。

景気は悪い。物価は高い。家賃も高い。医療も教育も交通も、何もかもが以前より不安定になっている。移民問題、福祉問題、税金、住宅不足、治安悪化、政治不信。普通に生活しているだけでも、多くの人が何かに不満を抱えている。

そして、その不満の矛先が、時に政治家に向かう。

もちろん、生活が苦しいからといって人を殺していい理由にはならない。政治に不満があるからといって、暴力に走ることは絶対に許されない。ただ、社会全体に不満と怒りが溜まり続けると、極端な思想を持つ人、孤立した人、現実と妄想の境界が曖昧になっている人が、その怒りを誰か一人にぶつけてしまう危険性は高まる。

今回の容疑者が白人英国人だと報じられていることで、「では人種差別主義に対する抗議なのか」「極右なのか、極左なのか」「移民問題と関係があるのか」といった憶測も出てくるだろう。

しかし、白人だからといって白人至上主義者とは限らないし、逆に白人であっても反差別や反体制の思想を持っている可能性もある。人種だけで犯行動機を説明することはできない。むしろ、この事件の怖さは、容疑者の人種や年齢だけを見ても、まだ何も分からないところにある。

今のイギリスでは、政治的な立場が違う相手を「間違っている人」ではなく、「存在してはいけない敵」のように扱う空気が強くなっている。SNSでは、右も左も、移民賛成派も反対派も、保守もリベラルも、相手を罵倒することに慣れすぎている。

言葉の暴力が日常化すると、現実の暴力との距離も少しずつ近くなる。

今回の事件が、思想によるものなのか、個人的な恨みなのか、社会への逆恨みなのか、それとも別の要因なのかは、今後の捜査を待つしかない。

ただ一つ言えるのは、イギリス社会が以前よりも明らかに荒れているということだ。

政治家を支持するかどうか、政策に賛成するかどうかは別として、選挙で選ばれた政治家や公人が暴力で命を奪われる社会は、民主主義として非常に危うい。気に入らない意見を持つ人間を、議論ではなく暴力で排除するようになったら、その国の政治はもう政治ではなくなる。

今回の殺人事件は、単なる一つの凶悪事件ではない。

それは、イギリスの社会の中に溜まり続けている怒り、不満、分断、孤立、そして政治への憎悪が、どこまで危険な段階に来ているのかを見せつける事件なのかもしれない。

真相はまだ分からない。

しかし、謎が多いからこそ、この事件を安易に右か左か、人種か思想か、移民か反移民かという単純な構図に押し込めるべきではない。

今のイギリスで本当に怖いのは、特定の思想だけではない。

社会に対する怒りを抱えた人間が、その怒りをどこに向けるか分からなくなっていること。そして、その怒りがいつ現実の暴力に変わるか分からないことだ。

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