サッカーのためなら午前5時まで飲ませる国、イギリスはまだ捨てたもんじゃない

私はずっと、こう
ワールドカップがあるから仕事は少し遅れても仕方ない。翌朝の学校は眠そうでもまあいい。パブは夜中を超えても開けて、国民みんなで飲みながら応援する。そんな話を聞くと、勝手に南米の陽気な国のイメージを思い浮かべていた。

ところが、2026年ワールドカップでイングランド戦のキックオフが午前1時になったとき、イギリス政府がやったことは想像以上だった。

「パブ、午前5時まで開けていいですよ」

である。

しかも、個々のパブが面倒な申請をして特別許可を取るのではなく、政府が一斉に営業時間の規制を緩和した。普段なら、酒類販売の時間、近隣への騒音、警察への通知、ライセンス、規則、申請書類……と、いかにもイギリスらしい“紙の国”が顔を出すところである。

それがサッカーとなると急に話が早い。

「ファンが最後まで観られるように」
「パブにも売上が必要だから」
「みんなで応援して地域を盛り上げよう」

と、政府までが妙に人間らしい。普段は何かを一つ変更するだけで、相談、検討、委員会、反対意見、再検討、翌年度予算という長い旅が始まりそうなのに、サッカーの試合となると国家が「まあ今回は特別で」と動く。イギリス政治の本当のエネルギー源は、もしかしたら石油でも金融でもなく、ビールとPK戦なのかもしれない。のは、翌朝の学校である。

もちろん国全体として「子どもは遅刻してよし」と正式に宣言したわけではない。教育相は子どもたちの登校は大切だと言っていた。そこは一応、国家としての体裁を守っている。と柔軟だった。

実際に、登校登録の締切を午前10時までゆるくした学校があり、早朝からワールドカップ仕様の朝食を出し、試合の再放送を流し、校庭でPK戦までやったという。学校側も「眠いなら来るな」ではなく、「眠くても来なさい、でも少し遅れても受け止めるから」という、なんともイギリスらしい落としどころを見つけたのである。ルを壊すわけではないが、大事な日に限って人間味のある逃げ道を作る”感じがいい。

普段のイギリスは、かなり真面目である。

駐車時間は数分でも罰金。
ゴミ出しの日を間違えれば回収されない。
アポイントメントは予約がすべて。
契約書は細かく、行政手続きは長く、電話をすると「担当部署が違います」と言われる。

なのに、サッカーになると急にこう言い出す。

「まあ、ワールドカップだからね」

この一言で、パブの営業時間が伸び、学校の始業時間に余白が生まれ、職場では眠そうな大人たちがコーヒーを片手に昨夜のゴールを語り出す。

それでいいと思う。

もちろん、午前5時まで酒を出せば警察の負担も増えるし、飲み過ぎや騒ぎすぎの問題もある。警察側が急な決定に苦言を呈したのももっともだ。サッカーとアルコールが合体すると、人生の判断力まで延長営業してしまう人もいる。体が同じ試合を見て、同じ時間に叫び、翌朝に同じ眠さで学校や職場へ向かう。そんな“くだらないけれど大切な一体感”を、国がちゃんと理解しているのは悪くない。

経済成長でも、AIでも、防衛でも、移民政策でもない。

「イングランド戦が夜中にあるから、パブは朝5時まで飲んでいい」

この判断に、イギリスという国の妙な魅力が詰まっている。

ルールは大切だ。秩序も必要だ。子どもは学校へ行くべきだし、大人は翌日仕事をするべきだ。

でも、人生にはたまに、翌朝少しくらい眠くても仕方ない夜がある。

国民がみんなで一つの試合に熱くなり、パブで見知らぬ人と抱き合い、翌朝に寝不足の顔で「昨日のゴール見た?」と話す。そんな日くらい、法律や時間割のほうが少し空気を読んでもいい。

ブラジルだけがサッカーに人生を捧げているわけではなかった。

イギリスも、いざワールドカップとなれば、ちゃんと理性を少し脇に置ける国だった。

そう思ったら、この国もまだ捨てたもんじゃない、と少し見直した。

そして、もしイングランドがワールドカップを優勝するようなことがあれば、翌日を祝日にしようという話まで、冗談のようでいて本気で実現しかねない。

サッカーのためなら法律も時間割も少しだけ曲げてしまう。この国のそんなところが、案外いちばん愛すべき部分なのかもしれない。

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