澄ました顔のきれいなお姉さんも、裏ではめちゃくちゃ人の悪口をいう? イギリス流「上品な陰口」文化

イギリスに住んでいると、ときどき不思議な光景に出会う。

いつも笑顔で、身なりも完璧。
話し方も柔らかく、「Lovely!」「That’s wonderful!」などと言いながら、誰に対しても感じよく接している美しい女性。

ところが、その人が席を外した瞬間、別の人たちが始める。

「彼女、最近ちょっと自分の話ばかりじゃない?」
「服は素敵だけど、あの態度はどうなのかしら」
「まあ、悪い人ではないんだけどね……」

そして数分後、その本人が戻ってくると、

“Hi darling! You look gorgeous today!”

まるで何事もなかったかのように、笑顔で再会する。

日本人からすると、「さっきまであんなに言っていたのに?」と驚くかもしれない。しかし、これは単純に性格が悪いという話ではなく、イギリス社会にある独特の人間関係の作法ともいえる。

表では礼儀、裏では本音

イギリスでは、直接的に相手を否定したり、感情をぶつけたりすることは、あまり上品ではないと考えられがちだ。

たとえば、本当に「あなたの意見はおかしい」と思っていても、ストレートには言わない。

代わりに、

  • “I’m not entirely sure I agree.”
  • “That’s an interesting point.”
  • “Perhaps there is another way of looking at it.”
  • “I wouldn’t necessarily say that.”

などと、柔らかく包んで表現する。

これは仕事の場でも、友人関係でも、学校の保護者同士でも同じだ。表面上は穏やかで礼儀正しい。しかし、その分だけ本音は別の場所で出る。

つまり、本人の前では空気を壊さず、本人がいない場所で本音の調整をする。これが、イギリス流の人間関係なのかもしれない。

悪口も「上品」に言う

イギリスの悪口は、日本のように露骨な場合もあるが、少し皮肉を混ぜた言い方が多い。

「彼、あまり頭がよくないよね」とは言わない。

代わりに、

“He’s not the sharpest tool in the box.”

「道具箱の中で一番切れる工具ではない」というような、少し笑える言い方をする。

「彼女は面倒くさい」と言いたいときも、

“She can be a little bit much.”

「少し情報量が多い人」というように、やんわり刺す。

さらに怖いのは、

“She’s lovely, but…”

という表現だ。

この “but” の後には、だいたい褒め言葉ではない内容が続く。

“She’s lovely, but she does like attention.”

「彼女は素敵なんだけど、注目を浴びるのが大好きなのよね。」

日本語にすれば柔らかいが、実際にはかなり強い陰口である。

なぜそんなに陰口が多くなるのか

イギリスでは、直接対決を避ける文化がある。

相手と正面から衝突するよりも、笑顔を保ち、場の雰囲気を壊さず、あとで信頼できる人に愚痴をこぼす方が大人らしいと感じる人もいる。

特に女性同士のグループでは、表面的にはとても仲良く見えても、水面下では細かな序列や距離感が存在していることがある。

誰が一番おしゃれか。
誰の子どもが成績優秀か。
誰が一番いい家に住んでいるか。
誰の夫が成功しているか。
誰が休暇でどこへ行ったか。

表向きは「素敵ね」と褒めながら、内心では比較している。

これはイギリスだけの話ではない。人間ならどこの国でもあることだろう。ただしイギリスでは、それが紅茶やワイン、学校の送り迎え、近所のパーティーなど、非常に上品な空気の中で進行する。

だから余計に分かりにくい。

美しい人ほど毒舌、ということもある

とくに印象に残るのは、見た目がきれいで、いつも落ち着いていて、周囲から「感じのいい人」と思われている人が、意外なほど辛辣なことを言う場面だ。

きれいな服、整った髪、丁寧な英語、優しい笑顔。

しかし、仲のよい友人だけになると急に本音が出る。

「あの人、本当に自分のことしか考えていない」
「またブランド品を見せびらかしていた」
「彼女の夫はあの仕事を失ったらしいわよ」
「子どもは可哀想よね」

もちろん、全員がそうではない。

ただ、イギリスでは「表ではきちんとしている人」ほど、裏では本音の毒を持っていることも珍しくない。

むしろ、普段から少しぶっきらぼうで、愛想がない人の方が、意外と裏表がなかったりする。

本当に怖いのは、悪口そのものではない

陰口を言う人が怖いというより、本当に注意したいのは、その場にいる全員が同じように笑っていることだ。

今日はAさんの悪口を言っている。
明日は自分がいないところで、自分の話をしているかもしれない。

これはイギリスの職場、学校、ママ友、近所づきあい、コミュニティの中で、誰もが少し感じる不安だろう。

だからこそ、多くの人は必要以上に個人的な話をしない。

家族の問題。お金の話。夫婦関係。仕事の悩み。子どもの成績。近所への不満。

話せば話すほど、いつか別の場所で話題になる可能性があるからだ。

それでもイギリス人が冷たいわけではない

誤解してはいけないのは、イギリス人が全員冷たく、陰険だということではない。

本当に困ったときには助けてくれる人も多い。近所の人が荷物を受け取ってくれたり、子どもの送り迎えを手伝ってくれたり、病気になったら食事を届けてくれたりする。

表面的な礼儀も、単なる偽善ではない。

「相手の気分を必要以上に害さない」
「人前で恥をかかせない」
「その場を不必要に荒らさない」

という配慮でもある。

ただ、その礼儀の裏側には、本音や不満や嫉妬がたまっている。そしてそれが、本人のいないところで、上品な皮肉として出てくる。

イギリス社会は、優しい笑顔と鋭い一言が同居する国なのかもしれない。

まとめ

イギリスで生活していると、「あの人は感じがいいから、絶対に悪口なんて言わなそう」と思う人ほど、意外に毒舌だったりする。

しかし、それは必ずしも悪意だけではない。

直接ぶつからず、表では礼儀を守り、裏で本音を共有する。そんな独特のバランスの上に、イギリスの人間関係は成り立っている。

だから、イギリスで人付き合いをするときは、笑顔をそのまま100%信じすぎず、かといって疑いすぎず、少し距離を保つくらいがちょうどいい。

“Lovely!” と言われたときは、素直に喜びながらも、その後に “but…” が続かないことを祈ろう。

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