「イギリスは、また首相が変わるのか」
近年の英国政治を見ていると、そんな印象を持つ人は少なくないだろう。2016年にデービッド・キャメロン首相が退任してから、テリーザ・メイ、ボリス・ジョンソン、リズ・トラス、リシ・スナクと、保守党政権だけでも短期間に首相交代が続いた。特にリズ・トラス政権はわずか49日間で終わり、「首相がこんなに簡単に替わってよいのか」という疑問を強く残した。
では、本当に「イギリスほど首相が頻繁に変わる国はない」のだろうか。
結論からいえば、近年のイギリスは非常に不安定に見える。しかし、世界で最も首相交代が多い国だと断言するのは正確ではない。
むしろイギリスは、本来は比較的安定した長期政権も多かった国でありながら、ここ10年ほどで急に政治の不安定さが目立つようになった国、と見る方が実態に近い。
イギリスだけが特別に不安定なわけではない
世界には、イギリス以上に政権交代や首相交代が多い国もある。特にイタリアは、戦後から連立政権や政党間の調整が複雑で、短命な内閣が続いてきたことで知られている。
ある比較調査では、1974年から2023年にかけての主要国を比較した結果、イギリスの首相の平均在任期間は約4.8年だった一方、閣僚の平均在任期間は約2.1年で、対象国の中でも短い部類に入ったとされる。イタリアの閣僚平均在任期間は約1.6年で、英国よりさらに短かった。
つまり、「イギリスだけが首相を次々に替えている国」ではない。
ただし、イギリスの場合は、首相だけでなく担当大臣まで頻繁に交代するため、国民から見ると政治全体が落ち着かず、常に方針が変わっているように見えやすい。
本当に問題なのは、首相交代よりも政策の継続性
首相が一人替わること自体は、民主主義の失敗とは限らない。
信頼を失った首相が辞任し、新しい人物が政権を立て直すことは必要な場合もある。問題は、首相交代のたびに内閣の顔ぶれ、担当大臣、政策の優先順位まで大きく変わってしまうことだ。
住宅不足、医療制度、教育、交通、移民、社会保障といった問題は、数か月や一年で解決できるものではない。長い時間をかけて制度を整え、予算を確保し、現場に浸透させ、結果を検証しなければならない。
しかし、担当大臣が短期間で替われば、新しい大臣はまず役所の仕組みや政策内容を理解するところから始めなければならない。英国政府研究所も、頻繁な閣僚交代が政府運営を弱め、住宅建設のような慢性的な課題への対応を難しくしていると指摘している。
首相を替えることはできても、国の課題はリセットされない。
むしろ首相交代が続くほど、前の政権が始めた政策は中途半端になり、新しい政権は新しい看板を掲げ、また途中で終わる。その繰り返しになれば、国民が政治に不信感を持つのも当然だろう。
イギリスでは、総選挙をしなくても首相を替えられる
イギリス政治の特徴の一つは、国民が首相を直接選ぶ制度ではないことだ。
総選挙で国民が選ぶのは、それぞれの地域の国会議員である。最も多くの議席を得た政党が政府をつくり、その党の党首が通常、首相になる。国民は「首相個人」に直接投票しているわけではない。
そのため、与党が議会で多数を維持している場合、首相が辞任しても総選挙を行わず、与党内で後継者を選び、その人物が新しい首相になることがある。
実際、2022年には保守党内の手続きによって、ボリス・ジョンソン政権からリズ・トラス政権、さらにリシ・スナク政権へと首相が交代した。
制度上は、危機の際に政権を素早く立て直せるという利点もある。しかし国民から見れば、「選んだ覚えのない首相が、また出てきた」と感じやすい仕組みでもある。与党の内部事情だけで首相が決まり、国民が直接判断する機会がないまま国のトップが入れ替わるからだ。
「首相を替えれば国が良くなる」という期待にも問題がある
ただし、政治家だけを責めればよいわけでもない。
首相が辞任するたびに、「次の人なら何とかしてくれる」「とにかく今の首相を替えれば国は良くなる」と期待する国民の空気にも、少し問題があるように思える。
もちろん、明らかに信頼を失った首相が交代することは必要だ。説明責任を果たせない、不正や失政が続く、議会や国民の信頼を完全に失ったという場合には、責任を取るべきである。
しかし、経済、住宅不足、NHS、教育、移民、社会保障などの問題は、一人の首相を交代させただけで解決するものではない。
「誰かを辞めさせること」は分かりやすい。怒りの対象も明確になる。そして新しい人物が登場すれば、一時的に希望を感じることもできる。
けれども本来、国民が見るべきなのは、首相の顔が変わったかどうかではない。
その政府が何を実行するのか。
どの政策を何年かけて進めるのか。
失敗したときに修正する能力があるのか。
そして、選挙前に言ったことを本当に実行するのか。
そこを見る必要がある。
首相交代は、政治を立て直すための手段にはなり得る。しかし、それ自体が国を良くする魔法ではない。
イギリスには、長期政権の時代もあった
イギリス政治が常に不安定だったわけではない。
マーガレット・サッチャー政権は1979年から1990年まで、トニー・ブレア政権は1997年から2007年まで続いた。デービッド・キャメロン政権も2010年から2016年まで約6年間続いた。
長期政権には、もちろん問題もある。権力が長く続けば、慢心や不透明さ、国民との感覚のズレが生まれることもある。
それでも、長期的な政策を実行するという点では、一定の安定は必要だ。毎年のようにトップが替わり、そのたびに方針が変わるよりは、課題に腰を据えて取り組める可能性が高い。
本当に必要なのは、「絶対に首相を替えないこと」ではない。
必要なのは、首相が替わっても国の大切な政策が簡単に壊れず、政府全体として長期的に仕事を続けられる仕組みである。
まとめ:首相の名前より、政治の中身を見るべき
「イギリスほど首相が頻繁に変わる国はない」という言い方は、少し大げさである。
イギリスより政権交代が多い国や、閣僚の在任期間が短い国もある。とはいえ、近年のイギリスではEU離脱をめぐる混乱、与党内の対立、短命政権、閣僚人事の頻繁な入れ替えが重なり、政治が不安定に見えたことは間違いない。
そして問題は、政治家だけにあるわけではない。
国民が「今の首相が嫌だから、次の人に替えればすべて良くなる」と考え続ける限り、政治は人気投票のようになりやすい。新しい首相への期待と失望を短期間で繰り返し、そのたびに国の長期課題は後回しになってしまう。
国を良くするのは、首相の名前ではない。
必要なのは、現実的で長期的な政策、責任ある実行、そして国民自身が目先の交代劇だけでなく、政治の中身を見続けることなのだ。










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