暑いから大事なアポイントメントもキャンセル? 英国にも「シエスタ」は始まるのか

「今日は暑すぎるから、アポイントメントは別日にしませんか?」

日本人からすると、かなり重要な予定であっても暑さを理由にキャンセルや延期を提案されると、少し驚いてしまう。もちろん体調不良や屋外作業など、危険を伴うケースは別だ。しかし、英国では近年、「暑いので今日は働きにくい」「移動したくない」「家が暑すぎて集中できない」という理由が、以前よりも普通に口にされるようになった気がする。

真面目に予定を守ることと、暑さから身を守ること。その境界線が、英国では少しずつ変わり始めているのかもしれない。

英国人は暑さに弱いのではなく、英国の建物が暑さに弱い

英国は本来、寒さと雨に備えてきた国である。暖房、断熱、二重窓には慣れていても、冷房のある住宅や職場はまだ多くない。ロンドンでも、英国の家庭でエアコンを持つ割合は2020年時点で約5%とされ、フランス、ドイツ、オランダよりかなり低い。さらに、英国の住宅のおよそ5分の1は、すでに夏の暑さで過熱状態になっているという指摘もある。

つまり、外気温が30度前後でも、日当たりのよい最上階のフラットや、窓を大きく取った新築物件では、室内が仕事どころではない暑さになる。夜になっても部屋が冷えず、睡眠不足のまま翌日を迎える人もいる。

「30度くらいで大げさでは?」と思う人もいるだろう。しかし、冷房があることを前提に暮らしてきた国と、暖房中心で設計されてきた国では、同じ30度でも生活への影響が違う。

暑さは“怠けるための言い訳”ではなくなってきた

もちろん、単に「暑いから今日はやる気が出ない」という話で、大事な約束まで軽く扱われたら困る。仕事相手や顧客からすれば、暑さを理由に直前キャンセルされることは迷惑であり、信頼にも関わる。

ただし、英国でも暑さは以前のような珍しい夏のイベントではなくなっている。2025年は英国で観測史上もっとも暑い夏となり、平均気温は16.10度を記録した。2026年5月にはキュー・ガーデンズで34.8度が観測され、英国の春としての日最高気温記録も更新された。

職場の暑さについても、英国では法定の「最高室温」はない一方、雇用主には熱による健康・安全リスクを管理する責任がある。HSE(英国安全衛生庁)は、休憩、水分、服装の緩和、日差しを避けた配置、そして暑い時間帯を避ける柔軟な勤務形態などを対策として挙げている。

これからは、「暑いから休む」のではなく、「暑さで仕事の質と安全が落ちるなら、時間をずらして働く」という考え方が必要になるのだろう。

英国版フィエスタではなく、英国版シエスタか

ここで少し言葉を整理すると、スペインの昼休憩文化は一般に「シエスタ」と呼ばれる。フィエスタは本来、お祭りや祝祭の意味だ。

英国で始まりそうなのは、毎日午後に仕事を止めて昼寝をするような本格的なシエスタではない。むしろ、猛暑の日だけは早朝から働き、午後の最も暑い時間帯は在宅勤務、休憩、または予定を入れないという「英国版シエスタ」に近いものかもしれない。

実際、HSEも高温下での業務について、暑い作業を涼しい時間帯に回すことや、柔軟な勤務時間を検討するよう示している。

問題は、これが「合理的な暑さ対策」なのか、「都合のよいキャンセル文化」なのか、その線引きである。

大事なのは、キャンセルではなく事前の配慮

暑い日に予定を変更すること自体は悪くない。特に高齢者、子ども、持病のある人、屋外で働く人、エアコンのない最上階の住人にとって、暑さは本当に危険になり得る。英国政府も、誰でも高温で体調を崩す可能性があるとして、室内を涼しく保ち、水分を取るよう呼びかけている。

しかし、重要なアポイントメントまで当日に「暑いから無理」と言うのは、やはり少し違う。

これから必要なのは、暑さを理由に何でも止めることではなく、暑い日を前提に予定を組むことだろう。午前中に訪問を入れる、オンライン会議に切り替える、移動の多い予定を避ける、事前に「高温時は時間変更の可能性があります」と共有する。

英国がスペインのように毎日フィエスタを始めることはないだろう。けれど、暑さを無視して「今まで通り働け」と言い続ける国でもいられなくなっている。

英国版シエスタとは、怠ける文化ではない。気候が変わった国で、仕事と生活を壊さず続けるための、新しい常識なのかもしれない。

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