イギリスの王室に年間いくらかかる? 563人分の仕事、給与、宮殿を支えるお金の流れ

バッキンガム宮殿で国賓を迎える日、表に出るのは国王や王妃だ。その裏では、招待客を調整する秘書、晩餐会を準備する調理スタッフ、宮殿の設備を保守する技術者が働いている。誰がその給料を払い、宮殿を修繕するお金はどこから来るのか。イギリスの王室会計を開くと、その答えは洋上風力発電の開発会社が支払う海底利用の契約料にまでつながる。

2025–26年度、イギリス政府が王室の公務のために支給した交付金は1億3,210万ポンド(約280億4,000万円)。その会計で報告された純支出は1億1,720万ポンド(約248億8,000万円)だった。交付金が負担した職員はフルタイム換算で563人、報酬の中央値は年3万6,000ポンド(約764万円)。王族の警護費や、宮殿を一般公開する団体の会計まで含めると、見えてくる範囲が変わる。王室交付金の監査済み年次会計(pp. 86–88、108、125)

1. 王室はいくら受け取り、何に使ったのか

政府が王室の公務を支えるために支給するお金を、**ソブリン・グラント(Sovereign Grant、王室交付金)という。公務を支える職員、国賓の接遇、公式訪問、使用中の宮殿の維持などが対象だ。2025–26年度の交付金は、通常分の7,210万ポンド(約153億1,000万円)と、バッキンガム宮殿の大規模改修向けの6,000万ポンド(約127億4,000万円)**に分かれていた。英財務省の制度解説/王室交付金の財務概要

2025–26年度の会計項目金額
宮殿などの建物維持・改修6,750万ポンド(約143億3,000万円)
給与・雇用主負担・その他の職員関連費3,700万ポンド(約78億5,400万円)
移動費510万ポンド(約10億8,300万円)
光熱費510万ポンド(約10億8,300万円)
IT・デジタルサービス510万ポンド(約10億8,300万円)
宮殿内の家政・接遇費350万ポンド(約7億4,300万円)
減価償却・償却費520万ポンド(約11億400万円)
その他の支出990万ポンド(約21億200万円)
運営支出の合計1億3,840万ポンド(約293億8,000万円)

王室運営組織には、交付金とは別に2,130万ポンド(約45億2,200万円)の収入があった。内訳は不動産賃料390万ポンド(約8億2,790万円)、施設管理サービスの請求収入1,100万ポンド(約23億3,500万円)、費用の再請求その他640万ポンド(約13億5,900万円)。これらの収入と資産売却益・金融費用を反映すると、純支出は1億1,720万ポンド(約248億8,000万円)になる。交付金との差額1,490万ポンド(約31億6,300万円)は準備金に繰り入れられ、ほかの会計上の増減を反映した年度末残高は2,120万ポンド(約45億円)。増加の主因は、宮殿改修の資金を受け取る時期と工事代を支出する時期のずれだ。王室交付金の監査済み年次会計(p. 108)/王室交付金の財務概要

交付金は前年度の8,630万ポンド(約183億2,000万円)から約53%増えた。一方、純支出は8,520万ポンド(約180億9,000万円)から約38%増えた。同じ年の数字でも、政府が用意した資金を知りたいときは交付額、王室の会計で当年度に生じた費用を知りたいときは純支出を見ることになる。王室交付金の財務概要

2. 最大の支出は宮殿。晩餐会より高くつくのは、建物を使い続けること

建物の維持・改修費6,750万ポンド(約143億3,000万円)のうち、**3,930万ポンド(約83億4,300万円)**がバッキンガム宮殿の大規模改修、**2,820万ポンド(約59億8,600万円)**が通常枠での建物維持・改修だった。大規模改修向けに支給された6,000万ポンド(約127億4,000万円)と、当年度の建物改修費3,930万ポンド(約83億4,300万円)は、資金の配分額と費用の計上額という違いがある。大規模改修には別途、350万ポンド(約7億4,300万円)の資本支出もあった。王室交付金の監査済み年次会計(pp. 108、146)/王室交付金の財務概要

もともと**10年で3億6,900万ポンド(約783億3,000万円)とされた改修事業は、2026年3月末までに累計3億1,410万ポンド(約666億8,000万円)**を支出した。火災や大規模な漏水を防ぐための設備更新に加え、一般見学にも使われる区画でのエレベーター整備が進む。王室は、工事後も国王夫妻の私邸としては使わず、儀式の会場、王室職員の主な職場、一般公開される文化資産として宮殿を使う方針を示している。交付金による維持の対象には、ウィンザー城やケンジントン宮殿の一部なども入る。王室交付金の監査済み年次会計(pp. 31、125、146)/王室の2025–26年度財務発表

3. 王室のために何人が働いているのか

国王の公務を支えるロイヤル・ハウスホールド(Royal Household、王室運営組織)で、交付金が負担した職員は年平均563人分。無期雇用が536人分、有期契約が27人分で、前年度の539人分から24人分増えた。会計報告は、欠員が減り、施設管理、環境対応、調達などで職を増やしたことを挙げている。王室交付金の監査済み年次会計(pp. 88–89)

563は、勤務時間を足し上げた**フルタイム換算(FTE)**だ。例えば、フルタイムの半分の時間で働く職員が2人なら、合わせて1人分になる。別の組織と業務を兼ね、費用を分担する職員もいるため、563を雇用契約のある人の実人数として読むと範囲を取り違える。王室交付金の監査済み年次会計(p. 88)

王室運営の仕事主な担当
国王の公務、日程、対外連絡国王秘書室
会計、人事、IT、施設管理王室財務部門
調理、接遇、宮殿内の家政宮殿運営部門
叙勲や式典など宮内長官室
工事の工程・契約・予算管理バッキンガム宮殿改修事業

この組織が支える仕事には、毎日の施設保守から国家行事まである。王室の発表では、2025–26年度に宮殿で827件の行事が開かれ、招待客は約9万7,000人に上った。王室交付金の監査済み年次会計(組織概要、pp. 122–123)/王室の2025–26年度財務発表

宮殿の見学や美術品の保存まで含めると

王室の美術品を保存し、宮殿の一般公開を運営する慈善団体ロイヤル・コレクション・トラストのグループは、同年度の月平均で実人数1,106人、フルタイム換算737人分。うち来館者対応が466人分、収蔵品の管理・保存が99人分を占めた。主な収入は見学チケットと物販だ。トラストは施設管理料を王室運営組織に支払い、宮殿の維持にも費用を分担する。職員の集計には、王室運営組織からの出向や共通業務も含む。両組織は職員や業務を一部共有し、警察、工事請負会社、王室の私的な財源で雇う職員も別にいる。王室に関わる仕事全体の実人数は、公開資料から確定できない。トラストの2025–26年度財務諸表(pp. 17–18、46)/王室交付金の監査済み年次会計(pp. 87–89)

4. 宮殿で働く人の給料はいくらか

交付金の会計が公表するフルタイム換算の報酬は、中央値が年3万6,000ポンド(約764万円)。下位25%の境目は3万ポンド(約637万円)、上位25%の境目は5万305ポンド(約1,068万円)だった。報酬には給与と現物給付が入り、雇用主の年金拠出と退職時の支払いは含まれない。王室交付金の監査済み年次会計(pp. 86–87)

報酬の目安年額
公表された最低額2万4,570ポンド(約522万円)
下位25%の境目3万ポンド(約637万円)
中央値3万6,000ポンド(約764万円)
上位25%の境目5万305ポンド(約1,068万円)
最高報酬の幹部24万〜24万5,000ポンド(約5,095万〜5,201万円)

最高報酬の幹部は国王首席秘書官のクライヴ・アルダートン卿。会計上の報酬は中央値の6.7倍で、雇用主の年金負担も含めた総額は**30万〜30万5,000ポンド(約6,368万〜6,475万円)**だった。同氏は外務・英連邦・開発省からの出向で、該当する給与と年金負担は交付金から同省に払い戻される。王室交付金の監査済み年次会計(pp. 84–86)

現場の条件は、王室の求人票でも分かる。2026年7月締切の厨房補助は年3万840ポンド(約655万円)、週最大45時間。単身用の住み込みを選ぶと、求人票では諸費用として給与の16.7%を差し引く条件だった。2025年7月締切の上級庭師は年3万2,000ポンド(約679万円)、週39時間。どちらも募集時点の条件で、年額だけを比べると、勤務時間や住居費の差が見えにくい。厨房補助の公式求人/上級庭師の公式求人

では、人を雇う側はいくら払っているのか。給与そのものは2,630万ポンド(約55億8,300万円)。臨時職員30万ポンド(約6,368万円)、雇用主負担の国民保険料330万ポンド(約7億50万円)、年金380万ポンド(約8億670万円)を加えると3,370万ポンド(約71億5,400万円)になる。さらに派遣、研修、採用などの職員関連費を含めると3,700万ポンド(約78億5,400万円)。この総額を563で割った金額を職員の年収として扱うと、雇用主負担まで給与に含めることになる。王室交付金の監査済み年次会計(p. 125)

5. お金はどこから来る? ロンドンの不動産から洋上風力まで

王室交付金を支払うのは英財務省だ。金額の算定に使うのが、ロンドン中心部の商業不動産や農地、洋上風力発電に使われる海底などを管理する**クラウン・エステート(The Crown Estate)**の利益である。クラウン・エステートは国王という地位に付随する資産を独立して運用し、国に納める収益勘定の利益は税収などとともに国庫に入る。英財務省は、そこから法に基づく交付金を王室に支払う。英財務省の制度解説/クラウン・エステートのガバナンス

2025–26年度の計算には2年前の2023–24年度の利益が使われた。洋上風力の開発会社が海底の賃貸借契約に進む権利を確保するために払うオプション料で利益が約11億ポンド(約2,335億円)に膨らみ、算定率を25%から12%に引き下げた後も、交付額は1億3,210万ポンド(約280億4,000万円)に上がった。2025–26年度にクラウン・エステートが実際に国庫へ納めた利益は**4億8,700万ポンド(約1,034億円)**で、こちらは別の年度の数字だ。2025–26年度の交付額算定報告/クラウン・エステートの2025–26年度決算発表

「税金で払っているのか」という問いには、国庫から支出される公費で、金額はクラウン・エステートの利益を基準に決まる、というのが制度に即した答えだ。国庫に納められた利益も、ほかの公共支出に使える財源になる。国民1人当たりに直す場合、交付額を人口で割ると年約1.9ポンド(約403円)になるが、住民への個別請求額や警護まで含めた費用を示す数字ではない。英財務省の制度解説/クラウン・エステートのガバナンス

6. 国王と皇太子には、公費とは別にどんな収入があるのか

財源2025–26年度に公表された金額主な使途・行き先
王室交付金1億3,210万ポンド(約280億4,000万円)国王の公務、職員、公式訪問、宮殿維持など
ランカスター公領(Duchy of Lancaster)公領の調整後純剰余2,520万ポンド(約53億4,900万円)。議会調査資料による国王の私会計への支払額は2,120万ポンド(約45億円)国王の私会計(Privy Purse)。交付金で賄わない公務関連費や私的支出など
コーンウォール公領(Duchy of Cornwall)分配可能剰余約2,160万ポンド(約45億8,500万円)ウィリアム皇太子の収入。公務・事務所や私的支出の財源
個人の資産や投資全体額は非公表個人の収入・支出
宮殿見学の入場料・物販王室交付金とは別会計ロイヤル・コレクション・トラストの公開・保存事業など

ランカスター公領の事業としての剰余と国王の私会計への支払額は区別される。王室交付金から王族個人への手当は支給されず、国王は公領収入などの私的財源から、一部の王族の公務費や私的な手当も負担している。公領から国王や皇太子に渡る額は収入を示すため、その全額を王室の公的運営費として交付金に足すと、収入と支出を混ぜることになる。英下院図書館の王室財政調査/ランカスター公領の決算発表/コーンウォール公領の決算発表/王室交付金の監査済み年次会計(概要)

税制にも特有の取り決めがある。国王と皇太子は、公領収入のうち公務関連費などを控除した課税対象分について、覚書に基づき自主的に所得税を払う。王室が2026年6月に初めて公表したチャールズ国王個人の税額は、2023–24税年度に1,170万ポンド(約24億8,400万円)、2024–25税年度に**1,290万ポンド(約27億3,800万円)**だった。英財務省の制度解説/王室の財務発表

7. 警護まで含めると、いくらかかるのか

公開会計で見える範囲には限界がある。警察による王族や居所の警護は、王室交付金の外で負担される。 英政府は、警護の実態が推測されるおそれを理由に、王族別・居所別の費用を公表していない。自治体や他の公的機関が行事に伴って負担する費用も、この交付金の決算だけでは拾い切れない。王室全体の費用を論じるなら、どの機関の支出を含めるか、平時の費用と特別行事の費用をどう分けるかで、集計の意味が変わる。英財務省の制度解説(警護費)/英下院図書館の王室財政調査

観光収入との比較にも同じ問題がある。トラストの入場料収入は観測できるが、立憲君主制があることによって英国全体の観光支出がどれだけ増えたかを測るには、宮殿や美術品が公開され続ける場合の観光需要も考える必要がある。宮殿を保存する費用、現役の王室が公務を行う費用、制度が観光にもたらす効果は、会計上も分析上も別々の問いだ。トラストの2025–26年度財務諸表

8. 宮殿改修が終わると、交付金はどう変わるのか

会計年度王室交付金背景
2024–25年度8,630万ポンド(約183億2,000万円)通常分5,180万ポンド(約110億円)、宮殿改修分3,450万ポンド(約73億2,400万円)
2025–26年度1億3,210万ポンド(約280億4,000万円)通常分7,210万ポンド(約153億1,000万円)、宮殿改修分6,000万ポンド(約127億4,000万円)
2026–27年度1億3,790万ポンド(約292億7,000万円)通常分9,760万ポンド(約207億2,000万円)、宮殿改修分4,030万ポンド(約85億5,500万円)。改修への最後の資金配分
2027–28年度9,990万ポンド(約212億1,000万円)2026年11月2日に成立した法律で設定

2027–28年度は前年度比で3,800万ポンド(約80億6,700万円)減。宮殿の大規模改修への資金配分が終わり、新法で交付額が設定される。9,990万ポンド(約212億1,000万円)は、2025–26年度のクラウン・エステートの利益4億8,700万ポンド(約1,034億円)に、新たな算定の基準率20.5%を掛けた水準だ。英下院図書館の試算では、それでも改修が始まる直前の2016–17年度と比べて、交付金は物価調整後で約65%高い。どの年度を起点にするかで、同じ9,990万ポンド(約212億1,000万円)が「大幅な減額」にも「改修前より高い水準」にも見える。英財務省の2026–27年度算定報告/英議会の2026年王室交付金法/英下院図書館の王室財政調査

改修後の決算で注目したいのは、職員、建物の維持、IT、警護にそれぞれどの程度の負担が続くかだ。大規模工事が終わった後の通常予算と実際の純支出を数年分比べれば、国王の公務と宮殿を日常的に維持するために、イギリスが毎年いくら用意しているかが見えやすくなる。

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