イラン人の床屋に通うラバイ――イギリスで感じる、イスラエル政府とユダヤ人社会の温度差

私の知っているラバイ(ユダヤ教の宗教指導者)は、毎月、イラン人が経営する床屋で髪を切っている。

国籍や宗教の組み合わせだけを見て、意外に思う人もいるかもしれない。けれど私には、この習慣が、国家同士の対立と市民同士の関係を一緒にしてはいけないという、ごく当たり前のことを教えてくれるように感じられる。

イギリスで暮らすイスラエル人やユダヤ人の知人に接していると、イスラエルの政治をめぐる報道と、彼らの日々の関心との間に、距離を感じることがある。私の周囲では、選挙で誰が勝つかという話以上に、まず平和であってほしい、安心して暮らしたいという思いが前に出ているように見える。

これは、あくまで私の身近な人たちから受ける印象である。英国に暮らすイスラエル人やユダヤ人全員の考えを代表するものではない。ただ、政治家の発言だけを追っていては見えてこない生活者の姿が、そこにはある。

選挙については、制度の違いも押さえておきたい。イスラエルの大統領は国民の直接投票で選ばれるのではなく、国会(クネセト)が選出する。任期は7年で、1期に限られる。大統領選挙と国会選挙、首相や政権の方針は、区別して考える必要がある。main.knesset.gov.il

そもそも、イスラエル人とユダヤ人は同じ意味ではない。前者は国籍、後者は宗教・民族・文化などに関わる言葉である。イスラエル国籍を持たないユダヤ人もいれば、ユダヤ人ではないイスラエル人もいる。「ユダヤ人だからイスラエル政府を支持している」と考えるだけで、その人自身の意見を見失ってしまう。

英国の調査を見ると、政府とユダヤ人社会の距離は、私個人の印象だけでは片付けられない。

ユダヤ政策研究所(JPR)が2025年6〜7月に実施し、成人の英国ユダヤ人4,800人超が回答した調査では、75%がイスラエルに感情的なつながりを感じていた。一方、51%が、イスラエルによるガザでの戦争の進め方は自分のユダヤ的価値観と相いれないと回答している。JPR

また、2024年6〜7月の別のJPR調査では、当時のネタニヤフ首相を好ましく思わないという回答が80%に達していた。JPR

これらは、それぞれの調査時点の結果であり、英国在住のイスラエル人全体を対象にしたものでもない。それでも、イスラエルへの愛着を持つことと、その政府の指導者や政策に賛同することが、別々の判断であると読み取れる。国を大切に思う気持ちから、政府に厳しい目を向ける人もいるだろう。

私が感じる「温度差」も、この点にある。政府が示す国家としての論理と、英国で生活する一人ひとりが守りたい日常。その間には、外から一括りにしてしまうには大きすぎる違いがある。

ラバイとイラン人の床屋の話に戻ろう。

この逸話だけで、二人の政治的立場や、戦争についての考えが分かるわけではない。私が心を引かれるのは、ラバイが毎月その店に通っているという、具体的な日常そのものである。

イラン人であるという理由で、その人がイラン政府の代弁者になるわけではない。同じように、ユダヤ人であるという理由で、その人がイスラエル政府の方針を説明したり、弁護したりする義務を負うわけでもない。目の前にいる人を、その人自身として見る。共存の出発点は、そこにあるのだと思う。

もちろん、平和を願う人たちの間でも、平和に至る方法について意見は分かれるだろう。安全保障を重く見る人も、停戦や外交交渉を優先する人もいる。政府への支持や批判も含めて、ユダヤ人社会の内部には幅広い考えがある。「全員が同じことを考えている」という見方では、その違いを捉えられない。

それでも私は、政治の評価には、生活者の視点をもっと置くべきだと思う。民間人の命が守られるのか。家族が安心して暮らせるのか。遠くの紛争を理由に、英国の隣人同士が敵意を向け合うようになっていないか。政治家の勝敗とともに、問うべきことは多い。

イスラエル政府の政策を批判するなら、具体的な政策や行為に向き合えばよい。その批判を、英国で暮らすユダヤ人一般に向ける理由にはならない。イラン政府への批判についても、同じことが言える。

私の知っているラバイは、毎月、イラン人の床屋で髪を切っている。

その店に、翌月もまた安心して通えること。国籍や宗教を理由に、なじみの関係を壊されずに済むこと。私の周囲の人々が願う平和を考えるとき、私は、そんな日常の重みを忘れたくない。

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