英国の生活支援は約870万人規模に――ユニバーサルクレジットはベーシックインカムのモデルになるのか

イギリスでは、公的な生活支援が数百万人の暮らしを支えている。その中心にあるのが、失業中の人や低所得の就労世帯などを対象とする「ユニバーサルクレジット(Universal Credit、以下UC)」だ。日本では「イギリス版の生活保護」と説明されることもあるが、働いている人への所得補填も担う制度である。GOV.UK

これほど多くの人が継続的な給付制度につながる社会は、ベーシックインカムを考えるためのモデルになり得るのではないか。ただし、その議論には、受給者数の増加と新規申請件数の増減、そして無条件給付との違いを整理する必要がある。

英国の雇用年金省(DWP)が2026年8月に公表した統計によると、同年5月にUCの対象者として集計された人数は、イングランド、スコットランド、ウェールズの合計で約840万人。前年同月の約770万人から、約70万人増加した。北アイルランドの別統計を加えると、英国全体では概算で約870万人規模となる。GOV.UK

地域UCの対象者数実際に支払いがあった世帯数
イングランド・スコットランド・ウェールズ約840万人約670万世帯
北アイルランド27万1,770人22万6,800世帯
英国全体の概算約870万人約690万世帯

人数の基準日は、前者が2026年5月14日、後者が5月31日で、合計は丸めた概算である。「対象者数」には支払いがゼロとなる人も含まれるため、全員が実際に給付を受け取った人数ではない。人数と世帯数も区別して読む必要がある。GOV.UK

この規模は大きい。しかし、数字の増加を、そのまま「生活に困って初めて給付を申請する人が増え続けている」と解釈することはできない。

DWPによると、2025年5月から2026年5月までのUC対象者数の増加のうち、73.2%は旧給付制度からUCへの移行者によるものだった。一方、UCへの申請件数は2026年5月に週平均約4万件で、前年同月の約5万2,000件を下回っている。GOV.UK

つまり、既存の給付をUCへまとめる制度改革が、対象者数の増加を大きく押し上げている。UCの人数だけで、英国全体の貧困や新たな給付依存が同じ割合で拡大したと結論づけることはできない。

それでもUCが注目に値するのは、仕事を持つ人も利用している点だ。2026年4月には、UC対象者のうち約310万人、37.7%が就労していた。会社員だけでなく、自営業者も含む数字である。GOV.UK

UCでは、就職した途端に支援が終わるわけではない。収入や家族構成などによっては、働きながら受給を続けられる。失業時の支援と就労中の所得補填が、一つの制度の中でつながっている。GOV.UK

ここに、ベーシックインカムと共通する問題意識を見ることができる。雇用の有無だけで生活の安定を判断せず、継続的な所得保障をどう設計するかという問題だ。

これは本稿の見方であり、英国政府がUCを全国民への無条件給付に変えようとしていることを示すものではない。一般的なベーシックインカムは、所得や就労状況にかかわらず、すべての個人へ定期的に給付する構想を指す。UCには所得・資産審査があり、世帯の事情によって支給額が変わる。House of Commons

比較する点ユニバーサルクレジット一般的なベーシックインカム構想
対象低所得などの条件を満たす人原則として対象地域のすべての個人
給付の単位世帯単位個人単位
収入が増えた場合原則として給付を減額給付自体は維持する設計
求職活動などの条件本人の状況に応じて課される原則として設けない

UCでは、原則として貯蓄などが£16,000を超えると受給できず、£6,000を超えると支給額に影響する。旧制度からの移行には例外もある。また、求められた求職活動などを正当な理由なく行わなければ、給付が減額される場合もある。GOV.UK

英国には、ベーシックインカムに近い給付を実際に試した例もある。

ウェールズでは、社会的養護を離れる若者を対象に、税引前で月額£1,600を24か月支給する試験が行われた。2026年2月の政府発表によると、参加者は644人。給付は2025年に終了し、効果や費用対効果の評価は2027年まで続く。ただし、対象を限定した試験であり、全国規模のUCとは別の取り組みである。GOV.WALES

では、これほど広く生活支援が行われているのに、なぜ貧困が残るのか。

給付を受けられることと、その給付によって十分な生活費を確保できることは、別の問題だからだ。

2026年度のUCの標準手当は、25歳以上の単身者で月額£424.90。カップルで少なくとも一方が25歳以上の場合は、2人分で月額£666.97となっている。住宅費や子ども、介護などへの加算は別にあり、収入や各種控除によって実際の支給額は変わる。GOV.UK

働いて収入が増えると、UCは原則として算定対象の就労収入£1につき55ペンス減る。子どもがいる場合や一定の就労能力制限がある場合には、減額開始前の控除枠が設けられる。就労と給付を併用できる一方、収入増のすべてが家計の改善につながる仕組みではない。GOV.UK

英国議会図書館とDWPの公表資料によると、2024/25年度の住宅費控除後の相対的貧困率は、全体で約20%だった。

区分住宅費控除後の相対的貧困率
全体約20%
子ども約27%
働く年齢の成人約19%
年金受給年齢の人約14%

ここでいう相対的貧困は、世帯人数などを調整した可処分所得が、中央値の60%に満たない状態を指す。給付も所得に含まれるため、これらは公的支援を受けた後にも残る貧困の数字である。子どもと高齢者の間にも、大きな差がある。House of Commons Library

住宅費を引く前の相対的貧困率は16%だが、住宅費を引くと20%になる。家賃などの負担を考慮することで、暮らしの厳しさが一層見えてくる。House of Commons Library

同じ所得でも、住居費が違えば食費や光熱費に回せる金額は変わる。所得保障を評価するには、毎月の給付額と住まいの負担を合わせて見る必要がある。

英国のUCは、ベーシックインカムを考えるための大規模な比較材料になる。働く人を含め、継続的に所得を補う仕組みが、数百万人の暮らしに組み込まれているからだ。一方、その人数の多さだけでは、無条件給付の効果や、貧困対策としての十分さまでは証明できない。

問われるのは、支援によって住まいを維持できるか、働いて収入が増えたときに生活が改善するか、子どもの貧困を減らせるかという具体的な結果である。英国の経験から学ぶべきなのは、給付を広げる方法と、その先にある生活の安定を、同時に確かめることだ。

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