イギリスは旬がない国?――季節感のない食文化とその背景

はじめに

四季のある日本で育った私たちにとって、「旬(しゅん)」という概念はごく自然なものです。春には筍、夏にはスイカやトマト、秋には栗やサンマ、冬には大根や白菜など、季節が巡るたびにスーパーの棚にも変化が現れ、家庭の食卓もそれに合わせて彩られます。

ところが、イギリスに住んでみると「え、これってずっと同じものばかりじゃない?」と感じる瞬間が多々あります。スーパーで売っている野菜や果物、肉、惣菜のラインナップが、冬でも夏でもほとんど変わらない。そして、気温が30度を超えていても、カレーやローストディナーがメニューに並ぶ。

「イギリスには旬がない」と言うと、やや言い過ぎかもしれませんが、あながち間違ってもいないように思えます。この記事では、イギリスの「季節感のない」食文化の背景や、なぜ彼らは暑くても寒くても同じものを食べ続けられるのかについて、実際の生活経験をもとに掘り下げてみたいと思います。


1. イギリスのスーパーに行ってみた

まずは、イギリスの一般的なスーパー(Tesco、Sainsbury’s、Waitroseなど)での実態から。

スーパーの青果コーナーでは、1月でも7月でも同じ顔ぶれが並びます。ミニトマト、アボカド、パプリカ、ズッキーニ、マッシュルーム、袋詰めのサラダリーフ、ジャガイモ、人参、玉ねぎ。果物もほぼ同じで、バナナ、りんご、オレンジ、ブルーベリー、キウイ、イチゴなどが常時販売されています。

季節によって「プロモーション」が変わることはあります。例えば、春にはアスパラガスが特売になったり、秋にはパンプキンがハロウィン向けに並んだりしますが、それは「限定商品」的な存在で、メインストリームにはなりません。

冷凍食品のコーナーも同様です。フィッシュ&チップス用の白身魚、冷凍ピザ、ミートパイ、冷凍ベジタブルミックスなど、季節に関係なくいつでも買える状態になっています。

この「いつでも買える」ことが、逆に季節感を消してしまっているのです。


2. なぜイギリス人は同じものを食べ続けられるのか?

■ 食への関心の低さ?

「イギリス人は食に興味がない」とよく言われます。もちろん、全員がそうではありませんが、「食=生きるための手段」と割り切っている人が少なくありません。

多くのイギリス家庭では、レシピのバリエーションが極端に少なく、平日は「スパゲッティ・ボロネーゼ」「フィッシュ&チップス」「ローストチキン」「ピザ」「レディミール(出来合いの電子レンジ食品)」を繰り返す生活。気候に合わせてメニューを変えるという発想がそもそも薄いのです。

暑い日でも、グラヴィーたっぷりのローストビーフや、クリーム系のパイが食卓に登場します。「暑いから冷たいものを…」という感覚は希薄で、冷やし中華やそうめんのような発想は存在しません。

■ 効率重視の生活スタイル

イギリスでは、「週に一度まとめて買い物をして、一週間分の献立をあらかじめ決めておく」というライフスタイルが一般的です。冷蔵庫や冷凍庫も大きく、一回の買い物で大量に買い溜めします。

そのため、「今日は暑いからあっさりしたものが食べたいな」というような気分に応じた買い物や調理はあまりされません。むしろ、事前に決めたプランに沿って淡々と消費していくことが合理的とされています。


3. グローバル化による季節感の喪失

イギリスのスーパーには、世界中の食材が一年中入ってきます。トマトはスペイン、アボカドはメキシコ、ブルーベリーはチリ、さくらんぼはトルコなど、季節に関係なく世界中から輸入されています。

これはイギリスが島国でありながらも、かつての大英帝国時代から続く貿易大国の名残とも言えます。国内の農業だけで食料をまかなうのは非現実的であり、スーパーの棚は「世界の味」で埋め尽くされているのです。

当然、「その土地でその時期にしか採れない」という感覚は薄れ、結果として「旬=特別なもの」という意識も消えていきます。


4. 日本との比較:なぜ日本人は旬を重視するのか?

ここで、日本の食文化との違いを考えてみましょう。

日本は農業国であり、四季がはっきりしていることもあり、「今しか食べられない味」に対して非常に敏感です。和食の世界では「走り(初物)」「旬」「名残(季節の終わり)」といった考え方があり、それに合わせた献立が組まれます。

また、テレビ番組や雑誌でも「春の味覚特集」「秋の味覚祭り」といった季節商戦が展開され、消費者側にもその季節に応じた味を楽しもうという意識が根付いています。

このような文化背景の中では、「旬を楽しむ」ことが自然な行動となるのです。


5. 季節感の欠如は悪いことなのか?

ここまで読んで、「イギリスって文化的に劣っているのでは?」と思う人もいるかもしれません。しかし、見方を変えれば、「いつでも好きなものが食べられる自由」「計画的で無駄のない食生活」とも言えます。

また、近年ではイギリス国内でも「地産地消」や「サステナブルな食材選び」といった動きがあり、ローカルのマーケットやオーガニックショップでは、季節の食材を意識する取り組みも始まっています。ロンドンなどの都市部では、旬の素材を使ったモダンブリティッシュ料理のレストランも増えてきました。

つまり、「旬の感覚がゼロ」ではなく、「一般大衆の食生活にそれが反映されにくい」というだけの話かもしれません。


6. イギリス流の「旬」を見つける楽しみ方

とはいえ、イギリスでも探せば「小さな旬」は存在します。

例えば:

  • 5月〜6月:英国産アスパラガス(非常に甘くて美味しい)
  • 6月:イングリッシュ・ストロベリー(テニスのウィンブルドン期間に大人気)
  • 9月:ブラックベリー(野生でも取れる)
  • 10月:パンプキン(ハロウィンの季節限定)

これらはスーパーでも見かけますが、より鮮明に感じられるのは地元のファーマーズマーケットや、直売所(Farm Shop)などです。そういった場所では、天候や気候の変化に即した「今が食べ時!」な野菜や果物に出会えることも。


まとめ:イギリスに「旬」はないのか?

結論としては、「イギリスには日本のような『旬』文化は根付いていないが、まったく存在しないわけではない」というのが実情です。

むしろ、気候や文化、経済システムの違いから、「いつでも同じものを食べられること」を選んできた社会とも言えます。

その一方で、イギリスでも少しずつ「季節感」や「食の多様性」を見直す動きがあり、特に若い世代や移民の多い地域では食への関心も高まりつつあります。

日本の「旬を味わう」文化を大切にしつつ、イギリス的な「安定した供給」と「合理的な食生活」のバランスを見つけることも、海外生活を豊かにするコツかもしれません。


筆者より一言
「旬がない国」と聞くと少し味気ない感じがするかもしれませんが、それもまた文化の一部。イギリスで暮らしていると、”same old”(いつも通り)な日常の中に、小さな季節の変化を見つけるのも一つの楽しみ方です。

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