イギリスの商店街衰退と郊外型ショッピングモール繁栄の背景と今後の展望

はじめに

イギリスの街並みを象徴する存在であった「ハイ・ストリート(High Street)」──つまり、地域密着型の商店街──が、ここ数十年の間に急激な衰退を遂げている。かつては地元住民の生活の中心として賑わいを見せたこれらの商店街は、現在では空き店舗が目立ち、まるでゴーストタウンのような様相を呈している地域もある。その一方で、郊外に立地する大型ショッピングモールやオンラインショップの成長は著しく、消費者の購買行動は大きく変化した。本稿では、イギリスにおける商店街の衰退とその要因、そして今後の活性化策について、深く考察する。

商店街の衰退をもたらした要因

1. オンラインショッピングの急成長

インターネットの普及と技術革新により、オンラインショップは急速に成長を遂げた。AmazonやeBayなどの大手ECサイトが提供する利便性──24時間いつでも買い物ができ、価格比較も簡単、しかも自宅まで配送してくれる──は、従来の小売業に大きな打撃を与えた。特に若年層や多忙な労働者層にとっては、オンラインでの購買が日常化し、わざわざ商店街に足を運ぶ理由が薄れてしまった。

英国小売業協会(British Retail Consortium)の調査によれば、パンデミック以降にオンラインショッピングの割合は一時的に40%を超えるなど、その浸透率は極めて高い水準にある。

2. テナント料および固定費の上昇

都市部や人気の高い立地では、商業地のテナント料が高騰している。家賃に加えて高額なビジネスレート(Business Rates:日本の固定資産税に相当)も店舗経営者にとって大きな負担となる。大手チェーンであればまだしも、個人商店や家族経営の小規模店舗にとっては、これらの固定費を長期的に支払い続けることは困難であり、閉店を余儀なくされるケースが多い。

また、店舗の維持・改装にもコストがかかるため、老朽化が進んだまま手入れがされず、商店街全体の魅力が低下するという悪循環に陥っている。

3. 郊外型ショッピングモールの隆盛

自動車の普及と共に、郊外に設置された大型ショッピングモールが人気を集めてきた。イギリス国内では、ブルーウォーター(Bluewater)、ウェストフィールド(Westfield)などの巨大モールが代表的な存在である。これらの施設は、無料の駐車場、飲食店、映画館、さらには娯楽施設などを併設し、家族連れでも一日中楽しめるように設計されている。

消費者にとっては「一カ所でなんでも済ませられる」利便性があり、商店街よりも遥かに快適である。結果として、郊外型モールへの来店が増え、中心市街地の商店街から人が流出する現象が顕著となった。

4. 地方における過疎化と高齢化

イギリスの地方部では、若年層の都市部への流出が続いている。教育や雇用の機会を求めてロンドンやマンチェスターなどの大都市に移る人が増えたことで、地方の人口は減少し、高齢者の比率が高まっている。

高齢者は移動手段に制限があるため、頻繁に商店街まで足を運ぶのが難しい。また、高齢者だけが残る地域では購買力も限定されており、商店街の売上は伸び悩む。

商店街の衰退はイギリスだけの問題ではない

商店街の衰退は、イギリス固有の問題ではない。多くの先進国において、同様の傾向が確認されている。

  • アメリカ:モール文化が全盛を迎えた後、2000年代以降に「デッドモール」(閑散としたショッピングセンター)が社会問題化。
  • 日本:地方都市での「シャッター通り」化が深刻。少子高齢化とモータリゼーションの影響。
  • ドイツ・フランス:一部の自治体では都市計画の観点から中心市街地の保護政策を導入しており、ある程度の歯止めがかかっているが、やはりECの普及による影響は避けられていない。

つまり、テクノロジー、ライフスタイル、都市構造の変化により、商店街が持つ伝統的な機能が世界的に見直しを迫られているのである。

商店街再生に向けた取り組みと提案

では、イギリスの商店街はこのまま消滅の一途をたどるのか。必ずしもそうとは限らない。実際にいくつかの地域では、工夫と努力によって商店街が再び活気を取り戻している事例もある。

1. 地域密着型の魅力創出

地元の食材や工芸品、ユニークなカフェ、書店など、チェーン店にはない独自の魅力を打ち出すことで、来街者を惹きつけることができる。特にエシカル消費やローカル志向が高まる中で、「この街ならでは」の商品や体験が見直されつつある。

例えば、デボン州のトットネス(Totnes)では、地元産品とオーガニック製品に特化したマーケットが人気を呼び、観光客にも支持されている。

2. デジタルとの融合(オムニチャネル化)

オンラインとオフラインの融合、いわゆるオムニチャネル戦略が鍵となる。店舗を持ちながら、SNSやウェブショップ、クリック&コレクト(Click & Collect)サービスを併用することで、より多くの顧客と接点を持つことができる。

商店街単位でポータルサイトを整備し、空き店舗情報や営業案内、イベント情報などを一元管理する仕組みも有効だ。

3. イベント・文化活動の導入

商店街を単なる「買い物の場所」から、「人が集う場所」へと転換させるためには、文化的・社会的イベントの導入が不可欠である。定期的なマルシェや音楽イベント、アート展示、子ども向けワークショップなどを開催することで、地元住民の参加を促し、街に活気を取り戻すことができる。

4. 交通アクセスと都市設計の見直し

高齢者や交通弱者にとってアクセスしやすい環境を整備することが重要だ。公共交通機関の充実、シャトルバスの運行、自転車道の整備など、移動の選択肢を広げる施策が求められる。

また、歩行者専用エリアの拡大やストリートファニチャー(ベンチ、街灯など)の整備によって、街歩きの楽しさを高める工夫も必要である。

5. 政策・補助金の活用

政府および自治体による支援も不可欠である。商店街再生のための補助金制度、起業支援、空き店舗のリノベーション資金援助など、多様な政策ツールが考えられる。

イギリス政府は2019年、Town Centre Fund(中心市街地活性化基金)を設立し、地方自治体に対する資金援助を開始している。このような施策を拡充し、持続可能な再生を支援する必要がある。

6. 新しいビジネスモデルの導入

単機能の小売店にこだわらず、複合的な空間設計を行うことが重要である。カフェ+ギャラリー、雑貨店+コワーキングスペースなど、複数の機能を持たせることで、多様な客層を呼び込むことが可能になる。

また、リモートワークの普及により、地方の商店街にも働く場としての可能性が広がっており、シェアオフィスやオンライン会議スペースなどの導入も有望である。

おわりに:商店街の価値を再定義する

イギリスの商店街は今、岐路に立っている。かつてのように買い物の場としての機能を主軸に据えるだけでは、もはや持続可能ではない。求められているのは、商店街の価値を「人と人が出会い、地域とつながる場」として再定義することである。

商店街が再び活気を取り戻すには、経済的な側面に加え、社会的・文化的価値を高める包括的な戦略が不可欠である。行政、企業、地域住民が一体となり、地元ならではの魅力を再発見し、それを外に向けて発信していくことが、これからの商店街再生の鍵となるだろう。

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