「失敗したらどうする?」が、新しい商品を消しているのではないか

子どもの頃は、よく「失敗を恐れずに挑戦しよう」と言われる。ところが実際には、テストで間違えれば点数が下がり、社会に出れば仕事のミスを指摘される。何度もそんな経験をするうちに、「まずは失敗しないことが大事だ」と考えるようになる。

これは日本だけの話ではないと思う。イギリスにも、挑戦を大切にする教育はある。実際、イングランドの教育課程には、子どもがリスクを取り、創造的に考えることを促す内容が書かれている。 それでも大人になって仕事を始めれば、評価されるのは「面白いことを考えた人」より「問題を起こさず、予定どおりに仕事を終えた人」になりがちではないだろうか。

日本の若者には、失敗を人に見られることへの不安も強い。OECDの2018年調査では、日本の15歳の77%が「失敗すると、他人にどう思われるか心配になる」と答えている。 子どもの頃から失敗を恥ずかしいことだと感じていれば、就職した途端に大胆な挑戦ができるようになるとは考えにくい。

会社で「面白い案」が消えるまで

たとえば、食品会社の社員が、今までにない商品を思いついたとする。

最初は同僚も「それ、面白いね」と言う。ところが会議にかけると、質問が次々に出てくる。

「本当に売れるの?」

「似た商品で成功した例はある?」

「売れなかったら、材料や広告に使ったお金はどうする?」

会社がお金を使う以上、こうした質問は必要だ。ただ、新しい商品には「以前も売れました」という証拠がない。前例がないからこそ、新しいのである。

そこで担当者は、少しずつ案を直す。珍しい材料をやめる。変わった形をやめる。値段も、これまでの商品と同じくらいにする。何度も修正を重ねた結果、最初にみんなが「面白い」と言った部分がなくなってしまう。

そして発売されるのは、いつもの商品に少し違う味を付け、包装を変えた「新商品」だ。会社にとっては安心だろう。でも客は店頭で、「前にもこんなのを見たような気がする」と思うかもしれない。

失敗を避ける人ばかりなら、会社も挑戦しなくなる

社員の立場になってみれば、安全な案を選ぶ気持ちも分かる。

大胆な商品が成功すれば、会社全体の手柄になる。一方、失敗すれば「あの企画を出したのは誰だ」と言われるかもしれない。それなら、すでに売れている商品を少し改良する方がずっと気が楽だ。

こうして、一人ひとりが賢く、慎重に判断した結果、会社全体としては新しいことを試せなくなる。私はここに、日本とイギリスに共通する問題があると思う。

もちろん、商品が生まれない理由を教育や社員の気持ちだけで説明することはできない。開発にはお金がかかるし、客が買ってくれるかも分からない。英国政府の企業調査でも、費用や市場環境は新しい取り組みを進める上での壁として挙げられている。 だからこそ、限られたお金で試す案まで「失敗するかもしれない」の一言で止めてしまうのは、もったいない。

小さな失敗なら、次の商品に生かせる

新商品をいきなり全国の店に並べる必要はない。一部の店だけで売ってみる。少ない数を作り、客の反応を聞いてみる。売れなかったら、「何が悪かったのか」を調べて作り直せばいい。

そのとき会社が担当者に「なぜ失敗した」と責めるのか、「試して何が分かった」と聞くのか。この違いは大きい。

学校でも職場でも、間違えない人だけを褒め続ければ、みんな正解が分かっていることを選ぶようになる。しかし、世の中にまだない商品には、最初から正解など用意されていない。

「失敗したらどうする?」と聞くのは簡単だ。日本にもイギリスにも、もう一つの質問が必要なのではないだろうか。

「小さく試してみたら、何が分かるだろう?」

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