ロンドンの語源とは?イギリスの首都に残る2,000年の名前の謎

ロンドンと聞けば、ビッグ・ベン、赤い二階建てバス、バッキンガム宮殿を思い浮かべる人が多いでしょう。しかし、「ロンドン」という名前そのものには、どんな意味があるのでしょうか。

東京なら「東の都」と、漢字から意味を読み取れます。ところが、Londonという名前の最初の意味は、今も確定していません。 古代ローマ時代の「Londinium(ロンドニウム)」とつながる名前ですが、そのさらに古い起源をめぐって、研究者たちはさまざまな説を提示してきました。Wiley Online Library

世界でもよく知られた都市なのに、自分の名前の由来をひと言で説明できない。その不思議をたどると、王室のイメージよりはるかに古い、テムズ川と人々の暮らしが見えてきます。

話の出発点は、約2,000年前です。ロンドン博物館によると、ローマ人がロンドニウムを築いたのは紀元47〜50年ごろ。場所は現在のシティ・オブ・ロンドンを中心とする地域でした。テムズ川を通じて海とつながり、陸上の交通路も結びつく、交易に便利な場所だったのです。London Museum

名前の古さを示す証拠は、地面の下からも出てきました。ブルームバーグの欧州本社建設に伴う発掘では、ローマ時代の木製の筆記板が多数発見されています。そのうち、紀元65〜80年ごろと推定されるものに、ロンドンの名前への最古の言及が確認されました。MOLA

いまは金融情報が飛び交う場所の地下に、古代の人々が書き残した街の名前が眠っていた。現代のロンドンとローマ時代のロンドンが、地下でつながったような発見です。

ただし、「ローマ人はこの街をロンドニウムと呼んだ」と分かっても、「なぜその名前を選んだのか」という疑問は残ります。

研究では、その背景に、ブリテン島で使われていたケルト系の名前があるという見方が示されています。現代英語のLondonにつながる古英語の形は「Lunden」。言語学者セオドラ・バイノンは2016年の論文で、これらの名前をケルト系の地名の形と結びつけて考察しました。一方で、名前の中心となる lond- の意味は、なお明らかになっていない としています。The Philological Society Blog

ラテン語、ケルト系の言語、古英語の間で、名前がどう受け継がれたかを調べる必要があるのです。「Londiniumの後ろを短くしたらLondonになった」という説明だけでは、言語の歴史を十分に捉えられません。

古くから挙げられてきた説の一つには、「ロンドニウムは、Londinosという人に関係する土地の名前だった」というものもあります。ただ、このLondinosは、史料で確認できる人物の名前ではありません。名前の形から想定されたものであり、「ロンドンはこの人物にちなんで名付けられた」と確定できる証拠はないのです。Cambridge Core

そこで興味を引くのが、テムズ川に由来するという説です。

言語学者リチャード・コーツは1998年、さらに古い河川名がケルト系の言語に取り込まれ、地名につながったという仮説を提示しました。その再構成された名前は「*Plowonida」。グレシャム・カレッジの考古学講演では、「渡りにくい川」などの意味として紹介されています。Wiley Online Library

先頭のアスタリスクは、古代の文書にそのまま残っている言葉ではなく、研究者が推定した形であることを示します。この説も、確定した答えではありません。

それでも、川の特徴から土地の名前が生まれたと考えると、古代の風景を想像しやすくなります。テムズ川は、人や物を運ぶ道であると同時に、向こう岸へ行きたい人には障害にもなったはずです。もしこの説が正しければ、「ロンドン」という名前には、古代の人々が川を眺めたときの実感が残っているのかもしれません。

学術的な仮説とは別に、王様が登場する語源の伝説もあります。

12世紀の著述家ジェフリー・オブ・モンマスは、伝説上の王「ルッド」が街を整え、その街が「Caer Lud」、すなわち「ルッドの砦」と呼ばれたという物語を記しました。それがロンドンの名前につながった、という説明です。Londonist

王の名を受け継ぐ首都という物語は、いかにも華やかです。しかし、カナダのビクトリア大学によるロンドン研究プロジェクトも、ルッドを神話上の王として紹介しています。この話は、街の起源を説明するために語られた伝説として楽しむのが適切でしょう。hcmc.uvic.ca

さらに意外なのは、ロンドンが古代に別の名前へ改名されたこともある点です。ロンドン博物館は、紀元367年に街が「Augusta(アウグスタ)」と改名されたと紹介しています。帝国の威厳を感じさせる名前ですが、後世に残ったのは、Londonにつながる呼び名でした。London Museum

その後の名前をたどると、街の中心が移動した歴史も見えてきます。ローマ時代の都市が衰退した後、600年ごろから、現在のコヴェント・ガーデンやストランド周辺に交易の街が発展しました。その呼び名が「Lundenwic(ルンデンウィック)」です。末尾のwicは、古英語で交易の街を意味します。London Museum

886年にはアルフレッド王が、古いローマの城壁内で街を再び整備しました。以前の交易の街の地域には、「古い街」を意味する名前が残ります。それが現在の「Aldwych(オルドウィッチ)」です。London Museum

地図で何気なく見かける地名にも、「こちらが以前の街だった」という記憶が隠れている。ロンドンでは、名前を読むことが、そのまま歴史を読むことにつながります。

ロンドンの名前は、古代ローマ時代のロンドニウムとつながり、その背景にはケルト系の地名や、さらに古い川の呼び名があった可能性があります。しかし、最初の意味はまだ解明されていません。Wiley Online Library

次にロンドンの映像を見るときには、宮殿や高層ビルだけでなく、テムズ川にも目を向けてみてください。その川の岸辺で暮らした人々の言葉が、いまも世界中で呼ばれる街の名前の中に残っているのかもしれません。

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