いつか、アジア系の名前を伝えただけで、レストランの予約を断られる日が来るのだろうか。
ヨーロッパ各地で極右や反移民を掲げる政治勢力が存在感を増すなか、そんな不安を覚える。イギリスで暮らすアジア人にとって、それは遠い国の選挙結果だけの話ではない。自分や家族が、この社会でこれからも安心して暮らせるのかという、日常に関わる問いである。
もちろん、今のイギリスでアジア人が一般的にレストランの予約をできなくなっている、と主張するつもりはない。この記事で考えたいのは、排外的な言葉が当たり前になることで、これまで何も考えずにできたことにさえ、不安がつきまとう社会への危惧だ。
欧州の政治が変化していることは、選挙結果にも表れている。ドイツでは、2025年の連邦議会選挙でAfDの第2票得票率が20.8%となり、2021年の10.4%から倍増した。移民に厳しい姿勢を取る勢力が、大きな支持を集めている現実がある。The Federal Returning Officer
イギリスも、この流れと無関係ではない。2026年9月には、Reform UKとフランスの国民連合が、双方が政権を獲得した場合の小型船で到着する庇護希望者の送還について、協力方針を発表した。反移民を掲げる政治勢力の連携は、国境を越えて進んでいる。Reuters
ただし、欧州全体が同じ速さで右へ進み続けているわけではない。Reform UKについても、2026年10月12日のロイター報道では、世論調査で首位から2位に後退したとされている。同党は同日、政権を取れば最長5年間、庇護申請の承認を停止する方針を示した。支持率の上下と、強硬な主張が政治の中心に持ち込まれることは、併せて見ていく必要がある。Reuters
また、「極右」という言葉で、すべての保守政党や移民制限を求める有権者を一括りにするべきではない。住宅、公共サービス、受け入れ体制について議論することは必要だ。その議論で問われるべきなのは、政策や制度のあり方であり、隣で暮らす人の肌の色や名前ではない。
私が危惧するのは、その境界が曖昧になることだ。
「移民を減らすべきだ」という政策論が、「外国人は歓迎しなくてよい」という態度へと置き換わってしまう。さらに、国籍や在留資格さえ確かめず、見た目やアクセントだけで誰かを「よそ者」と決めつける。そうした考え方が容認されれば、影響は国境管理の場面だけにとどまらないのではないか。
日本人、中国系、韓国系、南アジア系など、アジアにルーツを持つ人々の背景はさまざまだ。イギリスで生まれ育ち、イギリス国籍を持つ人もいる。それでも、外見で所属を決めつける相手に、その違いが尊重される保証はない。「自分は正規の手続きを経て暮らしているから大丈夫」という安心だけでは、差別への不安を拭えない。
レストランの予約という例を挙げるのは、それがごく普通の生活の一部だからだ。
家族の誕生日を祝う。友人と久しぶりに食事をする。日本から来た両親をお気に入りの店へ連れていく。そうした予定を立てるときに、自分の名前や外見が不利に働くかもしれないと考えなければならないとしたら、生活の自由は既に傷ついている。
例えば、将来への懸念を具体的な場面に置き換えてみる。予約の電話で名前を伝える直前に、少しためらう。店に着いてから、歓迎されていないのではないかと周囲の反応を気にする。嫌な対応を受けても、差別だと伝えればさらに面倒になるのではないかと黙ってしまう。
これは特定の店で起きた出来事の報告ではない。排外的な空気が日常へ入り込んだ場合、どのような負担が生まれうるかを考えた場面である。
実際に満席なら、予約を断られるのは当然だ。接客が悪かったというだけで、人種差別だと判断することもできない。それでも、差別を疑わせる言動があったときに、当事者が説明や証明の負担を一人で背負う状況は重い。食事を楽しむはずの日に、「自分が気にしすぎなのだろうか」と考え続けることになる。
警戒すべき材料はある。英国内務省によれば、イングランドとウェールズで2026年3月までの1年間に警察が記録した人種に関するヘイトクライムは、前年から9%増の107,926件だった。ただし、警察の記録件数は通報や記録方法にも左右され、被害の実態をそのまま測る数字ではない。また、この統計はアジア人への被害やレストランでの差別を個別に示すものでもない。政治勢力の伸長との因果関係も、この数字だけでは断定できない。GOV.UK
だからこそ、確認できる事実と、そこから抱く懸念を分けて語る必要がある。不安を誇張する必要はない。同時に、まだ自分が被害に遭っていないという理由で、他の人の恐怖を軽く扱うべきでもない。
法律上の保護も存在する。イングランド、ウェールズ、スコットランドでは、平等法2010により、人種、肌の色、国籍、民族的・国民的出自を理由とする差別が禁止されており、レストランなどのサービス利用も対象になる。アジア人だからという理由で予約や利用を拒むことは、単なる店の好みで済む話ではない。GOV.UK
しかし、法律で禁じられていることと、日常で起きないことは同じではない。権利があっても、その権利を行使するたびに争う覚悟を求められる社会では、安心して暮らすことは難しい。
「外国人でも、きちんとしていれば歓迎される」という言い方にも、慎重でありたい。誰もが社会のルールを守る必要はある。一方で、ある人の不適切な行動を、その人と同じ出自を持つ人々全体の責任にしてはならない。日本人の一人が問題を起こしたからといって、日本人全員が疑われてよいはずはない。
そして、日本人への差別にだけ反対しても、安心できる社会はつくれない。イスラム教徒、黒人、ユダヤ人、難民などへの不当な扱いを「自分たちとは関係ない」と見過ごせば、出自や信仰によって人の扱いを変える考え方を許すことになる。誰が対象でも、個人の尊厳を守る基準は変わらないはずだ。
移民政策をめぐって意見が違っても、人種を理由に客を選ばないこと、嫌がらせを見過ごさないこと、差別を訴えた人の話を丁寧に聞くことには、合意できる。その積み重ねが、日常の安心を支える。
私は、イギリスが必ず差別的な国になると決めつけたいわけではない。この社会の行方がまだ決まっていないからこそ、気になる変化を言葉にしておきたい。
予約の電話では、人数と日時を伝えればよい。家族の記念日には、料理と会話を楽しめばよい。名前を名乗る前に身構えたり、歓迎されるに値する人間だと証明したりする必要のない暮らしを、これからも当たり前に続けたい。










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